恋愛ゲーム 中学生 編


 

行きずりデート

「お兄さん、一緒に遊ばない?」  降ってきた声に顔を上げると、涼しげな瞳が俺を見て笑った。  私、タイちゃんのこと大好きだったよ。  だけどね、ごめんね、タイちゃん。タイちゃんは優しすぎたんだ。自分からはキスもしてくれなかったね。  ほんとに私のこと好きだった?  好きだったかもしれないけど、不安だったよ。タイちゃんの優しさは残酷だよ。もう、終わりにしよう。  今日のデートも行きません。  ばいばい。 「はあ~…」  都会の喧噪の中、携帯を片手に大きなため息をついた。俺の名前は石井態今年で大学二年の二十歳。  ここは渋谷のハチ公前。恋人たちの待ち合わせ場所の定番。今も俺のすぐそばで何人ものカップルが手を取り合っては去っていく。 俺はその光景を見ていたくなくてハチ公に背中を擦るようにして、ずるずるとしゃがみこんだ。  真っ青な空が恨めしくて、頭を垂れる。真新しいスニーカーがより一層気分を暗くした。 「はあ~…」  二度目のため息をついたとき、その声が降ってきた。 「お兄さん、一緒に遊ばない?」  気が付くと、俺のスニーカーの前に、二足の白いパンプスが足を揃えていた。視線を上へ向けると同時にコットンレースをあしらったワンピースの裾が降りてくる。  顔を上げると視線を合わせるようにしゃがんだ少女と目があった。  パッチリと大きい目がやや垂れ気味で、左の目尻にほくろがある。泣きぼくろってやつだ。耳の下で切り揃えられたソバージュみたいにふわふわの茶髪が桃みたいな頬を包む。  美少女だ。  美少女は俺のケータイを指して言う。 「ふられちゃった?」  ややハスキーなその声がふふふと笑う。 「ああ、ふられちまった。」 「じゃ、これから暇なんだ?」  白い歯を覗かせたやんちゃっぽい笑顔に変わる。少女の清楚な形におよそそぐわないその表情は何故か構ってやりたいと思わせた。 「代わりに遊んでくれねえか?」 「喜んで。」 ******  彼女と行くはずだったデートのコースを、逆ナンしてきた見ず知らずの少女と回るのは非常識だと思うだろうか。  でも良いじゃないか、楽しければ。少なくとも俺はそう思う。 「ねえ、どこに行くの?」 「動物園と水族館、どっちが良いんだ?」 「動物園!」  そう言って飲食店のショウウィンドウの前で立ち止まってしまった。 「おい。」 「ナル。」 「は?」 「ナルって呼んで。」  そう言っても振り向きもしない。 「腹減ったのか?」  やっと振り返ってコクンと頷く。可愛いんだ、これが。 「あ、そういえば。私きみの名前知らない。」 「今更だな。」 「きみだって。」 「石井態だ、でもタイちゃんって呼ぶのは止してくれ。」 「彼女がそうだったんだ?」 「…まあな。」  痛いとこをつく。 「字は何て書くの?」 「態度の態だ。」 「じゃ、熊だ。」 「熊って…。」  かつてないあだ名に唖然とする。 「熊、私ピザが食べたい。マルガリータ、マルガリータ。」  熊、決定。  苦笑いする俺の手を引いて、強引に店内に連れて行かれる。 「いらっしゃいませ。なん」 「二名様だよ。」  って、おいおい。  定員の質問に先取りして答えてどう?と言う風にこちらを見上げる。  今気づいたが、この子背は低くない。百六十半ばといったところだ。それでヒールの高い靴を履いているものだから、わりに視線が近くてドキッとしてしまう。 「熊、顔赤いよ。意識しちゃった?」 「うるせえよ!」  意地悪そうな笑顔に余計、ドキマギして照れ隠しに握られたままだった手を振り払う。 「熊ってば、可愛いんだー♪」  ふふふと笑って定員についていくナルは何処までも無邪気だった。 「マルガリータッ」  笑顔全開。 「服に付いても知らねぇぞ。」 「付けないよ。」  そう言ってふてくされた様に下唇を突き出した。口の横には付いてるけどな。  そのトマトソースを指で拭ってやると、はじかれたようにナルが椅子の背にへばりついた。 「な、何恥ずかしいことしてんのさっ!?」 「ナル、顔赤いぞ。意識しちゃった?」  トマトみたいに真っ赤になった顔を、さっきのお返しとばかりにからかってやる。 「うるさいよ、ばかばぁか!」  それからナルは視線も合わせずに黙々とピザを口に運んでいたが、最後まで頬の赤みが消えなかったからそれを見てる俺も顔面に張り付いたニヨニヨ笑いを消すことができなかった。  振られた俺をあざ笑うかのように思われた青空は、動物園をまわるにはうってつけの空模様で、ナルの白いワンピースのみならず、その産毛までもが太陽の光を浴びて輝いて見える。  だから―― 「次はね、あっちが見たいな。」 「おまえ、元気だな。」 「あれ、熊はお兄さんじゃなくておじさんだったのかな?」  黙っていれば可愛いのに。  俺はまだ二十歳。絶対にお兄さんだ。憎たらしいから、頭を一発叩いておいた、もちろん手加減して。しかし、叩いた後にはたと気づく、  ――そう言えば俺、一度も彼女を叩いたことがない。  思えば今まで恋人とこんな風にじゃれあうことなど無かったかもしれない。 「やめてよ、御髪が乱れちゃう。セットしてないけど。」  憎まれ口を聞きながら、思ったよりもさらさらだった、ふわふわの髪の毛の感触を確かめるように五本の指を丸めた。 「熊、熊がこっち見てる。」 「熊、熊がこっち来た。」 「熊が熊に仲間だと思われた!」 「…んな訳あるか!」  熊の檻の前で、人を熊熊呼ばないで欲しい。ほら、おじいちゃんを引っ張ってきた小学生に笑われたじゃないか。  だいたい、俺は名前が熊に似ているだけであって(認めたくないが)断じて熊のような外見をしているわけではない。体は小さくないが、熊みたいにずんぐりはしていないし、毛深くもない。つまり熊に仲間意識を持たれる理由は無いのだ。 「ったく、お前はこんな格好いい男を捕まえて、熊はないんじゃねえか?」 「熊って格好いいの?」 「嘘でもそうだって言っとけよ、そこは。」 「そうだね、石井さん。」  思わず顔が強ばってしまった。タイちゃんと呼ぶなと言ったのは自分だし、熊と呼ぶなと言ったのも自分だが、名字で呼ばれるのは、何て言うか…、その…。 「なんか、嫌だ。」  胸に空洞ができて、ちょっとした衝撃でがらんと鳴る、そんな気がしてくる。 「じゃ、何て呼べば良いのさ。」  ナルの拗ねた物言いに、ほら一回。――ガランって…。  もう鳴らさないように、早く言わないと。 「やっぱり熊で良い!」 「――熊。熊、くーまくまくまくまくま」 「言い過ぎだっ!」  グーで殴ってしまった。 「痛い!何さ、自分で熊が良いって言ったくせに――、って、何笑ってんのさ。」  怪しいものでも見るように顔をしかめたナルには教えてやらない。思わず再び手にした髪の感触と、熊と呼ぶ声が嬉しいなんて。  動物園みたいなレジャー施設にはどんなに寂れたところでもおみやげ屋が一つや二つ入っているものだ。園内の浮かれた空気に触発されて金銭感覚の麻痺した客たちに、バカ高い金額のグッズを売りつける。  そうは思っても、ファンシーなおみやげ屋でそのファンシーさにとけ込んで、ワンピースの裾をふわふわさせて、店内を嬉しそうにまわるナルを見ていると金銭感覚も何も無くなってしまいそうになる。 「熊、どっちのクマが良い?」 「右。」 「ええ~、赤チェックのが可愛いよ。熊、センス無い。」  自分で聞いてきたんだろうが。 「クマ、可愛い。好きっ!」  こいつ、狙ってやってんのか。 「あーいーしーてーるーっ!」  そう言って、ナルがクマのぬいぐるみをギュウギュウに抱きしめる。クマと熊が、いや、ぬいぐるみと俺がダブって頭がクラクラした。  最後にぬいぐるみの鼻にキスをしたナルが伺うように目を合わせる。 「――どう?」  ほんとに狙ってたのかよ! 「やん、熊真っ赤ぁ。クマみたい。理性はまだある?」 「おーまーえーはーっ!!」 「きゃははっ」  軽やかに笑うナルの手からぬいぐるみを取り上げた。 「買ってやるよ。」 「良いよ、さっきもピザ奢ってくれたじゃない。」 「デートなんだから、彼氏が奢るだろう。」 「…そう?」  いきなりこんな美少女がデートに誘ってきたからには最初、たかるのが目的なのかと思っていたのだが、どうやら違うらしいのだ。まだ迷ってるように視線をさまよわすナルにデコピンをかましてさっさと会計を済ませた。 「ほれ。」 「…ありがと。」  大きめのクマを胸に抱えて、ナルが照れくさそうに、でも嬉しそうに目尻を赤くする。  ぬいぐるみごと抱きしめたいと強く思ったが、そこは理性が頑張って、ぬいぐるみだけを抱きしめた。  動物園を出ると、西の空が赤くなり始めていた。時計を見ると時刻は五時。深まる秋の夕暮れは悲しいほどに早く訪れる。 「今日は楽しかったよ。じゃあね。」  空を見上げたナルがきびすを返してさっさと歩いて行ってしまおうとする。 「な、待て!」  とっさに腕を掴んで正面から向き合った。 「――なに?」 「連絡先は!?これっきりってのはないんじゃないか?」 「――嫌?」  嫌に決まっているだろう。どうやら俺は今日一日でこの少女を大層気に入ってしまったらしいのだ。これきりなんて有り得ない。自然、腕を掴んだ手に力が入った。 「――じゃ、メアドだけね?」  そう言ったナルがちょっと痛そうな顔をしていて、はっとして手を放す。 「ほら、ケータイ貸して。」 「お、おう。」 「はい、できた。」  手際よく操作し終えた携帯電話を両手で受け取った。  するとすぐに目の前が暗くなって唇に何か冷たいものが当たった。 「このクマ、きみだと思って大事にするから。」  ナルの声とともにそれがぬいぐるみの鼻であることを理解する。 「じゃあね。」  今度こそ去って行ったナルの後ろ姿を目で追いながら、指先でそっと唇をなぞった。  ――間接キス。  遠く聞こえるカラスの声が楽しい一日の終わりを告げた。





 

それはただの遊びでなく

 パッチリ大きな瞳に小振りな鼻と厚めの唇。そこらのアイドルより断然可愛いその顔はしかし、学ランの詰め襟の上に乗っていた。  石松成人十五歳、男。  三年三組。高校受験を半年後に控えた教室内、もちろん休み時間まで勉強付けのまじめ君もいれば、休み時間までやってられるかとバカ騒ぎするやつもいる。  成人はバカ騒ぎ組。十分休みはおしゃべりに早弁、昼休みはくだらない罰ゲーム付きの、カードゲームやテーブルゲームで受験のストレスをせいぜい発散している。 「石松、昨日はその後どうなったんだ?」  休み時間、いつものメンバーが顔を合わせると一番に田中が話しかけてきた。  昨日というのは、トランプで大貧民になった罰ゲームで女装してナンパしたあれである。中間テストあけのハイなテンションに任せて決めた一日がかりの罰ゲームは思いがけず楽しめた。 「見てたんじゃないの?」 「途中であきたから帰った。」 「きみたち…。」  見て無いならなんの為にやらせたのさ。  成人がこれ見よがしにため息をつくと、鈴木が肩をすくめて言った。 「だって、石松じゃハマりすぎでなんにもおもしろくないし。」  はいはい、そうですか。 「で、どうなったんだよ?」  それでも興味ありげに聞いてくる田中、鈴木、佐藤の三人に、呆れつつもナンパの成果を報告してあげることにした。 「結構楽しかったよ、ピザ奢ってくれたし。」 「ほうほう。」 「動物園も行った。」 「ほうほう。」 「お土産に大きな熊のぬいぐるみも買ってもらっちゃった。」 「リアルな?」 「それは僕の趣味じゃないよ。」  佐藤と鈴木がギャハハと笑う。田中は笑わない、妙に真面目な奴なんだ。 「で、その後は。」 「メアド交換して別れたよ。」  言ってからしまったと思う。自分からしてみてもメールアドレスの交換をしてしまったことは失敗だったと思っていたのだ。案の定三人が三人とも渋い顔をする。 「――それってやばくないか?」 「相手本気かもよ?」 「早い内に切っちゃった方が良いんでねえの?」 「…」  切るって何さ?着信拒否にするとか?そしたら彼はどうするのか――どうもしないさ、お互い遊びだったんだ。でも―― 「石松?」  知らない内に俯いてしまっていたらしい。田中の声で覚醒した成人は勢い良く顔を上げると、同時に声を張り上げた。 「自販行ってくる。注文!」 「フルーツポンチソーダ!」 「ティースカッシュレモン!」 「ミルクキャラメル!」  ああ、三人ともノリが良くてほんと助かる。  でも、ミルクキャラメルってほんとに飲む人いたんだな。  成人が出ていった教室で、田中、鈴木、佐藤の三人は顔を見合わす。 「今、あからさまに話そらしたな。」  田中が話をふると、 「そうだな。」 「本気かな。」 「冗談。」  と、鈴木と佐藤。  冗談ですませようとする二人。しかし田中はそんな二人に同調したりせずに、一拍おいてつぶやいた。 「いつ誰が誰に恋するかなんて誰にも分からないよ。」 ******  放課後。  月・水・金は家に帰らずに塾に直行する。今日のカリキュラムは国語、理科、地理。どれも教材の多い教科ばかりで、それを通学鞄に学校のそれとともに無理矢理詰め込んでいる訳だから、パンパンに膨らんだ鞄は見た目を裏切らない重量感で、成人の薄い肩をこれでもかと圧迫する。自然と足の重くなる成人の耳に女の人の楽しげな声が聞こえた。  アルファベットのTの形をした道。話声はTの下の棒の方から聞こえる。塾へはTの上の横線をまっすぐ行けばいい。だから成人が歩みを止めたのは、声の女性とはち合わせたくないという理由からではない。彼女と話している方の声に聞き覚えがあったからだ。  熊だ。  陰からのぞいて見ると、熊はこちらに背を向けていて顔は見えない。ここからでは遠くて何の話をしているのかも分からない。分かるのは、その声が熊のもので、向かいに立った女の人がやけに親しげにまた、楽しげに話していること。  口の中が乾いて、心臓がバクバクいった。  成人は熊に自分だと気づかれないように走ってそこを過ぎると、なんだかもう止まる気がしなくて、肩が重いのも喉が乾いたのも引きずって限界まで走り続けた。  ぎゅうぎゅうに締め付けられたみたいな胸の痛みも、おそらく最悪であろう顔色も、回らない頭も、全部説明がつくように。  忙しいって良いと思う。説明の付かない感情に戸惑っても、悩む時間もないのだから。  塾が始まってしまえばほら、勉強以外に難しいことを考えなくても良い時間と理由ができた。  塾が終わるのは十一時だ休み時間は英単語をやろう。帰り道は走っても良い。帰ったら風呂に入って寝てしまおう。 「――眠れない。」  家に帰った成人は、計画通りすぐに布団に入った。しかし、暗い部屋で横になっていると、どうしても彼のことを考えてしまう。うるさいほどの虫の声も意識の外に追いやられてしまうほどに。  彼女は彼の恋人だったのだろうか。それならば、あれだけ楽しげに話していたのだ、昨日はたまたま急な用事ができたか、虫の居所が悪かっただけだったのだろう。  元々カードゲームの罰ゲームで声をかけた相手だ。しかもこっちは性別まで偽っている。相手が本気にならなくて良かったと思うべきだ。最初から最後まで遊びだったのだ。ならこの関係は終わりにしよう。  あいつらの言うとおりだ。アドレス帳から彼のデータを消して、いっそのことこっちのメールアドレスを変えてしまおう。そう思い立って寝転がったまま反転して俯けになり、携帯電話をたぐり寄せる。新着メールが一件届いていた。  熊  おやすみ。  一言だけのメールに泣きそうになる。  どうしてこんなに切なく感じる?  どうしてこんなに胸が苦しくなる? 「――彼女いるならこんなメールしてんな、ばか。」  ベッドから降りて今寝ていた場所に携帯電話を投げつける。それは、ぼふっといって沈んだ。  もう寝られる気がしない。英語でも見ていれば眠くなるだろうと思いワークを開いた。 ******  唇に触れた氷の冷たさに、手に触れた毛布の感触に、たった半日をともにした少女の記憶を呼び覚ます。気分が高揚して 彼女の可憐な容姿と、それを裏切るさばけた口調、生意気に笑う声が頭の中をくるくる、くるくる…  大学は今日午前のみ。部屋でじっとしている気はしなくて、何となく歩いて、何となく電車に乗って降りたことのない駅で降りて、何となくまた歩いた。  今朝ナルにおはようメールを送った。その返事を開いて見る。  おはよう  絵文字どころか句点まで使われていない一言メールは、今時の女の子にしてはいささか寂しい気がしなくもない。しかし、そんなのが彼女には似合う。もしゴテゴテにデコレーションされたメールが送れてきたらそっちの方が驚いていただろう。そんなことを考えていたら顔がにやけてきた。完全に不審な人だが、どうにも顔の筋肉が言うことを聞かない。  もうナルのことで頭がいっぱいで、自分をふった元カノに申し訳なくなるほどである。  と、そこに 「ターイーちゃん!」  その元カノが現れた。 「うお、聡美!?」  噂をすれば影とはいったものだが、まさかこんな場所で会うとは思っていなかった態は、今まで考えていたことの後ろめたさも手伝って、オーバーなリアクションをとってしまった。 「あれ、顔赤い?エッチなこと考えてたんでしょ。」 「考えてねえ!」 「何してんの、こんなところで。」 「――散歩。」 「タイちゃん家ここから電車で何時間よ。」  何時間はかからないと思う。でも、今学生の声が聞こえてきたから、空はまだ明るくてよく分からないが、もう四時をまわったのかもしれない。昼過ぎからさまよっていたことを考えたら、そんな所まで来ていても不思議ではない。 「俺の勝手だろう。」 「まあ、良いけどね。」 「おまえこそなにしてるんだよ。」 「私ん家この近く。知らなかった?」  そうだったのか。  恋人の家の場所も知らなかったなんて、ふられてもしょうがないかもしれない。 「あれから音沙汰ないんだもん、心配しちゃった。」 「音沙汰も何も、――おまえ、俺をふったんじゃないのか?」 「引き留めてくれると思ったんだよ!」  聡美はぷうと頬を膨らました。 「なのにタイちゃん、メール返事くれないし。」  自分はふられたとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。だが、誤解を招く行動をとったのはそっちだろうに。  だがまあ、そんな行動をさせてしまった自分の普段の行いも悪かったのだろう。しかも彼女のそんな気持ちに気づくこともなく、ナルのことばかり考えていたなんて。なんだか無性に申し訳なくなってきた態である。 「――すまん。」 「良いよ、許したげる。その代わり今からデートしてよ!」  聡美の明るい声に戸惑ってしまう。ふられていなかったのだから、喜んでも良いだろうに。ぜんぜん嬉しいと思えなかった。  ああ、そうか。もう俺の中では聡美よりもナルの方が大事なのか。  聡美の笑顔に比例して心が冷めてくる。 「タイちゃん?」 「――よう。」 「え?」 「他に好きな人ができた。別れよう。」  聡美はふっと息を吐き出した。 「――分かった。…でも、一つ聞かせて。私のこと、ほんとに好きだった?」 「好きではあった。」  そうでなければつき合ってはいない。好きだった。でも、焦がれてはいなかった。 「そうか、やっぱそんなもんだったか。」  バッチーン  日が傾き始めた空に星が舞う。腕を振りきる聡美がスーローモーションに見えた。一瞬思考が停止した。すぐに左頬がジンジンしてきて、ジンジン――あまりの痛さに悶絶した。  やばい、涙出てきたかも。 「――これでチャラよ。」  パンパンと手をはたく聡美。 「今の子とは本気でやりなよ!!」  後ろ向きに手を振って去っていく彼女は、すごく男前だった。  態の頬は腫れるかもしれない。  いつかはこんな日が来ると思ってたよ。タイちゃんはほんと酷いやつだ。  こんな良い女を振ったんだから、今好きな子はとことん好きになってよね。





 

彼女にはなりえない

 目と頬が熱い。  カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が頬に落ち、光の線を描く。その柔らかな曲線は少年を浅い眠りから覚醒させるには充分で、体勢を変えないまま、瞼だけが持ち上がった。  机に向かったまま寝ていたらしい。広げられたワークは地理。英語→国語→理科→と来ての地学だ。自分でも感心するほどの勉強量だが、その分頭と瞼が重い。  ――何時間寝れたんだろう。  寝始めた時間が分からないのだから、今の時間を見ても意味はないだろうが、とりあえずベッドにダイブして携帯電話を手に取る。  時刻は六時三十分。あと三十分眠れる。そのまま枕に顔を埋めると持ったままだった携帯電話が震動した。  メールが一件。  おはよう、ナル。  なんでこういうことするかなあ…。 「――ばか。」  冷たい携帯電話を、火照ってしまった目元に当てて、短い眠りについた。 「――酷い顔。」  鏡の前で向かい合った顔は、青白く、それでいて目元は赤く腫れている。すこぶる不健康。 「あーあ、美人が台無しだよ。――て、また来てるし。」  ナル、なんかあった?  あったよ。でも、教えてあげない。僕は、メール返さないんだから、もう送ってこないでよ。  君は僕の受験勉強の意欲の元にだけなってればいいんだよ。  だから、これ以上構わないで。 「うわあ、どうしたんだ、その顔。」 「勉強してたんだよ、佐藤受験生。」 「うっわ、やめろし!」  学校に行けば当然、いつもの三人がナルの顔色の悪さを気にかけてくれる。  これ以上心配されないように何でもない風に答えた。それなのに視線を感じる。田中が無言で見つめていた。 「…なにさ。」 「…なんかあった?」  どうして、彼はこう…。  田中のドングリ眼に見つめられると全部話してしまいたくなる。でも、それはできないから、はっきり否定しておかないと。 「何も。」 「そ。」 「――そうだよ。」  僕はただ、夢から覚めただけなんだから。  ******  「ひっでぇ顔だな、おい。」  思わず鏡の前で声を上げる。態の左頬は、予測したとおり腫れて、青紫色に手形が残っていた。どれだけの力でひっぱたかれたのか、咥内を噛まなかったことだけが唯一の救いである。 「メール、返ってこねぇなぁ。」  携帯電話のランプを光らせるのは、どうでもいい広告ばかり。昨日まではすぐに返事が来たというのに。  あまり何度もメールしてもしつこい奴だと思われるだけだとは分かっている。それでもナルへの未練を切れないまま家を出た。  大学の友人は俺の顔を見て盛大に笑ってくれた。でも俺が悩んでる風だったから、すぐに笑いを引っ込めて心配してくれた。別れた彼女のことで悩んでいると思いこんでいる彼らに他の女のことで悩んでいるなんてとても言えない。  これ以上ネタにされないように湿布を貼って痕を隠した。  一時、学食の席を取り損ねた態は、講堂前の階段に腰掛けて、購買で買った弁当を食べ終えたところだ。  秋の入り口にさしかかった今日は、残暑も薄れて気持ちがいい。さらっとした風が指先を抜けていって、その感触がナルの髪の感触に重なった。  ナルは今どこで何をしているのだろう。 「――この顔じゃあ、なぁ?」  無性にナルの顔を見たくなった。頬に触れる。腫れはひいているようだ。 「これなら、平気か?」  湿布を貼っていれば、手形は見えないだろう。  ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。着信は無かった。  もう、彼女は返事をしてくれないかもしれない、なんてたった半日連絡が無いだけで不安になる自分が分からない。  もしかしたら携帯電話をコーヒーの中に落としたとか、電車内に忘れたとかそういうことかもしれない。だったらもう今日は無理か。  それでも――会いたい。 「あーもうっ!!これで最後だ!!」  掛け声とともに送信ボタンを力強く押した。そして画面を睨みつけて固まる態。端から見たら異常。  しかし、その硬直状態は意外なほど早く解けた。 「うおぅっ!!――返ってきた。」  四時に山百合公園前  すばらしく簡潔なメール。しかし、時間と場所を設定されても、自分はそれがどこだか知らない。  どこだよ、それ  その疑問に答えるメールは返ってこない。 「返信しろよ!!」  「しないよ。」  来ないなら、来ないで良い。昼休み、また届いたメールに、成人は返信しないで画面を待ち受けに戻した。  指定した時間と場所。それは昨日、熊が彼女と会ってたその場所。 「――何してんだろ、僕。」  ため息をついて携帯電話を持っていない方の手で頭を抱え込んで、成人はため息をついた。 「ああーっ!石松、いけないんだぁ、学校でケータイ使ってちゃ。」  降ってきた脳天気な声に顔を上げると、佐藤と鈴木が卵形の携帯ゲーム機をいじっていた。 「たまごっちやってる奴に言われてもねえ。しかも今時たまごっちって。」 「たまごっちをバカにしてはいけない。このゲームの人気に終わりなど無いのだから。そう、それはドラクエのごとく。」  妙にカッコつけて言った鈴木にすかさず佐藤が突っ込む。 「それは言い過ぎ。」 「言い過ぎたかぁ。」 「良いなあ、きみたち悩みなさそうで。」  成人の言葉に二人は顔を見合わせる。 「有るよな。」 「な。」 「雅彦をどうやって落とすか!」 「どっちが手に入れるか!」  やはりバカだったか。生徒会の召集から返ってきた田中雅彦に叩かれた二人を見て成人は苦笑した。  放課後、ジャージの下のTシャツを学校指定のものから、アニマルプリントのそれに着替える。ダークグレーに濃い青のラインが入ったうちの学校ジャージはスタイリッシュで格好いい。中のシャツを変えれば普段着としても十分使える感じ。げんに下校する生徒の半数以上が制服ではなくジャージだ。  成人は学校指定のえんじのチェックの鞄を背負って待ち合わせ場所に向かう。足取りは重く、その場所に近づくにつれてますます気分は悪くなる一方だった。 ******  態が友人数人に訪ねてやったと分かった待ち合わせ場所は、昨日行ったばかりのあの場所で、もうそれほど痛くないはずの左頬を無意識にさすっていた。  待ち合わせ場所に着くとナルはもうそこにいた。近づいていくうちに彼女の様子がおかしいことに気がつく。 「ナ、ナル!どうしたんだよ、その顔は!?」  青白い顔の目尻だけが赤い。態は酷く顔色の悪いナルをつかみかかる勢いで心配した。  ナルはひくっとのどを鳴らして肩を強ばらせた。 「――お互い様?」  にこりともしないで答えるナルは、魂が抜け落ちているのでは無いかと思うほどに覇気がない。華奢な体が今にも崩れ落ちてしまいそうに感じた。  なおも態が見つめていると、ナルはやっと少し笑って答えた。 「これでも受験生だから、勉強疲れ?」  なぜ疑問系だ。その上、無理して笑ったみたいな顔が痛々しくて、抱きしめたい衝動に駆られる。  ナルが身じろいだ。抱きしめていなくとも、肩を掴んでいたらしい。慌てて手を放す。 「悪い。」 「…別に。」  顔を逸らして目を伏せる。今にも泣き出しそうに見えた。 「ほんとにどうしたんだよ。」 「…。」 「ナル。」  ナルは、黙って俯いてしまう。  ――優しくしないで…。  ナルが何か言ったようだが、声が小さすぎて態には届かなかった。 「あれ、石松だ。」 「おーい、石松!」  クルクル猫目とサラサラ切れ長が現れた。ちなみにこれは髪質と目の形を表していて、名前を知らない態は勝手ながらこの二人をこの呼び名で認識する事にする。 「何してんの?」  向かってくる二人の少年は、ナルと同じ鞄を背負っている。石松とはナルのことらしい。 「きみたちこそ、家こっちの方じゃないじゃない。」  ナルがやっと顔を上げた。 「これからゲーセン。」 「勉強しなよ。」 「息抜きだよ。」  肩をすくめた二人の視線が横にそれて、態の視線とかち合う。 「そのひと熊?」 「…。」  ナルがまた黙り込んでしまった。 「ま、がんばれよ。」 「俺らは今日も撃沈したけどねえ。」 「雅彦に!」  ぎゃははっ  ずいぶんにぎやかな友人だ。二人はお互いを指さして笑い、去っていった。 「――場所、変えよっか。」 「ああ。」  場所を移して、ここは駅前のファミレス。  ナルはウーロン茶の入ったグラスを両手で持ってガラス越しの外を眺める。 「良いの?こんな所に私なんかといて。」 「何でだ?」  ナルはそっと目をふせる。 「その、彼女に見られたりとか…。」 「ああ、昨日正式に別れたんだ。」 「は…、うそ。」  信じられないと目を見開いた表情を見て、今日初めて自分の知っているナルを見た気がした。 「ホント。」  湿布を貼がして、頬を指さす。おそらくまだ手形は残っているだろう。 「――何で…。」 「他に好きな奴ができちまった。」 「はあ?だれだよそれ!?」  驚いた勢いで立ち上がったナルを見つめる。 「おまえ。」  ぼっと顔を赤くしたナルに、確かな手応えを感じて、態は続けた。 「俺と付き合ってくれないか。」  その瞬間、力が抜けたようにイスに座り込んだナルの顔が泣きそうに歪んだ。そのまま両手の平で顔を覆って、俯いてしまう。 「――だめ、――だけど、――だめなのに――」  断片的に聞こえる震える声が痛々しい。 「え、あ、おい!良い、無理なら良いんだ!!――良いんだけど…これからも会ってくれたり――しないよな、ごめん。」  バカか俺は、この状況でまた会ってくれなんて。  態は自分を叱りつけたが、その予想は良い方向に外れた。ナルが血色の良い顔を上げたのだ。 「良いの!?彼女じゃなくても会って良いの!?」 「え、ああ。」 「――嬉しい。」  ナルは頬を涙で濡らしたまま犯罪的に可愛い笑顔を見せた。





 

続く遊びは甘く切なく

 中学三年二学期の期末テストは受験に響く最後のテストだ。今頃あがいたって遅いだろうに、今までさぼっていた連中までもが妙なやる気を出すテスト。  今日は帰りのショートホームルームで、そのテストの個人成績表が返された。  そして放課後、例のごとくジュースをかけて順位を競っているいつもの四人が顔を付き合わせていた。 「ジャンケンポン!あいこでしょ!雅彦から!」 「三年三組十六番田中雅彦、一位。」 「…。」 「…。」 「…。」  場が白けるのは当然である。誰も祝福などしてはやらない。何しろ三人分のジュース代がかかっているのだから。 「ジャンケンポン!真琴の番!」 「三年三組十五番鈴木真琴、二位。またも田中に負けたか。悔しいな。」 「…。」 「…。」  勝手に悔しがっていろ。 「ジャンケンポン!石松の番!」 「三年三組三番石松成人、五位。」 「何でだーっ!!!」  最後に残った佐藤が叫んだ。落胆する彼に、勝利を確信した成人は、田中、鈴木と共に満面の笑みで佐藤を攻める。 「ほれ、叫んでないでさっさと発表しなさい、佐藤君。」 「うう~、三年三組十四番佐藤裕介、…十位…。」  肩を落とす佐藤を尻目に残る三人は手を叩きあい、全身で喜びを表す。 「裕介の負けぇ、約束どおりジュース奢れや。」 「ぐおーっ!今度こそ勝ったと思ったのにぃ!石松もいきなり成績上がるし!」 「ふってふってゼリー。」 「金のお汁粉。」 「おでん缶。」 「ジュースでもねぇし!」  不満を言いつつ、教室を出ていく佐藤。  そういえばもう、おでん缶の時期なんだなあ…。 「石松、成績上がったじゃん。祐介も上がってんのに、うまくいかんねぇ。これもお勉強会の成果かな?」  鈴木がにやにや笑いで聞いてきた。 「君たちこそ、いつも遊んでるくせに何で勉強できるのかな。」  成人の皮肉に鈴木は、チッチと舌を鳴らす。 「あ・れ・は、息抜きだって言っただろ?」 「俺を他二人と一緒にするな。」 「ごめんね田中君。」  鈴木を無視して、前のせりふの君たちの部分に抗議した田中に謝ると、すかさず鈴木が抗議した。 「石松が無視する!酷い!」 「田中も結構なこと言ってたけどね。」  成人が肩を竦めて言うと、鈴木は見え見えの泣きまねをして田中にすがりついた。 「わーん、雅彦慰めろ。」 「気色悪い。」 「ひでぇ!」 「ただいまー。」  何はともわれ、この二人には負けるが成績は上々。成人は晴れやかな気分で受け取った缶を豪快に振った。 ******  十一月から、塾が火・木・土・日の週四日になった。今日は金曜日、塾はないが、行くところがある。塾のない日の放課後そこに行くことは、すでに習慣といっても良い。そしてそれこそが、成績アップの理由である。  ベージュのホットパンツとブラウンのハイネックセーターに、鮮やかなグリーンのコートを羽織って、成人はコンビニのお菓子コーナーを物色する。  ここは成人の家から電車に三十分揺られてやっとたどり着く、ちょっと大きな駅の中にあるふつうサイズのコンビニ。 「熊、これどう?」 「…臭そうだな。」  ドリアン味のハイチューを指さす成人に、熊は苦笑いして、それでもそれを籠の中に入れてくれた。 「合計、三百十五円になります。」  レジのお姉さんが無表情に言う。 「じゃ、百五十八円。」 「いいって、俺が出すから。」 「彼女じゃないんだから、私が半分払う!」  成人が強い口調で言うと、熊は口を一文字に結んだ後にふっと息を吐き出した。 「…分かった、じゃあ百五十円出して。」 「はいな。」  折れた熊に澄まして答えると、頭をぽんぽんと叩かれた。  今時珍しい、木造アパートの一室で、成人と熊はついてないこたつに入る。 「熊、ここ分かんない。」 「これはここに補助を線引いてだなぁ…」  成人の新しい習慣、それは熊のアパートでの勉強会。熊に高校受験で忙しいって言ったら、まだ中防だったんかーっ!って頭を抱えた。でもその後、勉強見てくれるって言ってきて、熊の教え方分かりやすいし、週五で入り浸ってるから成績だって上がった。 「ありがとう。じゃ、これお礼。ほれ、あーん。」  照れながらも口を開いた熊の口にブツを放り込む。 「うげ、なんだこりゃ!」 「ドリアン味のハイチュー。どう?」 「噛む度にガスが出る。」 「それはヒドい、学校で配ろ。」 「おい。」  お茶を飲みながら熊と一緒にこたつに入ってお勉強。狭いアパートはどこにいても熊の臭いがして居心地が良い。  成人は、足で熊の足を弄びつつ、鼻歌交じりに数学の問題集を進めていった。  ふと気が付くと七時を回っている。  今日は両親共に帰りが遅いから、自分的には補導されないぎりぎりに帰れば良いと思っているのだが、それは熊が許してくれないだろう。  その熊はというと、こたつに肩まで入って眠っていた。足がこたつの外に出ていて、裏が成人の方を向いている。  安らかな寝息をたてる熊の頬をペチペチ叩く。 「――ナル…。」  起きたかと思ったら違かった。寝言だ。  なんだか胸のあたりが変な感じがする。 「熊がいけないんだからね。こんな無防備に眠るから。」  成人は、こたつ布団を熊の口元まで引き上げると、その上からキスをした。  もふっ  布団の感触しかしないのに、すごく恥ずかしくなって身を起こす。 「――う、ん。どうした、ナル。顔赤いぞ。」  同時に熊が目を覚ました。間一髪。 「い、いや。何でもないよ。私、もうそろそろ帰るね。」 「ああ、もうこんな時間か。」  コートを羽織って外に出る。冷たい風が肌を刺した。 「――寒っ。」 「マフラー貸してやるよ。」  一度部屋に戻って、熊が黒とグレーのストライプのマフラーを首に巻いてくれた。 「ありがと。」  お礼を言ったが熊は成人の前から動こうとしない。それどころか、成人の肩を持って引き寄せ、その広い胸に抱き込んでしまった。 「く、熊!?」 「――ごめん、ちょっと。」  うわー、うわー、うわーっ!!  熊の声が耳のすぐ近くで聞こえる。思わず熊のトレーナーの裾をつかんだ。  戸惑う成人の顎を熊の大きな手が掬う。  ――キスされる。 「だめっ!!」  叫んで、熊を引き剥がした。  はっとする熊と目が合う。 「――ごめん。」  成人は泣き出したい気持ちで、逃げるように家に帰った。  一人部屋に残された態は、呆然とナルがアルミの階段を駆け降りる音を聞いていた。 「――さっきは自分からしたくせに…。」  こたつ布団越しは良いのに直はだめって、どういうことだ? 「わかんねぇなぁ…。」  ズルズルと座り込んで、頭を抱えると、こめかみに当てた手に異様に早い拍動が伝わってきた。  一目散に自室に籠もった成人は、クマのぬいぐるみを抱きしめてうずくまる。 「ヤバいよ、これ。」  心臓が飛び出るかと思った。まだ顔が熱い。 「熊、変に思ったよね。」  でも、キスはだめだ。これ以上はだめだ。だって、僕は彼を騙しているんだから。できなかったキスの代わりにぬいぐるみのクマの鼻に唇を押しつける。  あんなふうに拒絶して、もう愛想を尽かされたかもしれない。  そんな成人の不安を煽るように、その夜ついに熊からのお休みメールは届かなかった。 ******  昨日あれから熊から連絡が無い。本当に嫌われてしまったのだろうか…。  午前で塾が終る土曜日、一度家に帰って、制服を着替えてから熊のアパートに行くのがお決まりになっている。  いつもなら熊に会えるだけで嬉しくて、浮き足立って歩く道が、今日はやけに長く感じる。  成人の心を写し取ったような、どんより曇った空の下。アパートの二階に上がるアルミ製の外階段の前で、ついに成人は足を止めた。  この階段を上って、一番手前が熊の部屋。 「大丈夫、大丈夫…」  成人は、ストライプのマフラーを巻き直し、目の下まで覆って、大きく息を吸った。  ナルは何を考えているのだろうか。  恋人になることは拒否したのに、また会いたいと言ったらあんなに喜んで。  友達のつもりだろうか。  でも、ナルはきっと俺が好きだ。――たぶん。  だって、そうじゃなかったら、あんなことしないだろ?  いくらこたつ布団の上からだって。  抱きしめた体は細くて、愛しくて。でも、俺は拒否された。  身を堅くして、俺のトレーナーの裾を掴んだのは、恋のトキメキではなく恐怖からくるそれだったのか…。 『――ごめん』  部屋を出ていくときの声、泣きそうに震えていた。  思い出したら、メールを打つのが怖くなって―― 「――今日、来るかな。」  来てほしい。  彼女が来たらすぐ分かるように、じっと息を殺して、耳を澄ましていよう。  カン、カン、カン―― 「ナル!!」 「うわぁっ!?」  ドアフォンをならす前に飛び出してきた態に、ナルは驚きの声をあげる。 「熊。」  目をパチパチさせて見上げてくるナルは、――大丈夫、怒ってない。 「――良かったぁ。」 「何が?」 「いや、それは――ん?おまえ、顔色悪くないか?」  また、夜更かしでもしたのだろうか。ただでさえ白い顔は、血が通っていることを疑いたくなるように青白く、それだけに、目尻の赤いのが痛々しかった。  ナルの瞳が揺れる。口を半開きにして、眉がハの時を描く。  ――泣く 「お、おいナル?」  慌てて声をかけると、ナルは頭をブンブン振って、それが頭に響いたのかこめかみを押さえて情けなく笑う。 「…ちょっと寝不足で。」  態は強がるナルの額を軽くこづいた。  ノートを広げて数十分後。成人は船を漕いでいた。  塾ではぜんぜん平気だったのに。熊の顔見て気が抜けたのかな。 「少し横になった方が良いんじゃないか?」 「う~ん。でも私こたつで寝るのダメな子なんだよね…。」 「布団敷くけど。」 「う~ん…。」  いざ寝ようと思ったら、その布団を敷く時間さえ惜しいような気がしてきた。  成人は窓際にある粗末なパイプベッドの方を見る。 「熊のベッドが良い。――ダメ?」 「え、いや――」  成人は、熊の答えを聞かないうちに布団に入ってしまう。  うつ伏せなって枕に顔を埋めると、彼のにおいがした。 「熊のにおいだ。」  大好きな熊のにおいだ。 「おい。」  熊の慌てる声が聞こえる。  でも無理、眠い。 「おーい…。」  二止めの声を聞く頃には、成人は夢の世界に旅立っていた。  寝ちまったよ。  窓側を向いてうつ伏せになったナルの寝顔は見えない。見えるのは栗色のもじゃもじゃだけだ。  どうしてこんなに無防備になれるんだ。  俺を信用してるから?昨日キスしようとしたのに?  態は頭を振って思考を中断させ、頭を冷やそうとみかんの皮をむいた。  そろそろ旬のみかんは皮が薄くて果汁も甘い。甘酸っぱいみかんを食べていたら、センチな気分になってきた。  ナルを見ると気持ちよさそうにすうすう寝息を立てている。  態は手持無沙汰にマンガ雑誌を手に取るが、何となく気が散って、主人公の感動のせりふも頭を素通りしてしまう。やけに喉が乾いて、麦茶飲み干した。  その時、ナルが動いた。起きた訳じゃない。寝返りを打ったのだ。仰向けになったナルの寝顔が初めて見えた。  その顔を態はそっと覗き込む。 「――ナル?」  すう。 「――寝てるよな?」  すう。  頭をなでる。  安らかな寝顔は、すごく幼く見えた。  可愛い。マジで可愛い。  態は知らないうちに顔を近づけていた。  ――何をしている俺!?  バッと体を離す。粗末なベッドが悲鳴を上げたが、ナルは未だ起きる気配がない。  う~む…。  ほっぺたつついてみる。柔らかい。  キスしたい。タオルケットだけ引き上げてナルの唇を隠した。  起きるなよ、起きるなよ。  熊はそれにゆっくりと唇を重ねる。  ――暖か…。 「――熊。」  はっとして飛び退く。  ナルが大きな目で態を見つめていた。 「悪い!ホントに!魔が差して!」  何やってんだよ俺!これじゃあ昨日の二の舞じゃないか!!  土下座する勢いで謝り倒す態を見てナルはポケットから何かを取り出す。 「熊。」 「ナル?――んん!?」  顔を上げた態の口にそれを放り込んだ。 「お仕置きだよ!いーだっ!!」  態の口の中を異臭が満たした。昨日のハイチューだ。 「帰る。」  ナルが窓の外を見てつぶやいた。 「怒ってるのか?」 「身の危険は感じたけどね。」  態はうっとなったが、それを見てナルはケラケラ笑った。どうやらからかわれたらしい。 「嘘だよ。雨降りそうだから。」 「ああ、ホントだ。」 「じゃあね、熊。」 「マフラー」  ナルは白い毛糸のマフラーを持ってにこりと笑う。 「自分の持ってきたよ。――昨日はありがとう。バイバイ。」  玄関がばたんと音を立てて閉まった。  一人になった部屋で、態はナルのいなくなったベットを見て顔を赤くする。 「俺、今日寝れんのかなあ…。」  彼のつぶやきは、木造アパートの一室に熱を持って響いた。 ******  今、自分は他人からどんな風に見えるだろう。  襟の大きい二列に金の大きなボタンの付いた鮮やかな緑のコートの前を開けて、中には黒のトレーナーを長くしたワンピースを着ている。膝より長いブーツがミニのスカートに良くあった。  ショーウィンドウに写る自分は、どこから見ても女の子。しかも可愛い。  小さくため息を付いて、意識を自分から離すと、ガラスの向こうの商品が初めて見えた。 「あ、この服可愛い。」  目に付いたのは襟元に大きなピンクのリボンを巻いた、黒のシャツ。完全に女物だ。 「なんだかなぁ…。」  女物の服ばかりが増える自室のクローゼットを思い出してまたため息を付いた。  ショーウィンドウに写る女の子は、コートのボタンを全部閉めてもやっぱり女の子にしか見えない。  コートとブーツで肌は見えないのに。これはただの先入観か、それとも―― 「彼女、一人?」 「悪いけど。僕、男なんだ。」  ナンパ男に証明されてしまった。僕は女の子に見える。  いつかはばれる嘘だって分かってる――でも今はまだ。  冷たい風がむき出しの耳を攻撃する。  まだ僕は彼から離れられない。





 

崩壊の兆し

 「石松。これやるよ。」  佐藤にのし掛かられた体勢で、短冊状の紙を三枚、扇のように広げて持っているのは鈴木。 「何これ。」  対するは学ランを着ているのが不思議なくらいな女顔の石松成人。 「映画の券。」 「見れば分かるけど…何で三枚?」 「俺と。」 「俺と。」 「雅彦の分。」  鈴木は首をひねって佐藤と顔を見合わせ、二人同時にため息を吐く。 「また、フられちまったんだよな。」 「な。」  田中を映画に誘って断られたらしい。それはそのはず、彼らは受験生である。もちろん成人も。 「二人で行けば良いじゃない。」 「二人じゃ意味ない!」  あきれ顔で言った成人に二人の主張がハモった。田中、愛されてるな。 「良いから熊と行ってこいよ。」 「おもしろいから。」 「いろんな意味で。」 「タダだぞ。」  少し引っかかる部分もあるが、そこまで言われると、ちょっとくらい息抜きしても罰は当たらないのではないかと思ってしまった石松受験生。 「…じゃあ、まあ。」  押し切られた感じで成人が三枚の券を受け取ると、鈴木と佐藤が不満げな顔をした。 「もっと嬉しそうに!」  理不尽とも言える二人の注文に応えるべく、成人は組んだ手を顔の横に持ってきて、笑顔を造る。イメージは恋人からのプレゼントに頬を染めて喜ぶ深窓のお嬢様。 「ありがとう。私、すごく嬉しい!」  鈴木と佐藤はしばらく笑いが止まらなくなった。  所変わって、木造アパートの一室。  例の通り例の如く勉強道具を持ってやってきたナルが、三枚の短冊状の紙を顔の前で扇状に広げる。 「熊、明日暇?」  小首を傾げる仕草が可愛らしい。 「何だそれ。」 「映画の券。」 「受験生だろ。」  机に広げられたノートをのぞき込む、歴史の問題の解答で埋まっていた。顔に似合わず達筆だ。しかし、最後に書かれているのは「井上馨って、伊東四朗に似てる」、何のこっちゃ。 「息抜きだよ。」  渋い顔をする態に、ナルは頬を膨らまして抗議する。拗ねた顔まで可愛いなんて反則だと思う。 「ね、暇?」 「暇。何て映画だ?」  仕方なく折れてやるとナルの笑顔が輝く。ああ、もう可愛いなあ!! 「lost boy。」 「知らねえな。」 「私も知らない。」  て、おい。 「何で、知らない映画の券持ってんだよ。」 「友達に貰ったんだよ。しかも三枚。」 「他にも誘うのか?」 「いらない。熊と二人が良いもん。」  もんって… 「――おまえ、可愛いな。」  ついに口に出してしまった態に、ナルはぼっと顔を赤く染めた。 「な、何言ってんのさ!バカじゃないの!?」 「可愛い可愛い。」 「――っ」  何をしてても可愛いこの子と一緒にいられるだけでも良いかな。  ――今はまだ。 ******  「ただいまぁ。」  成人が自宅の玄関を開けると、父、義人が仁王立ちで待ちかまえていた。 「パパ、今日早いんだね。」 「成人、話がある。」  何かあると感じつつも、そのまじめな声を軽く思っていた。  だって、やましいことはしていない。勉強はまじめにやってるし、成績は上がったし、学校で問題だって起こしてない。 「どうしたの、改まっちゃって。着替えてくるから、リビングで待っててよ。」  ブーツのファスナーに手をかける。しかし、直後に義人が発した言葉に成人は動きを止めた。 「コートの下に何を着ているんだ?」 「!?」  あった。  成人がやましいと思って仕方がないこと。コートの下はベルトの代わりにリボンの付いたハイウェストの赤いスカート。  成人の顔から血の気が引いた。 「母さんが、お前の部屋のクローゼットの中を見た。」 「――それで?」  ああ、もっと部屋を片づけておけば入ってこられなかったのだろうか。それでもいつかはばれたのだろうか。  でも、何がいけないんだろう。  女装してたこと?あれ、僕はなんで女装してるんだっけ?何でパパは怒ってるんだっけ?  ――僕は何がしたいんだっけ? 「おまえは男だろう!女の格好なぞして何を考えている!女にでもなったつもりか!?本物の女になれるはずもないのに!!」  ――女になりたかったんだっけ?  違う。僕は――熊の一番に成りたかったんだ。  でも、それは女の子じゃないと叶わないから… 「――うるさい!パパに言われなくたって分かってるよ!!」 「待ちなさい、成人!!」  だから、きっと僕は女の子に成りたかったんだ。そんなの無駄だって分かってるのに。  家を飛び出した成人を、呼び止める義人の声。でも彼は振り返らない。  大地がゆがんだ気がした。  何も考えられなくて、気づいたら熊のアパートの前にいた。いつ電車に乗ったのかも分からない。  ドアフォンを押して数十秒。彼が出てくる気配はない。彼は居ない。いつ帰ってくるかも分からない。  時刻は二十時三十分。十二月の冷たい空気はナルをいっそう悲しい気持ちにさせた。 「――熊。」  会いたいな。氷のように冷たい風が成人の髪を乱した。 「寒いよぉ…。」  それでもここを動きたくはなかった。  二十三時十分。コンビニのバイトから帰った態は、部屋の前にあり得ないものを発見した。 「ナル!?」  抱えた膝に埋まった顔は見えないが、このフワフワ頭を見間違えるはずはない。 「どうしたんだ、帰ったんじゃないのか?」 「――くまぁ…。」  顔を上げたナルの顔にじわじわと赤みがさしてきて、ひっくとしゃくりあげる。 「中、入れ。」  手を引いて立ち上がらせ、そのまま部屋に引きずり込んだ。  「今日、泊めて。」  部屋に入って第一声がこれだ。  自分の言っている意味が分かっているのだろうか。  一人暮らしの男の家。それも、俺は少なからず彼女に好意を抱いている。そこに泊まりたいだって? 「どうしたんだよ。」  態が弱り顔で聞くと、間を持ってナルが答えた。 「――パパと喧嘩した。」 「理由、聞いても良いか?」  二人分のコートをハンガーに掛ける。ナルの目がそれを追っていた。 「私が悪いんだ。」 「じゃあ、謝ればいいじゃないか。」  答えはもう出ている。  振り向くと、ナルが下唇を噛みしめていた。 「――それは、無理。」 「なんで。」 「やめられないから。」 「なにを。」 「…。」  黙ってしまった。こうなるとナルは頑固だ。 「まあ、いいけど。」  難しい顔をするナルの頭をかき混ぜてやると、ほっとした顔になって、くしゃみをした。 「――くちゅんっ」  頬に触ってみる。冷たい。 「おまえ、いつから家の前にいたんだよ。」 「八時くらい?」  三時間も寒空の下に立っていたのか。それは体も冷えきっていて当然である。  態は風呂場を指さして言った。 「風呂沸いてるから入ってこい。着替え、俺のジャージしかないけど。」 「うん。」  答えたナルはもういつもの笑顔だった。  「湯加減どうだ?」  熊が脱衣所にタオルと着替えを置きに来た。  ねえ知ってる?  今シャワーを浴びてるのは男なんだよ。  知らないよね、言ってないんだもの。  鏡の中の自分は胸だって無い。  僕はいつまで彼を騙してるんだろう。  いつまで騙せるだろう。  いつかばれるならいっそ… 「――ねえ、熊。」  シャワーの音がやんで、成人の小さな声が浴室の壁に反響して聞こえてきた。 「私、本当は…」  熊は何か大事なことを言われる気がして、だんだん小さくなっていく声を聞き取ろうと神経を集中させる。 「――ごめん。やっぱ何でもない。」  身構えていた分、聞こえてきた歯切れ良い声に脱力する。 「ナル。」 「…。」  追求しようとしても、答えは無かった。  ごめんね熊、僕は卑怯者だから、この微妙な関係がもう少し続けばと願ってしまうんだ。  成人は蛇口をひねってシャワーを浴びる。顔を濡らすのは水か汗かそれとも涙か。鼻の奥がツンとした。  「飯食ったか?」  大きすぎるジャージのズボンが落ちないように、腰の紐をきつく縛って脱衣所から出てくると、炬燵におにぎりと味噌汁が置いてあった。 「熊が作ったの?」 「ああ。」  おにぎりを頬張る。奥歯が痺れるみたいな快感。 「おいしい。」  嬉しい。  熊が自分の為に何かしてくれると、それだけでこんなに幸せな気持ちになれる。  熊を騙している後ろめたさと、優しくしてもらえる嬉しさで頭がぐちゃぐちゃだ。 「ナル。」 「なに?」  熊の指が成人の目尻を拭った。 「笑い泣きって、そんなに腹減ってたのかよ。」 「――そうだよ。」  成人は残りのおにぎりと味噌汁を一気に平らげた。 「明日、映画行くんだろ?」 「?」  食器を片づけている成人に熊が話しかけた。明日映画に行こうと誘ったのは成人だ。行くに決まっているではないか。どうしてそんなことを聞くのかと成人は不思議に思う。 「二日くらい同じ服着てくれよ。」  熊はきょとんとする成人から目を反らすと、頭をボリボリかいた。 「ベッドと布団、どっちが良い?」 「!」  成人は、ようやく理解した。彼は泊まって良いと、そう言っているのだ。 「ベッドが良い。熊のにおいがするから。」  大好きな熊のにおいがするから。  ホントは一緒に寝たいなんて、言ったら追い出されそうだから言わない。 「もう眠い。」 「寝てて良いぞ。俺は風呂入ってから寝る。」 「ん。お休み熊。」 「お休み、ナル。」  メールでも電話でもないお休みが、なんだかくすぐったかった。





 

世界が壊れる音

 暖かい。  春の太陽が体を包み込んで、光の糸が指に絡みつく。  柔らかい、暖かい。  ――この光を離したくない。 「う、ん?」  幸せな夢を手放したくない熊は夢の余韻に浸るためにまだ目を開けない。  暖かな光はどこにある?  光の糸はどこにある?  探るように右手を動かす。良かったまだ光はここにある。  …て、なんだ、これ。  具現化した夢の正体を見極めようと瞼を上げると、鼻先が当たるほどの近距離にナルの顔があった。指に絡まるのは光の糸ではなく、ナルの髪の毛だ。 「ナル!?なんで!?」  ついに手を出してしまったか。いやそんなことはない…はず。  態が飛び退き、声を上げると、目が覚めたばかりでまだとろんとしているナルの瞳が見上げてきた。 「――へ、あれ?」  ナルはパチパチと瞬きをした後、身の回りをざっと見渡してから言った。 「えーと、えーと…なんで?」  はあ…。  こっちが聞いてるんだって。  態は脱力して布団から出た。  今朝の献立は納豆とパン。奇妙な組み合わせのようだが、意外にいける。 「午前は塾か?」  パリパリに焼けたパンに納豆を乗せながら態が聞くと、ナルが唸る。 「んー。行きたくないな。」 「行ってこいよ、受験生。」  不満そうな顔をするナルに笑いかける。 「待ってるから。」 「…分かった。」  パンの滓がついた手でナルに触れるわけにはいかなくて、それが無性に焦れったかった。 ******  いつもより一人少ない朝食の席に、一組の男女が難しい顔で座っている。 「お父さん、成人帰ってきませんでしたね。」  女性の方は石松成海、成人の母である。 「…。」  男性の方は石松義人、成人の父。  成海の声には答えずに新聞に目を下ろしている。しかし、その視線は一点を見つめたまま動かない。 「女装くらい何です。」 「奴は男だ。」  義人は視線だけ向けて答えた。 「分かっています。」  始終落ち着いた口調の成海だが、それがかえって迫力で、義人は落ち着かない気分になり、メタルフレームのめがねを押し上げる。 「それでも理解してやるのが親ってものじゃありませんか。それをあの子の話も聞かずに一方的に怒鳴り散らして。」 「すぐに帰ってくるに決まっている。」 「腹が減ったら帰ってくる。夜になったら帰ってくる。朝までには帰ってくる。って、お昼を過ぎても帰って来やしないじゃないですか。」 「…。」  義人は意味もなく新聞のページをめくる。 「あの子、今日塾にも行ってないみたいですよ。」 「私にどうしろと言うんだ。」 「探してください。そしてあの子の話を聞いてください。」  義人はようやく新聞を閉じた。 「…ふん。」  息子の外泊先の心当たりは三つ。先ずはどこから当たろうか。 ******  塾なんて、女装したまま行ける訳もなく。暇つぶしに町を歩いて、ナンパ男をことごとくふり、待ち合わせ場所の像の前で空を見上げるナルである。 「くーまが遅いーな。待つのも飽きたーな。ほーかの男をつかまえようか。」  まだ待ち合わせ時刻にもなっていないが、塾をさぼったナルの待ち時間は実質四時間をとうに過ぎている。流石に暇を持て余して青い猫型ロボットの出てくる人気アニメの主題歌の替え歌をつくってみたわけだ。この後の歌詞は決まっていないのでハミングにしてみる。 「フフフフフ・フ・ふみゅっ」  突然後ろから口を塞がれた。 「恐いこと言ってんな!!」  降ってきた声は待ち人、熊のものだった。 「今叫んだら何人が熊に飛びかかるかな。」 「――おいっ!」 「ふふふ、冗談。」  悪びれないナルに熊は大げさにため息を吐く。 「昼飯食べたのか?」 「うーん…。うん。」  一拍遅れた返事をしたナルに熊は白い目を向けた。 「…今嘘ついただろ。」 「えー?」  眉尻を下げて可愛らしく小首を傾げるナルの、そのほっぺたを引っ張ってやった。 「バレバレな嘘をつくな。腹減ってないのか。」 「らっへ、はへはふはいひ。」 「食べたくないし?」  喋りにくそうなのでほっぺたから手を放してやる。 「――せっかく熊とデートなのに、ご飯食べてたらそっちに集中しちゃうじゃない。」  すねたように頬を膨らまして言うナルは心なしか顔が赤い。つられて赤面してしまった熊は照れ隠しに素っ気ない返事をしてしまう。 「映画見始めたら、そっちに集中するんだろうが。」 「でも、手ぐらいはつなげるよ。」  どうしてこう、この少女は俺にこんなにも的確に爆弾を落としていくのか。照れ隠しにぶつけた返答が止めの一言を招いた。タコのように真っ赤に染まった熊は、ナルの手を引いて映画館へ向かうのだった。  窓口の青年の訝しげな顔を見たときに気づくべきだったのかもしれない。でも、まさかこんなことが起こるだなんて思わないじゃないか。  ナルが友達に譲ってもらった映画のチケットが――BLだなんて…。  どうすんだよ、これ。ナル黙ってるし、ひいたか?寝たか?  恐る恐る熊がナルの方を向くと、ナルはひくでも眠るでもなく、恐いほど真剣な眼差しで画面を見つめていた。  肘おきに置かれた堅く握りしめられたナルの手にそっと手を重ねてみる。 「!」  驚いて振り向いたナルの瞳がぎりぎりまでため込んだ涙で盛り上がって見える。画面上では思いの叶った男達がラストをキスで飾っていた。  「…おまえの友達って――」 「知らぬ。私には何も思うところはござらぬ。」 「しゃべり方おかしいぞ。」 「おかしい?否!感動したぞ!はっ、そうか!きゃつらはこの映画の価値をわかった上で…」  だめだ、完全に壊れている。誰だ、ナルにこんな映画薦めた奴は。 「成人!」  映画館を出てすぐに誰かが叫んだ。 「!」  振り返ったナルが目を見開く。  叫び声の主は上品な顔立ちの紳士といった体の男性だった。  間があって、小さな声が薄く開いた唇から流れ出た。 「――パパ。」 「帰ろう。話がある。」  なるほど、彼はナルの親父さんか。そう言われればどことなく似ている。家で息子を迎えに来たというわけか。  そこまで考えて、すぐにあることに気がつく。いや、やっとと言うべきか。それはだって、直視しがたい真事実。  ――そう、彼は… 「ナル…ヒト?」  知らず、その名前を呟いた。  ナルが硬直した。その周りだけ時間が止まってしまったようだ。 「家の愚息が迷惑をかけました。失礼します。」  父親に手を引かれてナルが行ってしまう。後には何を言うこともできずにただ立ち尽くす態だけが残った。  成人は家に帰ってすぐ、居間に連れて行かれた。目の前には父が座っている。  高校で鬼教師と呼ばれる父である。説教はお手のものか、この鋭い視線の前で恐縮しないなんて無理な話だ。 「成人、何の話だか、分かるな?」 「…はい。」 「おまえの言い分を聞こう。」  外れた行動を快く思わない父がそんなことを言うから驚いてしまう。  向き合った彼の瞳に慈愛の心がかいま見られる気がした。でも、もうすべては終わった。 「――ただの遊びだよ。でも、もう意味なくなっちゃった。」  押し殺した声でそれだけを言うと、父が呼び止めるのも聞かずに居間を出た。彼の制止を無視するのはこれが二回目だった。  自室のドアを閉めると、同時に涙が溢れてきた。ぼろぼろとこぼれる涙が後を絶たない。成人は崩れるようにその場に膝を付いた。 「――うっく…、ひっ――」  涙と一緒に嗚咽が漏れた。視界がぼやけてくる。ついには自分が居る場所さえ分からなくなっていた。  ただただ止まない涙を持て余した成人は、その日確かに世界が崩れる音を聞いたのだ。





 

notエンディングbut新オープニング

 いつも連んでいる男子中学生四人組。でも今日は一人休んだから三人組。今日も鈴木真琴と佐藤祐介が田中雅彦の席に集まった。いつもながら、田中以外の二人はヘラヘラしている。 「おまえら、何も言わないんだな。」 「石松のこと?」 「なんで?」 「…いや、まあ。」  昨日のことだ。四人組の残る一人、石松成人の父、石松義人から電話があった。成人が家出したということで、居場所に心当たりのあった田中はそれを教えたのだ。 「雅彦のする事だからな、なんか考えがあるんだろ?」 「雅彦は俺らの気持ちを裏切らない。」  確かに思うところあっての行動だったのだが、裏切りともとれるこの行為を何の説明もなしに受け入れてしまう二人の信頼はやはり心地言いい。 「その通りだ。」  田中は口元をほころばせた。 ******  騙されたとか、裏切られたとかは思わないでもない。けれどそれよりも、騙している間、あの子は何を思っていたのかということの方が気になる。きっと、辛かったと思う。苦しかったと思う。それくらいは顔を見ていれば伝わってくる。半年という短い時間でも、お互い本気で好きだった。それは今でも同じはずだ。  もう、今日で終わりにしよう。 「態さんですね。お待ちしていました。」  二度目にナルと待ち合わせた公園から一番近い場所にある中学校。下校時間、ここで待っていればナルに会えると思った。  だが、やってきたのはクルクル猫目とサラサラ切れ長、俺も一度会ったことがある、ナルの友人とその二人に挟まれた、やや背の低い、ツンツンどんぐりの三人。声をかけてきたのはその真ん中。 「今日ナルは――」 「休みです。」 「そうか…。」  ケータイはつながらない。メールは返ってこない。学校にも来てない。だったらどうしたら話ができるのか―― 「家の場所は知っています。」  ――そうだ、自宅に押し掛けよう。  「――で、なんで俺たちは珈琲館にいるんだ。」  ナルの家に行くはずではなかったのかと、態は目の前の中学生を睨みつけた。  ツンツンどんぐり改め田中雅彦は年上に睨みつけられたのに堪えた様子もなく、向かいの席で優雅に足を組む。 「何も知らずに自宅に押し掛けて驚かないように予備知識をお教えするためと、石松が男と知った今、あなたが彼のこ とをどう思っているかの確認のためです。事と次第によっては彼に会わせるわけにはいきませんから。」 「あ、お兄さん。オーダーお願い。」 「キャラメルマキアートと、カフェモカと、雅彦はオリジナル?態さんは?」 「あ、じゃあ俺もオリジナルで。」  緊迫した空気を田中の両隣の二人が脳天気な声で壊してくれる。あと、注文の品が甘すぎると思う。 「じゃあそれとチョコレートパフェ二つで。」 「ちげぇよ俺、イチゴパフェだって!」  あめぇよ! 「態さんは、石松に会ってどうしたいんですか。」  この状況でもクールでいられる田中は尊敬できるかもしれない。  態は咳払いを一つしてから言い切った。 「俺はナルが好きだ。今でも、恋愛対象として。」 「そうですか。では、石松の両親ですが。」 「それだけ!?」  すぐに次の話に進もうとする田中に突っ込まずには入られなかった。 「なんですか?」 「だって、色々あるだろう!?男なのに、とか!」 「そんなことはどうでもいいです。俺はあなたが彼をオカマと罵倒したり、逆に興味本位でつき合ったりはしないかを確かめたかっただけですから。」  おおっ。なんだこいつ、かっこよくないか!?ナルの奴、良い友達を持って… 「父親は教師で、母親は弁護士です。」 「義人さんは頭堅いよ。」 「成美さんはやり手だよ。」 「どっちも恐いよ、ねぇ?」 「ねぇ。」  態が感動している間にも話は進んでいく。横やりばかり入れてくる鈴木と佐藤をついに田中がたしなめた。 「おまえ等は少し黙ってろ。」 「はーい。」 「伸ばすな。」 「はいはい。」 「返事は一回!」 「はい!」 「よし!」  園児か!!  もう成るように成れと、態は肩から力を抜いた。 ******  話には聞いたが、石松家は結構立派な一軒家だった。豪邸の一歩手前って感じだ。  熊はさすがに親がやり手弁護士なだけあると、義人にとっては不名誉な評価を下した。  指紋認証システムの下にあるドアフォンを押す。  プツッという機械音の後にはきはきとした女性の声が聞こえてきた。 「はい、どちら様でしょうか。」 「成人君の友人の石井態です。」 「あの子の女装に関係のある人ですか。」  詰問するような口調ではないのに、淡々と問われるとギクッとしてしまう。 「――そうです。」 「今、門を開けます。」  驚くことに、門は自動で開いた。  玄関まで向かうと、きりっとした顔立ちの女性が出迎えてくれる。 「あの子に会いますか?」  成美の問いに態は勢いよく答えた。もうとっくに心は決まっている。 「はい!伝えなければいけないことがあります。」 「成人は、昨日から部屋に閉じ籠もっているのだけど、それでも?」  閉じ籠もるほど傷ついたのか。態は拳にぎゅっと力を入れた。 「それでも話がしたいです。部屋の前まででも案内していただけませんか。」  成美は一つうなずいて、来客用のスリッパを勧めた。  人生は、映画みたいにはいかないんだ。  人間本当に辛いことがあると幾らでも寝られるんだって、「飛んだカップル」ってマンガに書いてあったな。  昨日は夕方、女物の洋服を段ボールに積めようとして、酸っぱい物がこみ上げて来て。それからずっと布団に潜っている。風呂に入っていないどころか、着ている服も昨日のままだ。食事さえしていない。  眠ると彼が、夢に出てくるから寝たくないのに。動きたくない。何もしたくない。だからまた夢に溺れる。二度と現実には叶わないだろう、幸せすぎる夢に… 「…ナル」  違うのに、僕は成人なのに。 「…ナル」  そんな風に呼ばれたら、泣きたくなるでしょ。  そっと目を開けると、熊が笑顔で覗いてるんだ。そう言う夢だ。分かってる。  成人は、束の間の幸せを手にするために重たい瞼を押し上げた。  「ここが成人の部屋です。」  態が案内されたのは木製の扉の前。深呼吸を一つしてから、そのドアをノックする。  返事がない。 「ナル。」  呼んだ声は掠れて、少し震えてもいたかもしれない。 「ナル!」  祈るように名前を呼ぶと、ドアが開いた。ナルが開けたのではない。成美さんが開けたのだ。 「このドアに鍵は付いてないのよ。」  先に言えよ!  態は雛壇の芸人のように転けそうになった。  後は若い二人に任せてと、むずがゆい気を利かせて成美さんが引っ込んでしまうと、態はナルの部屋にナルと二人きりになってしまった。といってもナルは窓際のベッで眠っている。  そっとベッドに近づく。 「――くまぁ」  寝言と一緒に涙がナルの頬を斜めに降りて、布団の上に広がるふわふわの髪を濡らした。  ――どうしてこんなに、  態は思わず自分のない胸を着ている服ごと掴んだ。胸がぎゅっと締め付けられる。  ――どうしてこんなにも思っているのに伝わらない。 「ナル、起きろよ。ナル!俺はここにいるから、夢じゃなくてここにいるから!!」  ナルはそっと瞼をあげた。しばし態と視線を絡める。がばっと身を起こしたナルは壁際まで跳び退いた。  ナルに会ったら話そうと、そう思っていたことが沢山あるはずだった。だが、今、態は言葉を失った。目の前のナルの不健康な顔色が、今まで何度も見た、ナルが勉強疲れだと言い張った、あの時の顔と全く同じように見えたから。 「――ごめんなさい。」  ナルの小さな唇から、絞り出すような声がこぼれ落ちた。 「何で謝るんだ。」  促すと、俯いて背中を丸めてしまう。 「…遊び、だったんだ。罰ゲームだった。…トランプで負けて、それで…」  態はナルをじっと見つめている。 「…女装して、逆ナンして――僕、本当は男で!」 「遊び、だった。罰ゲーム、だった。――過去形なんだな。」 「だって!!」  勢いよく顔を上げたナルは顔を真っ赤にして泣いていた。 「…気づいた時にはもう好きになってた!…何度も、本当のこと、ことを…っ言おうと、思っ、たんだ!…でも、できなっくって…ヒック、ともっだちに、ならっ、成れる…っかなってぇ!思った、りも、したけどっ…!こんなに――」  全身を震わせて号泣しながら、ナルは握った拳で激しく拍動する心臓を押さえつける。 「胸が苦しいんだもんっ!!」  何かがナルの視界を覆った。ナルの頭は熊の大きな胸に抱かれていた。 「好きだ!」  熊は、震えるナルを力一杯抱きしめて叫んだ。そうしたら、こっちまで泣けてきた。 「好きだ…好きだ、好きだ!――だからっ」  背中に回した腕をほどいて、ナルの塗れた頬を掌でそっと包みこむ。 「友達になろうなんて考えるな。本当の恋人になってくれ。」  ナルの見開いた両目から溢れる涙が喜びのそれに変わった。 「くまぁ、ぼくも…、僕も熊がすきぃ!」  やっと通じ会えた恋人達は、初めて本当のキスをする。それは、痺れるくらいに甘くて、少ししょっぱい味がした。 ******  桜の蕾がピンク色に染まる三月。各高校では門を入ってすぐの場所に、即席のプレートが設置される。そのプレートに張り出された幾つもの数字は、子供と大人の狭間に立つ少年少女達の未来を少なからず左右する。  一喜一憂する黒の塊の中、耳の下で切りそろえたソバージュヘアーを冬の名残の少し強い風に靡かせて、大きな瞳を慎重にスライドさせる可愛らしい少年がひとり。 「1380、1380、1380…」  己の運命を決定する番号を口ずさんでいた。  ここは某大学の図書館。中央に並べられた机では、調べものや課題のために蔵書を漁る学生が大勢いる。  石井態も例に漏れず、レポート用紙に向かっていた。しかし、他の学生と違うことには、彼は明らかに挙動不審だった。  レポート用紙に向かいながらも、注意散漫な男、石井態。その行動は、レポートに向かう→頭をかく→貧乏揺すりをする→時計を見る→レポートに向かう。プラス各動作の合間にケータイをちら見。 「なあ、石井のやつどうかしたのか?」  会い向かいの席で課題に取り組む友人坂本優斗が同じく隣で神経質な文字を書き連ねる坂本圭斗を肘で小突いた。彼らはいとこ同士である。 「ああ、なんか家庭教師してた子の合格発表が今日なんだと。」 「へえ、中学生か。」  会話の間にも態の挙動不審な行動は続いている。 「おもしろいな。」 「そうだなあ。」  そんな会話をしている二人は、実はもうレポート制作に飽き飽きしているくちである。だから、 「きた!」  友人に届いた報告をのぞき込むのは当然のこと。良かろうと悪かろうと、今はただ刺激が欲しいのだ。しかし、どうしたどうしたとのぞいたメールには喜ばしい知らせが。  受かった!! 「いよっしゃー!!」  思わず声を上げてしまった態に勉学に勤しむ学生達の非難の目が集中するが、  今から会いたい、今すぐ会いたい!  大学まで行くからどこにいるか教えて!  続いて目に飛び込んできた文章に声を上げずにはいられない。 「今から来ると!」 「門のとこにしろよ、門とこ!」 「ごほん。」  司書先生の咳払いに追い立てられて、急いでもそんなにすぐには待ち人が来ないと知りながら、門まで走る大の大人が三人。  少なくとも内一人の、この一時的なハイテンションは数日は持ちそうな勢いだ。  コットンレースの白いワンピースの裾を翻し、笑顔で走るその子の名前は石松成人。高校受験と言う名の戦争に見事勝利した正真正銘の男の子。走りにくいパンプスもなんのその。走って、走って、向かう先は大好きな彼のもと。 「熊っ!!」 「ナル!」  成人は走った勢いのまま態に突進した。それを熊は頼もしくも受け止める。 「合格おめでとう。」 「ありがとう!」  そう言った成人は咲くためだけに生まれた花のように微笑んだ。 「大好き!!」  言われた瞬間態は唇に柔らかなものが触れたのを感じた。 「は、犯罪だぁ!!」  友人のどちらかの叫び声が木霊した。  風で揺れる木々の声が少年を祝福する。  風にさらわれた桜色の蕾が幸せな恋人達の周りをくるくる回る。  見つめあう二人の瞳には、明るい未来が写っている。二人の恋はまだ始まったばかり。


中学生 編 <完>