恋愛ゲーム 高校生 編


 

セーラー

 入学式に華が無い。温暖化の影響か、早咲きの桜はすでに散り、葉桜ばかり。それもある、しかしそれだけではなく決定的に欠けている。女子がいないのだ。それものその筈、ここ都立車百合高校は男子高。辺り一面ムサイ男ばかり。かと思いきや、 「ねえ、君可愛いね。」  振り向けばそこに可憐な人が。可愛いと言った彼が可愛い。花のような彼は、新入生石松成人に作為的な頬笑みを向けた。 ******  最寄駅から徒歩十分。いまどき珍しい木造二階建てのおんぼろアパート。トイレとバスルームは別箇だが、とても狭い。痛んだ畳の上に畳状の敷物を敷き、その上にカーペットそして炬燵。六畳の部屋は家具に囲まれてそれ以上に狭く感じる。 「やっぱ、制服はセーラーだって。」 「ブレザーだって。」  そんな狭い部屋に大の男が集まって制服談義とはいかがなものか。 「おい、なんで俺の部屋に集まってんだよ。」 「だって、今日ナルちゃん来るんだろ?」 「会わせてくれよ。」  家主石井態の嫌そうな声に坂本優斗と坂本圭斗とが媚を売る。しかし、はっきり言って 「ムサイ。」  自身の男臭さを棚に上げることになるが、彼にはその権利がある。だってここは態の部屋。 「いーじゃん。けち。」 「お前が一番ムサイなりしてるくせに。」  それに答える二人は遠慮が無いうえに失礼だ。  諦めてため息をつく態を尻目に制服談義を続けるセーラー派の優斗とブレザー派の圭斗。 「セーラーはさ、夏は白に紺のラインとリボンで、背伸びをすると腹チラするくらいのショート丈で、スカートは紺のミニで白のハイソにブランドもののスニーカー。冬は紺地にオレンジのラインとリボンで、丈は夏よりも長め、好みの色の厚めのカーディガンを羽織っておしゃれして、ミニスカートに黒の二―ハイがベストでしょ!あ、どっちもパンツは白で!」 「ブレザーは、丸襟シャツに黒のリボンタイ。夏はスカートにインして、腰の細さが見えるのがいい。冬はシャツにベスト、カーディガン、ブレザーを重ね着して。下は、夏は黒ハイソ冬は黒タイツ、どっちもスカートは膝丈、足元はローファーのお嬢様スタイルだ!」  途中から立ち上がって身振り手振りで趣向を主張し合っていた二人は、他人事を決め込んでいる態を同時に振り返り、 『石井はナルちゃんにどっち着てほしい!?』  こんなことを聞く。 「…だから、ナルは男なんだって。」 「知ってるよ。」 「だからなに。」 「だからなにって…。」  二人の返しに呆気にとられる態と、さらに詰め寄る二人。 『石井はナルちゃんに着てほしくないのか。』  そりゃ、着てほしいが。 『どっち!?』  二人の剣幕に仕方なく答える。 「…セーラー。」  優斗が雄叫びを上げた。  カンカンカンッ  木造アパートのアルミの外階段は、鉄錆の渋いオレンジと落ち葉の若草色のコントラストがちょっとおしゃれ。毎日人に踏まれた真ん中部分が凹んで変形したそれは、一段上がるごとに軽やかに鳴った。  石松成人は今日から高校一年生。鼻歌交じりに態の部屋へと向かう彼は、中学校時と変わり映えしない、黒い学生服を着ている――はず。  ピンポーン 「はいは……!?」  ドアフォンを鳴らせばすぐにお目当ての彼が戸を開けてくれる。固まる彼にセーラー美少年は片手を軽く挙げて可憐に微笑んだ。 「ヘロー、熊。どうこれ、似合う?」  「セーラーだっ!」  叫ぶ優斗の前にはセーラー服の成人。  グレーの生地に赤のラインと赤のスカーフ。ミニスカートに黒の二―ハイ、足元はローファー。薄ピンクのカーデガンを羽織ったその姿は、優斗の理想とは少し違うものの、成人によく似合っていた。 「車百合高校って男子校じゃない。で、潤いが欲しいって言うわけで、一年の中から良さそうな子を見つけて女装させちゃうってわけ。」  そう、入学式後に声をかけてきた可憐な人は前年度の女役だったのだ。  嬉しそうに語る成人。態に正体が知れた今、彼に女装する理由はない。しかし、はまってしまったのだ。女装して着飾ることに。そんな彼が堂々と女装ができるのだ、それは嬉しい。そんな彼に圭斗の素朴な疑問。 「公立なのに?」 「公立なのに。」  世も末だ。まあ、私立なら良いと言う訳でもないのだが…  そして今度は優斗の素朴な疑問。 「それってボランティア?」 「ううん。体育着とか上履きとか学校指定の物はみんなタダで貰えるし、一年分の食券が貰えたりするよ。」 「ふーん。」 「本当は登下校時は学ランで良いんだけど、ね。」  成人は言葉を切って裾を持ち上げくるりと回る。 「こっちのが可愛いでしょ?」  にこりと笑う成人は正に花のよう。 「うん可愛い。」 「可愛い。」  制服よりも成人が。 「それよりさ」  誉められて上機嫌の成人の足元にしゃがみ込んだ優斗。 「スカートの襞数えていい?」 「なんでだよ。」  友人の奇行に態が突っ込みを入れると、 「じゃあ、俺はニーソに手入れていい?」 「なんでだよ!」  圭斗までが成人の太股に手をかけようとしたので今度は叫んだ。 「僕のスカートとニーソは高いよ?」 「ずりぃぞ圭斗、そんなん、俺スカートに潜るし。」  成人の静止すら聞かない。  悪乗りを続ける二人についに手を上げると、へらへらと笑って避けられてしまった。  そして笑ったついでに腰を上げる二人。 「冗談だって。まあ良いや、俺たちもう帰るわ。」 「もうか?」  時計を見ればまだ午後の三時。帰るにはまだ早すぎるくらいの時間だ。優斗は引き止めようとする態をひらひらと片手を振って静止した。 「ナルちゃんにも会えたしね。後は二人でよろしくやれば~?」 「おい。」  睨む態に笑いで答えて優斗と圭斗は本当に帰ってしまった。  騒がしい二人が出ていくと部屋は途端に静かになった。  成人がスッと近づいてきて態の足の間に割って入る。こんな風に甘えてくるのは珍しいことじゃないのに、変に心臓が高鳴った。バカ二人が変なことを言うから、セーラー服の成人を嫌に意識してしまう。態の体に対して横向きに座った彼は体を捻らせて頬を肩口に摺り寄せてくる。態の胸に手を当てた成人にこの鼓動は確実に伝わっているはずだ。  身じろぐ熊を成人は上目づかいに見つめてくる。絶対に確信犯だ。 「熊、熊ならスカートの襞を数えても、ニーソに手を入れても、スカートに潜っても良いんだよ?」  耳まで赤くして固まる態に、態度を一変させてけらけらと笑う成人。態はそんな彼の生意気な口をその口でもって塞いでやった。  二人の邪魔はできないよなー   by 優斗、圭斗





 

お買い物

 窓の外は申し訳程度の植木の緑、その向こうはごちゃごちゃと狭い癖に人通りの多い商店街。駅前のバーガーショップでセーラー服の美少年と学生服の可愛い系男子がそろってシェイクを啜って頬を緩めていた。 「ふわぁ、バニラシェイクさいこー。で、山瀬先輩。話ってなんですか?」  グレーのセーラー服の石松成人がそう切り出すと、学生服の山瀬千尋はシェイクをテーブルに置き、改まった表情で口を開いた。 「えーと、ね。恋人に、俺が女役してたのがばれちゃって、それで、怒らせちゃって…」  二人の通う車百合高校には、特殊な制度がある。男子校での生活に潤いを与えるため、見目の良い新入生から女役を一人選び、女性との格好で過ごしてもらうというものだ。そして、今年度の女役が成人、そして前年度の女役がこの千尋であった。  千尋は恐る恐るといった様子で薄く小さな唇から言葉を選んで話し出す。成人と違い、女役をすることに抵抗があった千尋は、恋人に言うことができなかったのだろう。 「恋人って男ですか?」 「ふえ、ぇそれは…」  聞けば彼は泣きそうな顔で俯いてしまった。いつも甘やかされる側の成人でさえ、庇護欲をかきたてられる小動物のごとき愛らしさである。 「安心してください。僕も彼氏いるんで。」 「ナルちゃん…」  そう成人が微笑めば、安心したのか、千尋は瞳を潤ませて、見つめてくる。上目使いで見つめてくるので、細い目がいつもより開いて見えて、常からの可愛さに輪をかけている。 「それで、怒らせて、どうなったんですか?」 「大丈夫だったよ。それは解決したんだ、バレたのもずいぶん前の話だし。その…、女装した僕とデートする事を条件に…」 「ほう。」 「だって、あいつ今度誕生日だし、怒ると迫力あるし…良いよって言っちゃって……」  もじもじと頬を染める千尋。これが計算でないと言うのだから恐れ入る。本人はこれで男らしいつもりなのだ。 「デートすれば良いじゃないですか。」 「うん。それはするけど、俺、女物の服なんて持ってないから、その…ナルちゃんに買い物に付き合って欲しくて…」  どうかな?と伺う様子は某コマーシャルのチワワの様だ。こんなの断れるわけがないじゃないか。 「良いですよ。丁度僕も欲しいものがあったんで。」 「ほんと!?ありがとう助かるよ!」  指を組んでくちゃっと微笑んだ。笑うと、細いたれ目が強調されて、より優しげな印象になる。そんな風に花を飛ばされたら、こちらまで嬉しくなった。 「今度の土日どっちが都合良いですか?僕はどっちでも大丈夫です。」 「土曜日は午前中空手の稽古だから、日曜日のほうが丸一日つかえて良いかな。」  こんな可愛い子が空手?と思うだろうか。実は、女役は身を守る術を持っていないと色々危ないのである。一応、親衛隊が守ってくれるようになっているのだが、その手が届かないこともある。そう言う訳で彼は高校に入ってから空手を始めたのだ。 「じゃあ、それで。」 「うん。ありがとう!じゃあ、日曜日に駅前の宝くじ売り場で良いかな。」 「はい。」  予定の決まった二人はにこにこと花を飛ばしあった。 ******  「おはようございます!」 「おはようナルちゃん。」  日曜日、秋の空は高く、澄んでいる。晴れていても風は涼やか。  薄手の生地をたっぷり使った黒のワンピースに、黒のエナメルの靴と白のボレロ、赤のエナメルバッグをあわせた少年が、紺の四角襟、白ライン、赤いスカーフのセーラー服にブリーツたっぷりの紺のスカート、白いハイソに黒のローファーを履いて、黒の通学鞄を持った少年に駆け寄った。 「ナルナル今日は大人っぽいね。エレガントだね。」 「千尋先輩も可愛いです!それ、去年のですか?」 「うん。女物の服階に行くなら女の子の恰好した方が良いと思って。ナルちゃんのみたいにあか抜けてないんだけどね。」 「スタンダードなのも良いと思いますよ。痒いところに手が届く的な。」 「なにそれー。」  手を取り合って、にこにこお互いを褒め合う二人は本物の少女にしか見えない。  道行く人も何も疑わずにその横を微笑ましく思いながら、あるいはその可憐さに羨望を覚えながら通り過ぎるだけだった。  「先輩、これなんてどうですか?」  そう言って成人が胸の前で掲げたのは白のたっぷりレースのミニスカートだ。裏地の他にも、内側に何枚も生地を使っていて、それひとつでふわっと広がっている。  それを見た千尋はうーんと細いツリ眉を気持ち下げた。 「ちょっと、可愛すぎない?ナルちゃんみたいにフランス人形みたいな顔だったら良いけど、僕、どっちかって言ったら日本人形って感じだし。」 「えぇ?そうですか?」 「うん。と言うかこの店自体俺には合わないっていうか…」  そう言って、千尋は、店を見渡す。服から小物まで売っているものすべてふわふわキラキラだ。 「化粧しだいでどうにでもなると思うんですけどねぇ。でも、本人が気に入った服の方が良いですよね。移動しますか。」  「ところで、彼氏さんは、どういう系が好きなんですか?」 「んー。前に好きな女の子の水着は?って聞いたら、ピンクのビキニって言ってたからポップな感じが好きなのかな。」 「それ、先輩に着てもらうなら、って話だったら変態ですね。」 「あはは、そんなわけ……ない…よなぁ?」  冗談で言ったのに、千尋が固まってしまった。相手の人どんなだよ。 「まあ、それは置いておいて。あっちですね。」  気を取り直して、大手ショッピングモール内を移動して、やって来たのは先ほどのシックでフェミニンな内装と打って変わってカラフルな店。 「この店もお気に入りなんですよ。」 「おお、ポップだね。」 「そうでしょー。これなんて可愛くないですか?」  早速物色を始めた成人は、白地に黒の水玉のタンクトップとセットになった大きな猫のイラストのサーモンピンクのだぼっとした襟広のカットソーを薦める。 「猫だ!」  千尋は目をきらきらさせて飛びついた。猫好きらしい。 「あ、ボーダーもありますね。」 「はわぁぁ」  柄違いも差し出せば、そっちの方が気に入ったのだろう。胸に抱いて、感極まった声を上げた。 「これとさっきのスカート合わせたら可愛いですよ!これなら、きっと先輩に似合います!」 「そ、そうかな?」  お気に入りが見つかって嬉しい千尋は、にこにこご機嫌だ。 「あ!」  成人が突然声を上げた。 「え、今度は何?」 「あ、すみません僕のお目当てです。」  そういって見せたのは水色地にテディベアのイラストが散りばめられたレースのフリル付きスカート。 「熊…」 「はいテディベア柄のスカート探してたんです!プリーツも多くていい感じです。でも、ちょっとボリュームが無いかな。この前買ったパニエを履けばなんとか…」  ぶつぶつ言っている成人と千尋は、会計を済ませて、前の店に戻りスカートを買った。 「服完了!次はアクセサリーも見ましょうか。」  壁にはイヤリングやピアス、ネックレス、チョーカーが、それに沿うように置かれた棚には指輪やブローチなどのアクセサリーが陳列され、中央には、ヘアゴムやカチューシャ、いろんな形の髪留めなど、ヘアアクセサリーがタワーのように盛られている。 「こんなに色々あるんだ。これなんてどうやって使うのか分からないよ。」  バナナクリップを持って千尋が言う。この様子じゃほとんどの髪留めの用途が分からないだろう。 「先輩は髪が短いですから必要無いですね。それよりこっち。」  成人は千尋を壁側に向かわせた。 「はい!先輩はどんなのが好きですか?」 「さっきの服と合わせるんだよね。」 「はい。大きめの方が良いかもですね。」 「うーん。」  唸る千尋の隣で、成人も楽しそうに商品を見ていく。 「あ、これ可愛い。」  弾んだ声で彼が手に取ったのはペンダントトップが小さなテディベアの形をしたシルバーのネックレス。 「また熊だ。あ、これなんてどうかな?」  千尋が見つけたのは、ペンダントトップがブラスチックの大きな猫のネックレス。 「服の柄も猫なのに猫のネックレスしちゃうんですか?」 「ダメかな?」 「ダメじゃないですけど…、あ、これはどうですか。」  そういって成人が見つけたのは、魚の骨の形をした黒いプラスチックのネックレス。 「なにこれ、可愛いー。魚の骨?」 「こっちのバールもどきと一緒に。」 「二重にかけるの!?なんか上級者って感じだね!」  二つを首にかけられて、千尋は興奮気味に言った。 「あ、こっちの髪留めそれとお揃いみたいですよ。」 「ほんとだ。」  ネックレスをかけたまま寄ってきた千尋の髪に色違いのそれを当てて、首をひねる。 「両方付けちゃうとちょっとヤリ過ぎかもですね。それならこっちの方が良いかも。」  髪留めを置いて、白い水玉模様の赤い太めのカチューシャを千尋の細い髪に埋めた。 「カチューシャ?こんなに太いのもあるんだね。」 「先輩は細いのより太いののほうが似合いますね。」 「ナルちゃんはどっちも似合うね。はい、キラキラー。」  千尋はお返しに、とダイアモンドビーズを編み込んだ細めのカチューシャを成人の細かく波打つ髪に埋める。 「えへへ。ありがとうございます!あ、でも細いのでもこういうワンポイントある奴だと先輩にあいますね。」  成人は、先ほどの赤いカチューシャを千尋の頭から外して、今度はリボンのワンポイントの付いたオレンジのそれを乗せた。 「おお。それならいっそ髪縛っちゃう?」  リボンのワンポイントを指して千尋が言う。 「良いですね、でっかい水玉のリボン付けません?オレンジの。」  そういって二人はリボン売り場に移動した。





 

お買い物をストーキング

「はぁ、疲れた。」 「女の子の買い物って時間かかるんだね。」  モール内のドトォルでミラノセットとカプチーノをお揃いで頼んだ少年二人はほっと息を吐いた。 「下着はどうします?」  黒いワンピースの石松成人が流し目で尋ねれば、セーラー服姿の山瀬千尋が引き気味に答える。  美少女にしか見えない二人は女装してはいるが、れっきとした男子である。 「え、それは要らない。…ナルちゃん、まさか。」  そう言う千尋は、最後の方は疑いの眼差しを向けている。 「僕もそこまで完璧主義ではないようで。」  対する成人はそれをアハハと笑い飛ばした。 「もう。ナルちゃんは小悪魔だなぁ。」 「苺柄のボクサーです。」  続いてエッヘンと胸を張って得意げに言うのだから、 「く、ぷぷっ。可愛いな、もう。」  千尋は笑い出した。ここが家や学校だったらもっと大声を出しているところだ。しかし、そうやって口元を押さえて笑う彼はまぁ可愛い。 「鞄とか靴は持ってるんですか?」 「持ってない。」 「じゃあ次は、鞄ですね。」 ******  成人と千尋が買い物に来たその日、坂本優斗と坂本圭斗の似非兄弟は、奇しくも同じショッピングモールに遊びに来ていた。先の二人と違って目的はショッピングではなく、ローマ人が現代日本にタイムスリップする映画である。だから、二組がバッティングする確率は低いはずだった。しかし、 「優斗、あれ。」  圭斗の指す方向には見慣れたソバージュヘアの少年がいた。 「お、ナルナルじゃん。と、一緒に居る奴誰だ?」  ガラスの壁の向こうのドトォルで、彼と向かい合っているのは、可愛らしいセーラー服の少女だ。セーラー派の優斗にとってご馳走である。 「優斗。」  ちょんちょんと圭斗に肩を叩かれて、また、彼の指す方を見る。そこには、店舗の宣伝のマネキンの影から二人を覗き見る男がいた。 「え、何あいつ。――て、おい圭斗!?」  言っている間に圭斗が男の元に行ってしまっている。 「ちょっと君。」 「うふぇいっ!?」  男の肩を叩くと奇声をあげて振り向いた。成人と同じくらいの年齢に見える。意外とハンサムな顔立ちの青年だ。 「何してるの?」 「あ、いや別に僕は怪しいものじゃなくてですね!ただ恋人と友達が二人でデ・デ・デ・デ」  続けて問えば、あわあわと両手を振って、話し出す彼。悪い人では無さそうだ、と思ったら、 「え、ちょっと!?」  彼の様子にこちらの方が慌ててしまう。 「デートぉ…っ」  大の男が、その黒い瞳を潤ませてしまったのだから。 ******  「ここ雑貨屋さんじゃない?」  二人がやって来たのは先に選んだ服のイメージと同じ、ポップな雑貨屋さんだ。 「鞄屋さんの鞄は高いんですよね。それに服屋とか雑貨屋の方が意外と可愛いのがあったりする…」  早速成人は奥に掛った鞄を一通り見る。 「でもここはあんまりですね。」 「ヒットなし?」 「あ、でも靴下は可愛いの在りますよ。」  鞄コーナーの隣は靴下コーナーだ。 「カラフルだね。」 「ですね。服が結構にぎやかになってきたんで、地味めでも良いですね。こっちの黒レースのハイソックスらへんで良いんじゃないですかね。」 「おー。」 「で、僕はこれ。白レース、色違いです。」  二つを並べてきゃきゃっとはしゃぐと、二人はそれを持ってレジに向かった。 「ああ!」 「え、なに?」  レジに着くなり、成人が声を上げた。 「こういうの探してたんですよ!」  レジ横に置かれた指輪を嵌めながら彼が言う。 「熊だ。」 「はい!テディベアモチーフの指輪です。」  ベアはキラキラ光る石を全体に埋め込まれていて、その色はさまざまだ。 「キラキラだね。」 「はい。どの色が良いかな。カラフルなのが良いかな。」  成人はその大きな瞳を指輪と同じにキラキラさせて一際目立つ七色のベアを選び出した。  次に入ったのは、先ほどの店とは毛色の違う落ち着いた雰囲気の雑貨屋だ。 「この雑貨屋さんも好きなんですよね。」 「なんか、森ガールって感じだね。」 「ガーリーです。」  また二人は早速鞄コーナーに足を向ける。 「あ、この鞄どうかな。生地が良い感じなんだけど。」  千尋がその中の一つを手に取った。 「可愛い!郵便屋さんの鞄って感じですね。」 「色違いもあるよ。」  成人がそういえば、千尋は嬉しそうにキャメルのそれをもう一方の手で取った。 「うーん。僕は赤い方が好きかな。郵便屋さんって感じで。」 「うん。僕もこっちの方が好きかな。」  郵便屋風の赤いバックをお買い上げ。  「ナルナル何見てるの?」 「んー?ぬいぐるみの付いたスニーカー無いかなぁと。」  今度二人がやって来たのは靴屋である。成人はオシャレスニーカーの棚を見ながら言った。 「そんなのあるの?」 「やっぱりヤフオクで落とすしかないか。」 「あるんだ…」  千尋は呆れているのか、関しているのか、気の抜けた声を出す。しかし、想像してみれば…ぬいぐるみ付きスニーカーを履いた成人、うん、似合う。需要はあるようだ。 「先輩は良いの在りました?」  成人が振り向けば、彼はすでに一組のパンプスを手にしていた。 「これ面白いなって。」  彼の言うこれとは、高さがあるのに、つま先から踵に高低差の無い靴底を指しているのだろう。 「ああ、この形最近よく見るんですよね。流行ってるのかな?鞄と同じような生地だし、可愛いと思いますよ。白で良いんですか?」 「うん。他にもキャメルとかベージュとかあったけど。」  言いながら移動する彼についていき、別の色も見る。 「あの服に合わせるには地味ですね。僕も白が良いと思います。」 ******  「完全にデートだ。」 「デートだな。」 「そんなぁ…っ」  千尋の恋人で成人のクラスメートだという不審者改め王司遊馬と優斗と圭斗は、二人を尾行していた。 「ナルナル、いつまでも手を出してこない態に焦れてついに新しい子に手を出しちゃったんだね。」 「しかも、男臭い態とはタイプが正反対ときたもんだ。」  優斗が言えば圭斗がのる。 「でもでも、ナルちゃんはそうでも、千尋さんは、欲求不満なんかじゃないですよぉ!」 「本当か?胸に手を当ててよーく考えて見ろよ。」  似非兄弟は冗談半分だが、遊馬は本気である。圭斗に言われた通り、胸に手を当てて神妙に考え込む彼。それを努力して真面目な顔で見守る二人。 「…そういえば、」 「そういえば?」 「…もしかして、」 「もしかして?」 「いつも受ける側だから責める方にまわりたかったとか…?」  こわごわ彼がそれを口にすれば、大学生二人は盛大に悪乗りする。 「はい、それだ!」 「残念でした!」  と、指を差されれば、 「うわぁぁぁあああ」  哀れな少年は頭を抱えて崩れ落ちた。  『おまけ』  デート!?デートなの?俺ってば浮気されちゃったのぉ!?事件から2週間後の日曜日。遊馬は駅前の宝くじ売り場で恋人を待っていた。  この日は遊馬の誕生日である。  ――ああ、二週間前までは今日のデートが待ち遠しくて仕方なかったのに。  あの日から、千尋との仲がギクシャクしている。成人とのことを聞きたいのに、聞けない。彼の口から聞くのが怖い。それに、向こうもずっと落ち着かない様子だし、(千尋は洋服を買って、デートの日が近づいていることにどきどきしていたのだが、そんなことは遊馬は知らない)もしかしてあれが初デートだったなかな… 「千尋さん…」  どうしよう。今日のデートの終わりに、遊馬と遊ぶよりナルちゃんと遊ぶ方が楽しいや。とか言われたら?別れよう、とかいわれたらぁ!?  ヤダヤダヤダ!そんなの絶対許さない!千尋さんはどうあったって俺のものだもの!誰にも渡しませんもん! 「許さない許さない許さない許さない許さない許さない」 「…遊馬?」 「――っ、千尋さん!」  戸惑い気味にかけられた声に反射的に振り向く。そこには大好きなその子が立っていた。しかもその服装は、先日成人と買っていたものと同じ。 「あ、のさ…これ、あの、俺、女の服とか分かんなくて、ナルちゃんと選んだけど……どうかな?」  不安げに見上げてくる彼に、すべてを理解した。 「か、か、か、」  どきまぎしている彼の肩を掴んで馬鹿みたいに口をパクパクする。感極まって言葉が出ない。 「可愛いです!可愛いです、世界一可愛いですぅ!!大好きです千尋さんっ!!」  がばっと効果音が付く勢いで抱きついて、愛を叫んだ。 「え、ちょ、ばか!放せ!」 「放しません!ずっと一緒です!俺の千尋さん!!――っ痛い!」 「うるさいっ!」  叩かれて引きはがされた。でも、反省しない。だって、うるさいと言った彼の真っ赤な顔が可愛くて可愛くて仕方ないから。  遊馬は緩んだ表情のまま、ずんずん先を行ってしまう千尋を追いかけた。





 

テディベアの日

「態!大変だ!ナルちゃんが男とデートしてたぞ!」  朝から挨拶も無しに重大事項を叫びつつ部屋に転がり込んできたのは、雑誌から出てきたみたいな可愛い系メンズファッションに身を包んだ坂本優斗。 「お前の犯罪もここまでだ!」  びしっと態に指を突き付けて、ポーズをとって優斗の後ろに立つ坂本圭斗は、優斗のセンスに引きずられることなく、相変わらず何の変哲もないTシャツジーパン姿だ。 「すごくかわいい子だったぞ!」 「お前の犯罪もここまでだ!大事なことなので二度言いました!」 「は?」  いきなり部屋に飛び込んできて捲し立てる、似非兄弟。大変礼儀がなっていないが、家主はもうしょうがないと諦めている。 「犯罪じゃねぇよ!手は出してないからな!」  どう反応をして良いのか分からなかったので、とりあえず否定すべきところを否定した。 「それがいけない!」  さっさと上り込んだ圭斗が言った。優斗は、ゴテゴテした靴を脱ぐのに手間取っているらしい。 「ナルちゃんだってあんなに可愛いけど、一応年頃の男の子なんだぞ!」  と圭斗。 「性欲あるんだぞ!」  と優斗。 「何もしてくれない恋人を見限って、知らないところであーんなことや、こーんなことをしているのかもしれない!」  と、彼は続けた。それを、お前が言うのかと、圭斗が見ている。 「圭斗は勝手にすればいいよ!」 「しねぇよ。」  圭斗は優斗の頭をわしゃわしゃかき混ぜた。 「…あいつに二股かけてる時間的余裕はないんじゃないのか?」  放課後とか休みの日とか俺の部屋に入り浸ってるぞ。 『セフレかもしれない!』  悪友は声を合わせた。 ******  公立高校の校則は、偏差値が上がるごとに緩くなっていくものだと思う。生徒の自主性を重んじるというか、多少羽目を外しても決定的なところでは良い子でいるだろうと、信用されているというか。  ちなみに俺、王司遊馬の通う男子高校はそれなりに偏差値が高い。軽く髪を染めたり、パーマをかけたり、制服を着崩したりしても、服装検査がある日以外は基本的に見逃してくれる。  だから俺も、少しくらい奇抜な格好をしている人がいても気にしないのだが… 「…ナルナル、今日はいつにもまして…」  登校してきたクラスメイトの格好の奇抜さにはとっさに言葉が出てこなかった。  学校の潤い、今年の女役の石松成人だ。強制されたわけでもないのに律儀に登下校時にもセラー服を着てくる彼。それはいつものこと。  今日はそれにプラスして、派手なジャンパーを着ている。赤チェックや木材など、種類の違う前ボタンの隣に小さな飾りボタンがついた、もふもふの熊耳フード付きの、袖の先には指を入れる袋とその先にはプラスチックの爪が五本生えた個性的なデザインだ。  背負っている鞄も、外国のお菓子のバッケージのようなボップな柄のナップザックで、テディベアの頭の形の蓋と、手足がついている。おまけにスニーカーにも甲の上のところにも熊の頭がついていた。 「かわいいでしょ?今日はテディーベアの日だからね!」  そういってプリーツスカートの裾を摘み、くるっと回る成人。中指にはテディーベアをモチーフにした指輪がはめられていた。 「テディベアの日?」 「今日、十月二七日はテディーベアの名前の由来、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの誕生日だよ。知らないの?」  上着を脱ぐと、胸元にはさらに、ペンダントトップが小さなテディベアの形をしたシルバーのネックレスがかかっている。 「知らなかった。」 「そして、放課後にはこれに着替えます。」  ナップザックから取り出したのはテディーベア柄の水色のプリーツスカートとパニエ。 「そして熊に会いにいきます!」  その格好で動物園?  成人は他のクラスメートに今日の格好を見せびらかしに行ってしまい、遊馬の疑問が彼に届くことは無かった。  部屋に帰ると、成人はまだ来ていなかった。カーテンを開けて光を取り込み、鞄を下ろす。朝からあんな話を聞いて、講義に身が入るはずもなく、態はずっと成人のことを考えていた。 「態が成人に手を出さないから、他の男にとられちゃうんだよ。」  そんなことを言われたって、態だって、我慢しているのだ。本当は成人にもっと、触れたい。しかし、彼はまだ十五歳だ。二十歳の男が手を出して良い存在ではない。二人だって、犯罪だと言っていたじゃないか。  ピンポーンと、レトロなチャイムが鳴った。  急いで玄関を開けると、熊だらけの服装をした成人が目に飛び込んできた。 「ハッピー、テディベアデェイ!」  「ああ、それは先輩がデートに着ていく服を選んでただけだよ。しかもそれ、一か月も前の話だし。」 「はぁ!?」  山瀬千尋と、成人が一緒に服を買いに行ったのは、一か月以上前のことであり、似非兄弟は当然事情を知っている。結果の分からないあおりをして、場をかき回そうだとか、人を不安にさせようだとか、似非兄弟は考えない。悪いようには絶対にならない事柄を良い感じにかき回して遊ぶのが彼ら流だ。まあ、つまりは態は彼らに踊らされていたと。 「あいつら~っ」 「でも、欲求不満ではあるよ。」  打ち震える態の前で、成人は自分の体を抱いた。 「この服、その時に買ったんだけどね。全身を熊に覆われてるでしょ?だから、態に包まれてるみたいな気がして、どきどきしてる。」  言って、彼は態にすり寄った。 「でも、やっぱり、態が目の前にいるなら、態が欲しいよ。」  態は、その体を抱きしめる。 「態、大好き。」  普段は呼ばれない本当の名前を呼ばれて、どきどきした。腕の中の熱と重さが愛おしい。 「ねえ、態。不安ならさ、キスしてよ。」  成人はそう言って、小悪魔よろしく、その肉厚で美味しそうな唇に指を当てた。指が添えられた部分が、ぷにっと、潰されて、柔らかさを強調している。 「いつものじゃなくて、さ。」 「後悔するなよ?」 「今更――っン…っ。」  誘う唇を早速塞いだ。初めての濃い口づけは、とろけるほどに甘い。熱と、吐息と、唾液と、感触。すべてを味わい尽くすころには、慣れない彼は少し泣いていた。  「へぇ、で、大人のキスをしたと。」 「犯罪じゃね?」  自分たちがけしかけたくせに、似非兄弟は、そんなことを言ってからかってきた。 「キスは挨拶でも、ディープは挨拶じゃないもんね。」 「このまま最後までしちゃえよ。」  と、思ったらまたけしかけてきた。こいつらは面白がっているだけだろう。 「し・な・い!」  思いどうりになんてなるものかと、態ははっきり否定した。 ******  「ねね、山瀬先輩。もうそろそろ彼氏さん紹介してくださいよ。」  この日も、成人と千尋は、仲良く駅前のバーガーショップで、バニラシェイクを啜っていた。 「あ、えーと…ね。」  成人のお願いに、千尋は、困って、眉をハの字に寄せて首を竦める。 「あー、もう。ほんと、山瀬先輩は可愛いなー。」  ばん!  その時、成人の後ろの通路から、お盆を落とす音が聞こえた。 「千尋さん…っ!また…。やっぱり石松と…」 「付き合ってねぇよ!?」  黒目の大きな目を見開いて、わなわな震える遊馬がそこにいた。彼が言葉言い終わる前に、千尋が否定する。 「ですよねー。」  それに対する返事は軽い。落としたのがお盆だけで、飲み物とポテトを手に持っていることから、最初から冗談だったのだろう。 「お前な…」 「えへへ、すみません~」  呆れる千尋に嬉しそうに、答える遊馬。そんな二人を見て、成人は、 「あれ?もしかして、山瀬さんの相手って…」 「…っ///」  千尋が真っ赤になった。遊馬はだらしのない顔で笑っていた。





 

クリスマスの約束

「なあ、石松って熊ともうヤったの?」  クリスマスイブ、町も店もカップルでいっぱい。そんな中、男四人で集まっているのは非リア充?ある意味リア充?  中学からの仲良しグループ、石松成人、田中雅彦、鈴木真琴、佐藤祐介は雅彦の部屋に集まり、コンビニケーキと冷凍食品を囲んでのミニクリスマスパーティーを開いていた。  成人を除く三人の家は田中家を真ん中にして隣り合っていて、今日は彼の親がいないこともあり、集まりやすいという理由で会場がここになったのだ。  高校で離れても、仲良しグループの縁は切りたくない。そんなこと言っても、誰かが招集しなければ集まらないのも事実。  幼稚園からの腐れ縁三人に、プラス中学からの付き合いが一人。たまにでも、こうして自分を遊びに誘ってくれるのが嬉しい。  プラス一人であるところの石松成人は、グループの中心的存在である田中雅彦に感謝した。  な・の・に 「何、いきなり。」  相変わらず祐介、真琴のバカは健在。  成人は祐介のあまりにあまりにも不躾な質問に目を眇めた。 「いや、男同士って実際どんなかなと思って。」 「…ヤってないよ。」 「付き合って八ヶ月もたつのに?」 「別に遅くなくない?」  冷ややかに返す成人に、今度は真琴が嫌に真面目な顔で言った。 「いや、男女の恋愛ならともかく男同士だぞ。妊娠の心配もないし、何より男の本能を相手も分かっているわけだからすぐに手を出しそうなもんだろ。」 「そう言われると…」 「不安にならないのか?」 「…もしかして、僕の顔だけが好きだとか?」 「体は用なしだとか。」 「男はクソくらえだとか。」 「熊はそんな奴じゃないやい!」  言いたい放題の二人にとっさにそう返したけれど、不安がないわけじゃない。  どうして成人がクリスマスイブを恋人とではなく、友人と過ごしているのか。それは態がバイトだから。イブのバイトは時給がいいんだぞ。それはそうかもしれない。でも、それは恋人と過ごすよりも大切なことなのか。クリスマス当日は会うことになっているけれど、恋人達の日と言えばイブの方なのだ。本当は自分の他に本命がいて、今日はその人と会っているんじゃないだろうか。  そんなわけはない、と思いたい。でも、彼は今だ自分にキス以上のことはしかけてこない。彼には前に彼女がいたし、やっぱり男の僕なんて…  大人しくなってしまった成人に、場違いな明るさでバカ二人が紙袋を差し出した。 「まあまあ、そう落ち込みなさんな。」 「どうせ明日会うんだろう。その時確かめれば良いのさ。」 「さあ、これを着て迫れば良い!」  袋の中にはセクシーサンタ服。 「本当は雅之に着てもらおうと思って用意したんだけど。」 「断られた。」 「誰が着るか。」  相変わらずバカ二人に愛されてますね。そういうことなら貰ってあげよう。  成人は計画の成功をサンタクロースに願った。 ******  肌を刺す空気の冷たさに自然と肩に力が入る。この季節は毎年肩こりとの戦いだ。自転車のハンドルを握る手が痛い。手袋を買う必要があるらしい。  今日は寒い。本当に寒い。地元の群馬とどちらがより寒いだろうか。からっ風に落ち葉が渦を巻いて舞い上がる向こうと、東京のシベリアと呼ばれるこっち。  視界に白いものが混じっていることに気づく。  ――ホワイト・クリスマス  今年の十二月二五日は、天からもプレゼントが届いたようだ。  「メリー・クリスマス!プレゼントは僕!」  家主石井態が玄関の戸を開けると、恋人石松成人がいた。  驚いて固まる態。  別に自分の部屋に成人が居ることに驚いたのではない。先日合鍵を渡し、クリスマスに会う約束をしたのは自分だ。そうではなく、問題は彼の服装。――ミニスカワンピ、セクシーサンタ衣装。  前は首まで布があるが、袖が無く、斜めに切られた布から肩と鎖骨がむき出しになっている。後ろは紐で組んであって、布が脇の下からしかないので肩甲骨と背骨が丸見えだ。  上半身はぴったりとした生地で、体の線をはっきりとみることができる。スカートの裾は股下と膝の中間。赤い生地がひらひらと彼の白い腿に被さって態を挑発した。 「…やっぱり、ダメ?」  固まる態に成人は不安そうに首を傾げる。  こういうの嫌いだったかな、とか、露出しすぎかな、などと考えて、成人は裾を引っ張り俯いた。  態は、そんな成人の仕草に内心ひどく身悶えていた。  露出を抑えようと裾を引っ張り、真っ赤になって俯く。そこから伝わる不安と恥じらいに衝動を抑えることができない。態は成人を抱きしめると、むき出しの肩に頬擦りをした。  成人はすっぽりと態の腕に収まる。彼の温度に包まれて、心が満たされた。肩や背中、普段触れられないところに直に触れられて緊張が高まる。 「熊…っ。」  彼を呼ぶ声が熱を帯びた。態の背に腕をまわし、きゅっと背中の布を握る。  ほら、やっぱり態は僕のことが好きなんだよ。何も心配することなんて無かったんだ。  成人が安心しかけると、突然態が彼を突き放した。  やんわりと優しく、ではない。本当に突き放したのだ。 「材料買ってきたから、今から作るわ。適当に座って待っててくれ。」  そういって台所に消える態。それを茫然と立ち尽くし、見届ける成人。  ――どうして?  やっぱり男の自分ではダメなのか。落ち込みかけて首を振る。まだ、そうと決まった訳じゃない。作戦はまだまだこれからだ!  態が料理を持って帰ってくると、成人が体育座りで待っていた。  捲れ上がり丸見えになった太股、前に揃えた足でぎりぎり見えない下着。ともすれば凝視しそうにな視線を無理やりそれらから外し、態は彼の向かい側に座った。 「なんで炬燵に入ってないんだよ。寒いだろ。」 「だって、この炬燵温度調節するねじが壊れてて、強にしかならないんだもん。ずっと入ってたら熱い。」  態の言葉に平然と答えつつも内心は不満と不安でいっぱいだ。体育座りだって、計算してやっているのに、何の反応もしてくれないなんて。  買ってきたチキンにから揚げ。態の作ったスープとサラダとサンドイッチを食べながら、いつも通りに会話が弾む。しかし、いつも通りなことに不満を感じてしまう。今日は特別な日なのに…。 「後片付けは僕がするから。」  そう言って席を立つ成人。立ってから食器を持つのがポイントだ。  彼の目の高さには僕の太股が来るはず。そう思い態を窺うと、彼は食器を重ねるのを手伝っていて、成人自身には目もくれていなかった。  成人が台所に消えると、態は大きく息を吐いた。  まったく心臓に悪い。こっちがどれだけ、我慢していることか…。  テレビを見ながら待っていると、帰ってきた成人はそのままベットに倒れこむ。 「お腹いっぱいになったら眠くなっちゃった。」  ころんと寝返りをうち、仰向けになった成人が流し目をよこす。  脱力して無防備な四肢が、自分が普段使っている布団に投げ出せれていることに平静を失う。横になると、短いスカートがより短くなって、もはや股下ぎりぎりまでしか布が掛かっていなかった。態は彼から必死で目を逸らした。 「眠いなら、帰った方が良いんじゃないか?送っていく。」  成人を促すが反応が無い。振り返ると、もう一度寝返りを打った成人が布団に顔を埋めていた。  まさかもう寝てしまったのかと思い、起こそうと近づく。よく見れば彼の肩が微かに震えていることに気が付いた。 「…僕、やっぱり、魅力無いのかなぁ?」  絞り出された声は布団に吸収されてくぐもって聞える。 「何を…」 「熊はやっぱり女のこじゃないとダメなの…?」 「そんなことない!」  慌てて成人の体を裏返してこちらを向けさせると、彼はぽろぽろと涙をこぼしながら叫んだ。 「だって、だって、熊、僕に何もしてこないじゃない!今日だって僕、頑張ったのに…っ!」  体を起こす成人。眉間や口元に力を入れて涙を流すまいとするのに、その努力むなしく零れ落ちる大粒の涙。濡れた頬と赤くなった目じりがいじらしい。 「俺だって必死で我慢してんだよ!」  今度は態が成人に想いを伝える番。 「…我慢?」 「…と言うかだな。結婚適齢期にもなってないやつに手ぇ出せるかよ。」 「…それが理由?」  成人の不安を取り除くように精いっぱい優しい声で答える。 「ああ。」 「本命の彼女が居るんじゃなくて?」 「はあ!?」  まさかの返答に思わず成人の肩を強く掴んでしまった。薄い肩が簡単に掴めてしまい、どきりとするが構ってはいられない。 「っ、ご、ごめん。」  びくっと緊張した成人を態は力いっぱい抱きしめた。成人の細い腰がきゅんとしなる。  成人は、あっ、と軽く声をあげて態の二の腕辺りの布をきゅっと握る。態はそんな彼のふわふわの髪の毛を梳きつつ、大きなため息をついた。  まったくどうして、そういう考えにたどり着くのか。 「俺の本命はおまえだろうが。」 「…うん。」  耳まで真っ赤に染めた成人に、もう大丈夫かな、と安心する。  態はポケットからあるものを取り出した。 「で、『プレゼントは僕』に応えることはできないんだが、代わりにこれを受け取ってくれ。」  取り出したのはシルバーの枠の中にピンクのラインが入った、シンプルなでサインの指輪。 「…これ。」 「ペアリングなんだ。」  そう言って取り出したもう一つの指輪。ラインはグレー。どちらの指輪にも裏面に「T・I,N・I」の文字がきざまれている。 「これを買う金を用意するためにイブにもバイトに入ったんだ。…それでお前を不安にさせたらどうしようもないんだけどな。」  自嘲気味に笑う態に、胸がキュンと締めつけられる。恥ずかしさを紛らわせるためにわざわざ可愛くないことを言ってしまった。 「恋人にアクセサリーを送るのって、束縛したいって感情かららしいよ。」 「おまえなぁ。」  いつもの調子に戻った成人にほっとする。やっぱりこいつはこうでなくちゃ。  彼の細くまっすぐな指に指輪を通す。彼が自分のごつく筋張った指に指輪を通す。儀式めいた行為に、鼓動が少し早くなった。 「ありがとう、嬉しい!」  抱きついた成人が、態の顔を覗き込んで笑った。至近距離での破壊力抜群のその笑顔に決意が揺らぐ。 「――っ、やっぱり…、俺!」  しかし成人は彼の腕からするりと抜けだしてしまった。 「じゃあ、僕の一八歳の誕生日には熊を頂戴ね。門限だからもう帰る。」  そう言ってさっさと帰り仕度を済ませる成人。  態はあと二年彼に手が出せない。





 

約束は守るためにあるのだ

 クリスマスに、俺・石井態はナルが一八歳になるまでは手を出さないと約束した。まずは、それから今日までの俺の戦いを記そうと思う。  場面一。  部屋に帰ったら、ナルが眠っていた。スカートが捲れて、パンツが丸見えだった。 「ナル!起きろ!」 「…うんー…。おかえり、くまぁ。」  舌っ足らずな甘えた声に、頭がどうかしそうになる。いまだ目を擦り、夢と現をさまよう彼の鞄の隣の体操着入れを勝手にあさり、ジャージのズボンを投げ渡す。 「皺がよるだろう。」  今日体育で使ったのだろう、体操着からはナルの匂いが色濃く感じられて、動転してしまい、平時よりも大きな声を出してしまった。 「熊、怒ってる?」  不安そうに見つめるナルは、今はパンツこそ見えていないが、それは別に隠そうとしたわけではなく、上体を起こしたら、自然に隠れただけというやつで、股下ぎりぎりまでしか隠れておらず、柔らかそうな白い太股が露わになっている。 「怒ってないから、早く着ろよ。」 「嘘だ、怒ってる。」  そう言って、ナルはとてとてと近づいてくると、胡坐をかいた態の膝の上に、向かい合うように腰を下ろした。態の胴を挟んで、体育座りをする彼の足は、またも惜しげもなくさらされている。 「…くまぁ?」  眉を下げて、首をこてんと首を傾げる姿は、はっきり言ってあざとい。  態はその眩しいまでの足に触れたい衝動を必死に抑えた。    場面二。  ナルが言いつけを守って、シャツまで脱いで、素肌にジャージを着ていた。向かい合わせで勉強していると、屈んだ拍子に開いた襟から乳首が見えそうだった。  無言でファスナーを上まで上げようとするが、途中で引っかかって、上がらない。 「え、なに、なに!?」  ナルの二の腕辺りを掴んで、支えにしようとしたが、驚いたナルが反射的に抵抗して、腕を上げたので、脇の少し下あたりを掴んでしまった。すると、親指にこりっとした感触が。 「あっ」  ナルの上げた短く甘い声に即座に体が反応する。態は、トイレに駆け込むことを余儀なくされた。  場面三。  毎日ジャージを持ってくるのが面倒だというので、俺の服を着ることを許可した。翌日、オレンジ色のパーカーのみを着用したナルが、 「きわどいんピンク!」  と言って、戦隊ヒーローのごとくポーズをとってきた。それはオレンジだ。  ――そして今。またしても俺は試されている。 ******  四月も半ばを過ぎた、外は快晴。  石松成人がいつものように学校から態の家に直行すると玄関の鍵が閉まっていた。しかし、これが普通だ。物騒な世の中、部屋にいるときでも鍵をかけておくのは当たり前。そして、こういう時は、ふつうチャイムを鳴らすわけだが、彼はそうしない。ごそごそと鞄をあさると、だれが見ているわけでもないのに、じゃーん、と効果音付きで合鍵を取り出した。  勝手に部屋に上がると、態がベットを背もたれにして眠っていた。珍しい光景に、おお、感動して思わず鍵を閉めるのを忘れた。  成人は彼を起こさないようにそっと奥の箪笥を開ける。木造の襤褸アパートは日焼けして、そこら中白っ茶けている。つまりは日当たりが良くて暖かい、ということ。汗ばむくらいに。  今日は特に暑いからね。成人は、半そでの白いTシャツを一枚選んで着ると、寝ている態に近寄った。  まずは成人に比べずいぶん太いその首筋に顔を埋め、すんすんと匂いを嗅ぐ。  ――熊の匂いだ。やっぱり、安心する…  そのまま広い胸に抱きついた。  成人と違って、胸板は厚いし、腹筋も割れている。成人は、その厚い胸を撫で、腹筋の割れ目を指でなぞっていく。彼の体がぴくっと緊張した気がして、顔を上げるが、彼の瞼は閉じたままだ。  逞しい肩に頭を預けると、太い二の腕が視界に入る。手首も筋張ってて恰好良いし、手も僕より全然大きい。  体を態から離して、手に集中することにする。大きくて、ごつごつしてて、硬い。色も僕より黒いし、指も太い。成人は手のひらを揉んだり、指を絡めたりと、その手をいじり倒した。  満足して顔を上げると、赤面した態がその顔をもう一方の手で隠していた。  その様子を見た成人も、つられて顔を赤く染める。 「い、いつから…っ!」 「…匂い嗅いでるところから。」 「最初からじゃない!」 「あんなんされて、寝てられるか!」  やっと手をどかして顔を見せた態に、成人は縋りついて講義する。 「すぐ、目開ければいいじゃん!ずるい!」 「何が、ずるいだ。ずっと触っててずるいのはおまえの方だろう!」 「きゃっ」  肩を掴んで揺さぶってくる成人を態が引きはがそうとすると、勢いで成人を押し倒す形になってしまった。 「あ、ごめ」 「…っ、いいよ。…態も、触れば…?」  自分の下で、緊張した声音でそういった彼は、仰向けに寝たせいでシャツの袖がまくれ上がって、噛みつきたくなるような二の腕が露わになっている。  重力に従って、余った布が床に落ちるので、細い腰のラインも丸見えだ。なんでも、カポエラーをやっているとかで、腰にくびれができたらしい。  薄い、生地からは、乳首のピンクが薄ら透けて見えるし、見上げてくるその目は、期待に濡れているようにも見える。  こくりと喉をならし、シャツの下に手を差し込む。成人がギュッと目を瞑って、体を硬くした。  しかしその感触は、滑らかで、産毛がサラサラで、桃を触っているようだ。  態は自分に言い訳をする。これは約束をたがえたわけではない、やられたからやり返しているだけだ。別に尻を触っているわけでも、胸を触っているわけでもない。腹だぞ、腹。 「…ふぅう…っ」  しかし、態が撫でるごとに、成人の体はぴくん、ぴくんと反応して、小さな口からは、耐えかねたように、吐息を漏らす。  ――これはやばいかも…  態が思ったその時、 「おい、石井。鍵もかけないで不用心だ…ぞ…」  玄関を開けた坂本佳斗はノブを持ったままの形で固まってしまう、彼の後ろから部屋を覗き込んだ坂本優斗も一泊動きを止めた。  彼らの視線の先には、仰向けに転がされた成人とそれに馬乗りになる態。しかも成人の目には薄ら涙まで浮かんでいる。 「は、は、犯罪だ―――っ!!!」  叫んですぐにドタドタと床を鳴らして、成人に駆け寄る。 「犯罪だ、犯罪だ、犯罪だ!」 「ナルちゃん泣いて嫌がってるじゃないか!可哀そうに、怖かったね?」 「ち、違うっ、嫌じゃない!熊になら、触られても、揉まれても、舐められても、噛まれても嫌じゃない!」  成人の言葉に今度こそ態の理性の糸が切れた。成人の腕を掴むと、そのおいしそうな二の腕に噛みついた。それは細い癖に、本当にもっちりとしていて柔らかい。あぐあぐと甘噛みして、ちゅうっとすって、その柔らかな肉を口内に引き込むと、その分を舌で嘗め回す。そうして、口全体で揉むように、二の腕の感触を味わった。  ごんごんと頭を叩かれ、髪を引っ張られる。態の奇行に呆気にとられていた坂本似非双子が正気に戻ったらしい。  その衝撃で我に返った態が、成人を離すと、彼は顔から湯気を出して目を回してしまっていた。    やっぱり、そういうことはこの子がもっと大人になるまで待とう、と態は改めて思う。  今はとりあえず、目を覚ました彼のご機嫌を取るために、米を握った。





 

天使二人がじゃれあってたら

1、天使がじゃれ合ってた。  「にゃーん」 「にゃーん」  木造アパートの二階は石井態の家だが、実のところ石井態・石松成人・坂本優斗・坂本圭斗四人のたまり場となっていた。 「猫なの?」 「猫だねー。」  今は小さな部屋に成人と優斗の二人だけ。 「優斗は突然変な声を出すよね。」 「俺犬派。」 「……。」  言動が自由すぎてついていけない。楽しいから良いけど。  前に、態と圭斗に優斗って面白いよね、っと言ったら、「芸術家だから」と言われたことがある。 「ナルナルは可愛いね。」 「優斗も可愛いよ。」 「えへへー」  言いながら優斗はポケットをまさぐり、ボンボン付きのゴムを取り出した。 「元カノの忘れ物―。」 「…うわぁ。」 「返したくもないけど、捨てるのももったいないよね。でも、俺は付けないよねー。」  そう言って勝手に成人の前髪を縛りだした。 「何で返したくないの?」 「会いたくない。」 「……」  すぐにポンパ成人が完成した。 「お揃い。」  そう言ってにこにこ笑う優斗はいつも前髪をゴムで纏めている。前に、「これ、後ろ髪と同じ長さなんだよ。」と、前髪を下ろして「貞子!」と持ちネタを披露してくれた。 「ナルナルの髪の毛は地毛なの?」  優斗は成人の栗色のソバージュヘアを一房摘まんで言った。 「ん、天パだよ。」 「色も?」 「天然の栗色だよ。優斗の髪の毛は天然なの?」  今度は成人が優斗の髪を摘まんでいった。 「俺の髪はストパー。その上毎朝ヘアアイロンで伸ばしてる。黒いのは地毛だけど、毛先に青入れてる。」 「え?こだわり。」 「こだわり?刺さるほどまっすぐな髪の毛。」  そのまま二人で髪を触りあう。  不意に優斗の手が成人の頬を突いた。 「あ、やわい。」  だから成人も突いた。 「あ、硬い。」 「ナルナルー。」 「ゆーとー。」  今度はぎゅぅっと抱きつく。そうしたら、誰かが優斗の襟首を掴んで引き離した。 「はい、そこまで。」 「みゅぅ」  ころんと後ろに手を付いて、後ろの声の主を仰ぎ見る。 「あ、おかえり圭斗。」 「いや、ここ俺の家だから。」  一緒に帰って来た態がツッコミを入れた。 「人肌恋しいなら俺にしろ。」  そう言って圭斗が腕を広げれば、 「しょうがねぇな。お前で我慢してやるよ。」  と可愛くないセリフを吐いて、優斗がその腕の中に収まった。 「ナル。」 「ん?」 「お前は?」 「こっちーっ!」  今度は成人が態に飛びついた。  可愛い子二人がきゃっきゃしてるのは可愛いが、行き過ぎた接触はいただけない。 ****** 2、天使二人に割り込んでみた。  優斗がうつ伏せに寝転んで文庫本を読んでいる。足の裏は無防備だ。 「えい。」  成人が突けば、 「うへい。」  と鳴く。でもこれはくすぐったくて声が出たというよりは、突かれたから言ってみたといった感じだ。 「そわそわそわそわ。」  今度はふくらはぎを撫でてみる。 「ふわふわわっほい。」 「あははっ、何それー。」  これはこれで面白いけど、僕的にはもっと可愛い反応を期待してたんだけどな。 「えい!」  今度は脇腹を思いっきりくすぐってみる。 「…あ、あの…ナルナル…」  また予想していた反応と違う。優斗は首をひねって、戸惑い気味に成人を見上げた。 「くすぐったくないの?」 「えーと…」 「はい、そこまで。」  反応の鈍い優斗に焦れて、これならどうだと、脇の下に手を入れようとしたら、圭斗に止められた。 「優斗にくすぐりは禁止。」 「えー。なんで?くすぐったがって無いよ?」 「大人の事情があるの。」  大人の事情って何さ。と思ったが、立ち上がって裾を整えた優斗が、ほっとした表情をしていたので本当に理由があるようだ。 「なーに、事情って?」 「えーとえ。…俺ね、くすぐられると気持ち良いの。…そういう性癖なの。」 「じゃあ止める。」  成人は大人しく引いた。二重の意味で引いた。 「でもなー。優斗の可愛い声聞きたかったんだけどなー。」 「どんな?」 「ひゃん、とか?」  圭斗に聞かれて答える。すると、圭との口元がにやりと弧を描いた。 「できるぜ。」 「え」 「こうして、」  宣言した圭斗は戸惑いの声を上げる優斗の項から、すっと髪を掻き上げる。 「ふわっ」 「可愛い声。で、こうして、」  次に背骨に沿って指を滑らせる。 「や…っ」  優斗はビクンと背を逸らして息をつめた。 「エロ可愛い声。で、最後に、」 「ひやぁ…っ!」  圭斗の指が骨盤に触れると、声を上げて優斗が崩れ落ちた。 「エロい声。そしてエロい反応。」 「圭斗!」 「はいはい、ごめんごー」  優斗は涙目で睨みつけるが、相手は全く反省しない。 「ぜんぜん心がこもってない!」 「お前、不機嫌になるほど可愛いな。」  優斗は無言で顔を隠した。  天使二人がじゃれあってたら?結論――様子を見る(目の保養)後、引き離す。 ******  成人「さっきの声録音したんだけど。」  圭斗「くれ。着ボイスにする。」  優斗「やめろ!」





 

入れ替わり事件

 坂本優斗の趣味は、廃館寸前の美術館を巡ること、坂本圭斗の趣味は廃工場をめぐることだ。二人は気が向けば二人で、それらの施設を見に行っている。  その日も二人は次に行く施設の相談をしていた。無論、場所は態のアパートだ。 「次は俺の番だよな。群馬にあるここなんて良いと思うんだけど。」  大学推薦のノートパソコンは、毎日持ち歩く優斗の相棒のような存在だ。彼はその画面に開いた施設の画像を指してそう言った。山奥にある、今にも朽ち果てそうな木造の倉庫のようなそれ。画像が載っているのが不思議なほどにすたれている。  わくわくと効果音が付きそうな優斗。しかし、彼のテンションは、次の圭斗のセリフで一気に下がってしまった。 「あ、悪い。今度の日曜課外入った。」 「ええー。」  思わず口を尖らせて抗議すると、後ろから声がかかった。 「なんの話?」 「ああ、ナルナル!」  ファッション誌を閉じて話に入ってきた成人は、パソコンの画面を覗いて、大きな瞳を輝かせた。 「ナルナル、一緒に行かない?」 「うん!」 ******  「たーいー居るかぁ?」 「おー。課外お疲れ。」  日曜日、課外の終わった圭斗は、その足で態のアパートに遊びに来た。 「ほんと、日曜まで学校とか、教授も仕事熱心なことで。」  鞄を置いて肩を回す。二人で炬燵に入ると、狭い部屋がやけに暗く感じた。 「二人が居ないとこう、花が無いな。」  態が言うと、圭斗は大げさに驚いて見せて、手の甲を口元に持っていくと、わなわなと震える声で言った。 「酷いわ。私じゃ物足りないっていうの?気持ちは分かる。」  優斗が居なくともノリは同じだった。 「あれは可愛いって形容詞がしっくりくるからな。」 「ああー、分かる分かる。花が飛んでるよな。」  お花ちゃん二人が居なくて部屋が寂しい。 「二人は今頃山か?」 「いや、もう下りたんじゃないか。」  そういうと、圭斗は何故か、声を潜めた。 「優斗大丈夫かな。」 「何が?」 「あいつ無意識に無理すると言うか自分の限界に気づかないところあるから、疲れたって感じる前にぶっ倒れたりするんだよ。まあ、ナルナルには気を付けてくれって頼んであるけど。」 「どっちが保護者だよ。」 「ナルナル?」  あはは、と笑い飛ばす圭斗は、先ほどの神妙な様子も演技だったようだ。  と、そんな話をしているとアパートの階段を誰かが勢いよく踏み鳴らして上がってきた。  カンカンカンカンカンカンカン!  バン!  上りきった足音の主は、はそのままの勢いでこの部屋の扉を開け放ち二人の名前を叫んだ。 「熊!」 「圭斗!」  熊と言ったのは優斗で、圭斗と言ったのは成人だ。 「入れ替わっちゃった!!」  言われた二人は、咄嗟に反応が出てこなくて、「はぁ」と気の抜けた声を出してしまった。 「だから!入れ替わったの!」  優斗がが必死に言うので、圭斗が宥める。 「まあ、落ち着けって。」  こいつは抱きしめれば大人しくなるのだと、圭斗は彼を抱きしめようとした。しかし、それを成人が止める。 「ダメ!だめぇ!くっ付いたらだめなの!それ、ナルナルなんだから!」  そう言われても、態も圭斗も信じられない。 「何がお前らをそうさせるんだ。何が目的なんだよ。」  そう宥めて聞いて来る始末だ。すると、成人の顔が泣きそうに歪んだ。 「どうしたら信じてくれるの…?」  大きな瞳に涙の幕が張ってうるうる揺れる。 「信じた。」  成人から離れた圭斗は躊躇なく泣き出したその子を抱きしめた。 「この泣き虫っぷりは優斗に違いない。」 「ああ、この泣きっぷりはナルじゃない。」  圭斗と態は頷きあった。 「うぅ…そんな認識は嫌だ…っ」  優斗は抱き寄せられた圭斗の胸で男泣きする。  それを見る態の心境は複雑だ。中身は優斗であっても見た目は成人なのだ。恋人が他の男の胸にすがって泣いているなんて見たい光景ではない。 「なあ、お前ら…離れないか?」 「ああ、ごめん。」  態が言えば、すぐに気が付いた圭斗は優斗を引きはがそうとした。が、 「ぇ…」  優斗は、寂しげな声を漏らして、彼の胸に置いた手はそのままだ。  まゆを下げて、「え」を発したまま、唇が緩く開いている。見上げてくる瞳はアイフルのチワワの様だ。 「そんな顔するんじゃありません。」  息を呑んだ圭とは、目をきつく閉じ、邪念を消すと、そう言って今度こそ彼を引きはがした。 「…なっ、そんな顔とか言われる顔してないし!」 「あらやだ優斗君、天然あざといわねぇ。」 「何でカマ口調だよ!」  そうしたら、すぐにいつもの漫才が始まった。見た目が成人なために新鮮な光景だ。  すると、今度は優斗の姿をした成人がちょんっと、態の肘を引っ張った。 「ん?どうした、ナル。」  態が彼を窺うと、肘の布を摘まんだまま、もう片方の手を下唇に沿えて、小首を傾げて、上目づかいで聞いてきた。 「僕はこっちなのに優斗を気にするの?」  あざとい。あざとすぎる。 「いや、だってあれはお前の体なんだぞ?」 「熊は僕の体が好きなの?」 「…おまえ、それ態とだろ?」  彼のこういった行動には慣れている態である。対処もお手の物だ。 「えぇ?…ダメ?」  そしてまたあざとい仕草。 「あざとい!」 「ナルナルあざとい!でもそれ俺の体だから止めて!」  似非兄弟が騒ぎ出した。  「で、何があってそうなったんだ。」  態が切り出すと、優斗が話し出した。 「うん。えっと、美術館は山の中にある本当に古い所で、学芸員さんがいつでもいるってわけでもなくて、予約が無いと入れないところなんだ。で、山を登ったら、美術館の前で学芸員さんが待っててくれてて。俺は別に中で待っててくれても良かったのに、って思ったんだけど、近くに来たら案内できるようにって思ったらしくて。」 「確かに優斗は何度も道を間違えそうになったよね。曲がるべきところを曲がらないって間違いじゃなくて、曲がらなくていい所を無意識に曲がるってどういうことなのって。」 「方向音痴の神が降りてるからね。地図が無ければ曲がり角はことごとく逆に曲がる男だよ、俺は。」 「威張ることじゃない。」  お花ちゃん二人は放っておくとすぐに話が横道にそれるらしい。 「話がずれてる。優斗おまえ、この前説明が下手だって教授に言われてただろう。」 「ああーっ、いーわーなーいーでーっ」  圭斗が話を戻すために、優斗の傷をえぐった。それに、優斗はノリノリで答えた。可愛いには可愛い反応だが、やはり、優斗と成人ではノリが違う。いつもの成人だったら、こういう時の反応は体をくねらして「いーわーなーいーでーっ」ではなく、頬をぷくっと膨らまして「もう、いじわる!」である。圭斗と態は顔と行動のギャップに調子が狂いっぱなしだ。  しかし、当の優斗は潔く先を続けた。 「で、館内に入ったら、置いてあるものは、郷土資料ばっかり。裸の電球が天井からいくつか下がってるだけで、しかも一個は切れかけのお化け電球。電気をつけても薄暗くて、埃臭くてかび臭かった。つまりは俺の好きな感じだ。」 「お化けでそうだった。面白かった。」  二人して美術品目的でないのか。いや、嬉しそうで何よりだけども。 「で、そのどれだけ管理してないんだよ、て館中を見てたら、面白そうな箱があって。」 「面白そうだった?」 「あれ?面白そうじゃなかった?」 「普通の箱だったよ。」 「でも、あの中にあるにしては豪華だったよ。」 「それはそうかも。」 「で、それが何か学芸員さんに聞いたんだ。そしたら、学芸員さんも分からないみたいで、『なんでしょうねぇ』って言いながらその箱を開けたんだ。そうしたら、もくもく煙が出てきて、気が付いたらナルナルと入れ替わってたんだ。」 「いやぁ、びっくりしたよねぇ。」  成人の呑気な声に信憑性は感じられない。 「本当かよ。」 「本当本当、優斗なんて、『ぴゃぁぁぁあああっ』って叫んだもの。」  態が言うと、成人が優斗の叫び声を引用して答えた。 「ああ、こいつの叫び声って、『ぴゃぁぁぁあああっ』だよな。」 「もう、叫び方かえる…」  圭斗がノッたら優斗が拗ねてしまった。 「変えようと思って変えられんの?」 「…変えられればいいのに……」 「いやぁ、天然あざといわ。」  さあ、似非兄弟の漫才は放っておこう。 「で、その箱はいったいなんだったんだ。」  二人を放置して態は成人に話を聞くことにする。 「それが、学芸員さんにも結局わからなかったの。」 「じゃあ、元に戻る方法も分からないのか?」 「…このまま、戻らなかったらどうしよう。」  成人の声が陰った。平気な顔をしていても、彼も本当は不安だったのだ。 「天然あざといナルナルに、計算あざとい優斗か…。」  一瞬重くなった空気をこれまた一瞬で圭斗が軽くしてしまった。 「お、俺はあざとくない!」 「そういう所があざといんだって。」 「態!圭斗が苛める~っ」  まあ、暗くなっててもしょうがないしな。似非兄弟のナチュラルコントに助けられる時が来るとは。 「でも、このままじゃ僕、熊とイチャイチャできないよ。」  それでもやはり、成人の不安は消えない。溜息交じりの声でそういうと、態の服の袖をきゅっと掴んで計算しつくされた上目遣いで態を見上げてきた。 「ねえ、熊は優斗の姿の僕じゃぎゅぅってしてくれないよねぇ…?」  潤んだ瞳、不安げにハの字に下がった眉、わずかに赤く染まった頬に、何故か濡れた唇なんて、そんな表情でそんなことを言われたら… 「止めろ、指をわきわきさせるな。優斗の体に触るなよ、良いか?絶対だぞ?」 「フリですか?」  圭斗が止めに入ると、何故か優斗が答えた。 「フリじゃねぇよ!なんでお前がのるんだよ!」 「いや、そう言う場面かと思って。」 「変に空気を読むんじゃありません!」  二人のコントに態の高ぶりが一気に冷めた。似非兄弟のナチュラルコントに助けられる時が来るとは(再び)。 「何か、戻りそうなことを試してみよう。」  腕組みをした態がやっともっともなことを言った。 「こういうのって、入れ替わった時と同じ状況を再現すると戻るってのがセオリーだよな。」  それに圭斗がまたもっともなことを言った。しかし、成人は首を振る。 「でも、あの箱からはもう何も出てこなかったよ。」 「じゃあ、煙、とか?」  優斗が言うと、態が台所に入っていった。 「さんま焼くぞー。」 「さんまかよ。」  それになぜか圭斗がツボった。  「ごほ、ごほ、ごほ、」  咳き込む優斗。 「けふ、けふ、」  成人。 「どうだ?二人とも。」 「戻んないぃ!」 「ううぅ、けむいよぉ、目に沁みるよぉ」  涙目で訴える二人は本当に、 「あざとい。」 「あざとい。」 『ばかぁ!』  煙は効果が無かった。  「へとへとになってからじゃないとダメなんじゃないか?」  山登りをした後なら疲れているはずだ。と、圭斗が言った。 「確かに優斗は山道で一度倒れそうになったよ。まあ、僕がちゃんと気お付けてたから大丈夫だったけど。元気にしゃべってるかと思ったら、顔が真っ白なんだもの、びっくりしちゃった。」 「優斗ぉ!?」  圭斗が自分で言いだしたことだし、予想もしていたことだが、恋人の無茶にどうしたって声を荒げてしまう。 「ああ、ごめんって!でも、しょうがないじゃん!俺的には何ともなかったんだよ!」 「お前は本当に、本当に…っ」 「止めろ、指をわきわきさせるな。ナルの体に触るなよ、良いか?絶対だぞ?」 「何この拷問!」  先に態に言った言葉で今度は逆に止めに入られて、圭斗は頭を抱えた。 「でも、箱を開けた時にはもう優斗も僕も元気だったよ。」 「じゃあ、どうしろって言うんだよ。」 「知らないよ。オカルト関係詳しくないもん。」  態の声にも、成人の声にも不安が混じっていた。しかし、それを聞いた圭斗と優斗はハッと、表情を明るくして、ハモった。 『世界の不思議研究会!』 「え、何それ?」  成人が聞いたが、それどころではないと、二人は慌てて携帯電話を取り出す。 「明様!明様に電話!!」 「俺が掛ける。」  圭斗が連絡を引き受けたので、優斗が二人に彼女のことを説明した。 「明様は魔女みたいな感じ。不思議なことが大好きで、不思議なことに詳しくて、不思議をつくったりもするんだ。」 「なるほど、分からん。」  しかし、やはり彼の説明は下手だった。 「あ、もしもし明様?」  圭斗の電話が繋がったようなので、皆で聞き耳を立てる。 『久しぶりね、圭斗。面白いことになってるみたいね。』 「なんで分かるんだよ。」 『不思議になことには何でもアンテナを立てているのよ。ところでその箱なんだけど。』 「ほんとに何で知ってるんだよ。」 『その箱は私も前に調べたことがって、面白いからそれを参考に薬を作って男女の双子を入れ替わらせたことがあるのよ。』 「マジかよ。」 『効力は一か月よ。』 「一か月!?そんなに待てねぇよ。双子なら良いかもしれないけど、こっちは高校生と大学生なんだ。他に戻る方法は無いのかよ。」 『あるわよ。』 「あるのかよ!」 『キスすればショックで戻るわよ。』 「え、誰が?誰と?」 『成人と優斗以外の組み合わせで、どちらかが好きな相手がどちらかにキスすれば良いわ。』 「何で成人の名前まで…」 『えぇー?それって今更じゃない?』 「……。」 『とにかくそういう事だから、がんばってね。』 「だそうだ。」  優斗の説明が下手なのではなく、彼女の存在が規格外だったらしい。彼女に対してツッコみたいことは山ほどあるのだが、一番つっこみ要素満点なのは、今自分たちが置かれている状況に他ならないので、それは保留しておこう。 「じゃあ、誰と誰がキスするのか。選択肢①俺とナルナルの体の優斗、②俺と優斗の体のナルナル、③態とナルナルの体の優斗、④態と優斗の体のナルナル。」  圭斗がまとめると、優斗が、厳かに言った。 「ナルちゃんが一番傷つかない方法にしよう。」  厳かというと、大げさに思えるかもしれないが、本当に、何かを決意したように、静かにそう言ったのだ。 「僕が選んで良いの?」 「未成年のナルちゃんが傷付くようなことしたくない。ナルちゃんが選んで。二人も、それでいい?」 「良いよ。」 「ああ。」  もちろん態も圭斗も異論はない。 「えっと、じゃあ…優斗と態がキスして。」  成人はすぐに答えを出した。 「だって、僕、態以外とキスできないし。だからって、態が優斗の体にキスするのも嫌だし、それだったら、態が僕とキスしてるのを見てる方が良いもの。」 「分かった。」  それに、優斗は頷いて、態に向かい合う。 「おい、優斗。本当に大丈夫かよ。」  彼に恋愛に関しては潔癖な部分があることを知っている圭斗が心配して声をかける。 「大丈夫だよ、だって唇合わせるだけだよ?」  しかし、優斗はそれに硬い表情で答えた。 「…お前が良いなら、良いけど……。」 「じゃあ、行くぞ。」 「良いから、早く。」  優斗の固く握られた拳が震えている。やはり、本当は嫌なのだろう。でも、彼は覚悟を決めている。態はいっそ早く終わらせてしまおうと、硬く引き結んだ唇に、唇で触れた。  「――熊!戻った!戻ったよ!」  口が触れた瞬間、優斗だった彼が、歓声を上げた。成人が戻ってきた。やっと、素直に触れることができるようになった恋人を、態が抱きしめると、同時に 「―――ぅんっ!?…ぁ…っふぁ、圭、斗…っ」  すぐ近くから、喘ぎ声が聞えてきた。 「…優斗、おまえは俺のだからな。」  圭斗が優斗を襲っている。 「…ぅん…っぁ…ふぅン…っ」  二人はすごくディープなキスをしていた。 「優斗。」 「け、圭斗…」 「優斗、泣いても良いけど、泣かなくて良いんだからな。」 「え、なんで…っ」 「優斗が嫌って言うくらい俺がお前にキスするから。」 「え、ま…っぅん…っ、……っぅん、」 「優斗。」  キスの合間に話しかけ、優しく名前を呼んでくる圭斗に、優斗の顔は沸騰寸前だ。  心がダム崩壊しそうだ。 「圭斗、待って!もう良い、もういらない!」 「優斗…優斗…」 「も、やだってばぁ…、まって、…やぁ…っ」  待ったをかけても圭斗の暴走は止まらない。 「ふ、う…っ、だめ…っ」  キスをしながら、優斗の服をまくり上げ、柔肌に直に触れる。 「ぁん…っ」  そこでやっと茫然と見ているだけだった態が正気に戻って二人を引きはがした。 「お前ら、ここで盛るんじゃねぇっ!!」 「け、圭斗のバカァ!!」  自由になった優斗は圭斗を罵倒して部屋を飛び出し、 「優斗!」  圭斗はそれを追って飛び出した。  それを見送って、態は一言。 「あいつら、付き合ってたんだな。」 「えぇー?それって今更じゃない。」  成人に呆れた顔をされてしまった。 ******  翌日。いつものようにセーラー服で登校した成人は、前日の不思議な出来事を誰かに話したくて仕方が無かった。信じてもらえなくても良いから聞かせたい。そう思い、クラスメイトの王司遊馬に話しかけた。 「ねえ、プリンス。信じてもらえないかもしれないけど、昨日、友達と魂が入れ替わったんだ。」 「え!?本当!?千尋さんも中学の時、双子の妹さんと入れ替わってたんですよぉ!」  その答えは予想していなかった。





 

ゲイDVD鑑賞会しようぜ!

「千尋さんったら、高校生になってから空手とかはじめちゃうし、男の人からのアプローチされても今までどこまで鈍いのよ!ってくらいに気づいて無かったのに気配で気付くようになるし、色んな意味でどんどん力強くなって、女の子が好きアピールを繰り返すようになって…。メンヘラが改善されたのはよかったけど、どうしたんだろうって思ってて…。まさかそれが学校で女役を引き受けて自分が男受けすることに気付いたからだとかそんな――っぐふぉあっ!!」 「おっまえは!俺がちょっと席外してる間に何話してんだよ!!」 「ごめんなさい!!」  今時珍しい木造アパートの一室。家主の石井態と恋人の石松成人、坂本優斗・圭斗似非兄弟のいつもの四人のメンバーに加えて、今日は成人のクラスメートである王司遊馬と、その恋人で成人の役職の先輩でもある山瀬千尋が遊びに来ていた。  彼らが差し入れてくれたスナック菓子と麦茶を囲んで、最初は成人の学校での様子を話していたのだけれど、千尋がトイレを借りに席を立つと、女役という役職の話からスライドして、遊馬の愚痴だか惚気だか分からない千尋さんトークが始まってしまったのだ。  戻ってきた千尋は容赦なく彼を蹴り倒し、遊馬は謝りながら崩れ落ちた。  カンカンカン 「おい、やっぱりだめだろ。離せ!」 「ここまで来て何言ってんだよ。」  アパートのアルミの外階段を踏み鳴らす音と共に聞き覚えのある声が言い争っているのが聞こえた。  カン 「馬鹿やろう!ここまで来てもなにもずっと言ってるだろうが!」 「まあまあまあまあ」  カンカン  争いながらも確実に階段を上ってくる。 「ほんと、迷惑だから止めろって!」 「迷惑かどうかは向こうが決めるって。」  カンカンカン 「じゃあお前らだけでいけば良いだろう!」 「雅彦が居るから面白いんだろう。」 「やめろ~~!!」  カンカンカントトトト 「「ピンポーン!」」  階段を上りきり部屋の前まで来た騒がしい一行はチャイムを鳴らさずそう口で言った。  言い争う声で誰が来たのかは分かっている。 「「こ・んに・ちはー☆」」 「チャイム押せよ。」  ドアスコープで確認することもなく態が鉄の玄関扉を開けると、予想した通りさらさら頭の切れ長の瞳の少年と、ふわふわ頭の逆お椀型の瞳の少年と、ベリーショートのどんぐり眼の少年が立っていた。ご機嫌な佐藤裕介と鈴木真琴が田中雅彦の両腕に抱きつき、真ん中の彼はぐったりと項垂れている。黒縁眼鏡の奥のどんぐり眼がどんより曇って見えた。 「あ、今日人口密度高いんですね。」  態の脇から部屋を覗いた裕介が言った。右の壁の向こうの水回りは扉と暖簾で見えないが、他四畳分の生活空間は左隅の玄関から丸見えだ。  狭いのだから布団でいいのに、借りた時から付属されている、大きなスペースを占領するベッドに優斗と圭斗が座り、折り畳みの炬燵机を囲むように成人と遊馬と千尋が座っている。狭い部屋に男が6人そして今からここに3人が追加されるわけだ。 「ほら、迷惑じゃないか!帰ろう!なぁ、帰るぞ!!」  雅彦が諦め悪く抗議をするが両脇の二人は無視を決め込む。 「トリオ久しぶりだな。」  圭斗が声を掛けると真琴が黒いビニール袋を掲げた。 「圭斗さん!!面白いもの持ってきましたよ!!」  その言葉に圭斗が瞳を輝かせる。 「面白いものはみんなで楽しむべきだな。」 「「そうでしょう!!」」  面白いこと好きの三人の結託。 「何も面白くありませんから!俺を見たら分かるでしょう!?」  圭斗と真琴と裕介が盛り上がるのに、雅彦が水を差した。 「捕まった宇宙人みたいで面白いけど。」 「優斗さん!」  幼馴染二人に両腕をとられた小柄な雅彦を指して優斗が言う。天然発言で掻きまわさないでほしいと雅彦は彼の名前を呼んで抗議した。見た人の面白さが問題なんじゃない。面白そうにしているかどうかが問題なのだ。 「入口で騒いでないで入りなよ。近所迷惑だよ。」  部屋の持ち主でもないのに成人が言った。 「許可おりましたー!」 「お邪魔します~」  ここに雅彦の味方はいないのか、両脇の幼馴染の突然の思い付きに振り回される被害者を出さないために、こんなにも頑張っている雅彦の味方はいないのか。 「…もう、知りませんよ…」  二人に引っ張られて、彼も渋々部屋に入った。  「何持ってきたの?」  遊馬に聞かれた裕介と真琴はにやにやと笑い、「じゃーん!」とセルフ効果音付きで黒ビニール袋からそれを出した。それを見て 「…うわぁ…」  と遊馬。 「えげつねぇ」  と圭斗。 「…ぇ、面白い?」  と優斗。  なんと出てきたのはパッケージからバーン!な、ゲイDVD。反応は総じてドン引き。 「みんなで見たら面白いと思う。」 「まあ、良いじゃん良いじゃん。みんなホモなんだから抵抗ないでしょ?つけまーす。」  そんな反応は知ったことかと、むしろ面白いぜと、真琴は勝手にデッキにセットした。 ******  鑑賞を初めて数分。パッケージがえぐければ中身もえぐかった。なんのストーリーも無しにいきなりおっ始めるわ、ガチムチ同士だわ。いや、そもそもゲイDVDを観ること自体が初めてだから、自分が知らないだけでこれがゲイDVDの普通なのかも知れない。雅彦は努めて冷静にそれを見ていた。 「雅彦、さんざん抵抗した割に随分冷静に見るのな。」  裕介が面白くなさそうに彼の頬をつんつん突く。 「年上の方の家に押しかけてゲイDVDを観るなんて非常識だろう。」 「そういう問題だったのね。」  「うっわ…グロ…、入口こんなんなってるのかよ…」  一方千尋は細いたれ目を気持ちいつもより開いて、画面の向こうの一挙一動に反応している。 「…楽しそうですね…」 「いや、だって人がやってるところなんて見ないし。」  それはそうですけどね、俺は観たくもなかったです。と遊馬は思った。  「ナル?大丈…」  ベッドに腰かけた態がやけに大人しい成人の様子を窺うと、彼の足元に座る彼は、枕を抱きしめて顔を真っ赤に染めて目をうるうる潤ませていた。 「だ、大丈夫だもん…っ」  極めつけの上目使い。そんなふうにされたら、態の方が大丈夫じゃない。  「優斗――って、優斗!?」  ベッドの奥、テレビと逆側の壁に背中を付けて座った優斗圭斗。圭斗がやはり大人しい彼を窺うと、彼は膝を抱えて真っ青になって震えていた。 「…何?」 「お前顔真っ青だぞ!?震えてるし!」  声まで震える彼を抱きしめる。 「や、もうヤダ…っ」 「おい止めろ、DVD止めろ!」  優斗は支持を出す圭斗の背に腕を回してしがみつき嗚咽を漏らした。 「優斗さん大丈夫ですか?」  千尋が心配して尋ねる。 「なんか、ホラー観たみたいな反応になってるんですけど。」  と裕介。 「やっぱりガチムチがダメだったのか?」  DVDを止めた真琴が首をひねった。 「優斗?」  圭斗が胸にすがる彼のまっすぐな黒髪を梳く。 「ごめん。この人たち仕事でやってるのかと思ったら、気持ち悪くなってきちゃって…」  優斗は「はー…」と息を吐いて答えた。赤の伊達メガネの向こうの瞳が少し潤んでいるが、落ち着いたようだ。 「優斗さん可愛いですね。」 「優斗さんを可愛いとか言っちゃう千尋さんが可愛いです。」 「うっせー、黙れ。」  千尋と遊馬も通常運転に戻る。  落ち着いたところで裕介は優斗の肩に手を置いて力強く言った。 「何言ってるんですか!彼らはお金のために、俺らのために一生懸命身を売っているんですよ!感謝をこめて観るのが一番なんですよ!」 「え…?え…?」  そう言われればそうなんじゃないかと、一瞬優斗が納得しそうになったが、 「止めて!うちの子に変なこと吹き込まないで!」  もちろん圭斗が抱き込んでかばった。  「ナル大丈夫?」  遊馬が態の腰に抱きついて股間に突っ伏している成人に声を掛けた。 「心配すべきなのは熊さんの方だと思う。」  雅彦が真っ赤な顔で硬直している態をさして言った。遊馬が成人の肩を持って彼から引きはがすと、彼はそのままぐてっと遊馬に体重を預けてきた。 「あ、石松寝てるや。」 「大物だな。」  感心していると態がよろよろ立ち上がる。 「ちょっと、トイレ行ってくる…」 「「ご愁傷様です…」」  二人は何とも言えない顔で彼を見送った。  で、デッキの前に戻った真琴は 「さて、では続きを――」 「「「「「「「観なくて良い!」」」」」」」  全力で止められた。





 

そんなものの何が良いのか

「あのさ、男同士って気持ちよくないの?」  木造アパートの一室で、赤メガネのデコリーン優斗と、タレ目で糸目なさらさらヘアーの千尋を前に、ショートソバージュヘアーのパッチリ二重の成人が切り出した。 「…え?」 「気持ち良いよ。」  優斗は一泊おいて聞き返すのに、千尋はそんな断言をする。 「え!?」 「優斗は未経験?」 「え!!?」  年下二人の反応に、優斗は「え」と困惑の声しか出せなかった。  その手の知識はあっても、積極的に話をしたいとは思わない優斗である。というか、積極的にそういった行為をしたくないのが優斗である。未経験かどうかといわれれば経験はあるが、そんなことを話せるはずはない。  だから視線を泳がせて、 「…なんで?」  と誤魔化した。 「熊が僕に手を出さないでいられるのは何故なのかと。」 「ナルちゃんは欲求不満なの?」  対する成人の答えに千尋がそう反応すれば、成人ではなく優斗がそれに反論した。 「ち、違うよ!ナルちゃんはナルちゃんに手を出してこない石井に不安なんだよ!欲求不安なんだよ!」 「優斗さんってナルちゃんに夢見てますよね。」 「不安なのもあるけど、ただ単純に興味がある。」 「ほら、どっちかというと俺よりだった。」  なんで二人とも可愛い顔してそんな生々しい話をしたがるのか。 「…帰る。」  優斗は居た堪れなくなって立ち上がるが、手を掴まれて阻まれた。 「待って優斗!大人の意見も聞きたいの!!」 「大学生は大人じゃないもん!!」 「高校生より大人だもん!」  成人との攻防の末に元の位置に座り直させられる。 「で、ナルちゃんは何を聞きたいのかな?」 「山瀬君生き生きしてる…」  糸目の奥の瞳を心なしか輝かせて千尋が言と、優斗は諦めて項垂れた。 「男同士って気持ち良いんですか?」 「いやあ!!」  再びの成人の質問に、優斗は再び逃げようとしたがまた阻まれた。 「好きな人なら。」 「好きじゃなかったら?」 「気持ち悪い。」  千尋と成人の会話をはらはらしながら聞くしかない。 「例えば、ナルちゃんキスはするでしょ?」 「はい。」 「柔らかくて、熱くてヌルヌルしたものが、口の中で動き回るわけじゃん。」 「その言い方気持ち悪いです。」 「だから、普通だったら気持ち悪いって。」 「そっか、熊だから気持ち良いのか。」  成人は確かめるように一つ頷くと、いつの間にか両手で耳を塞いでいた優斗の手を、彼の耳から外して尋ねる。 「優斗も圭斗とキスするの気持ち良いの?」 「俺に振らないで!!」  鬼畜の所業である。  成人は、半泣きの優斗はひとまずおいて、千尋に向き直った。 「でもさ、好きな人にでも、触られて特に気持ち良い所ってあるじゃないですか。」 「性感帯か。」 「優斗の意見は?」  そしてまた優斗に戻る。 「…好きな人じゃない人に触られて気持ちよくなることが気持悪いと思います……」  今度は彼も渋々答えてくれた。しかし、立てた膝に完全に顔を埋めてしまって表情が読めない。 「優斗、顔を上げようか。」 「いやぁっ!」  無理やり顔を上げさせようと側頭部に手を当てると、悲鳴を上げて弾かれた。 「何これ可愛い。」 「欲しい。」  その反応に気を良くして、二人がかりで顔を上げさせるのはまったく鬼畜の所業である。 「やだ…」  優斗は真っ赤な顔で、二人に視線を合わせないように目を伏せる。 「この反応を見て圭斗は優斗を苛めたいと思うのか。」 「圭斗は俺を苛めないもん。」  成人の言葉に、目を伏せたまま優斗が反論した。反論したが頭が小さくふらふら動いた。 「え、もったいない。」 「いや、この反応は本当は心当たりがある反応だよ、ナルちゃん。――ところで性感帯の話なんだけど。」 「まだするの!?」  優斗がどんなに嫌がっても話を続けようとする千尋。年上を苛めてそんなに楽しいのかと、優斗は泣きたい気持ちになったが、すでに半分泣いている。 「舌ってそんなに伸びないじゃない。」 「そうですね。」 「俺、キスよりフェラの方が気持良かったりするんだよね。」 「いやぁぁああ!!」  優斗は再び両手で耳を塞いで叫んだ。 「優斗煩い。」 「煩いなら退室させて!?」 「却下です。先輩、続きを。」 「俺、上あごの奥の方の鼻と喉が繋がってる部分が気持ち良いんだけど、舌だと届かないんだよな。だから、フェラで好き勝手擦る方が気持良い。」 「優斗の意見は?」  退場させないうえに話を続行し、あまつさえ意見を求めるとは何ということか。優斗は目が回るほどに大きく首を左右に振った。 「俺、そんなのしない…」 「それはもったいない!」 「ひぃっ」  身を乗り出した千尋は、小鹿のように震える優斗の顎を掴み、その口内に指を突っ込んだ。 「ひょ、はにふぅお…っ!?」 (ちょ、何するの!?) 「ここですよ、ここ!」  千尋は指を折り曲げて、腹で上顎の奥を擦る。 「ひふ…っ、ぁ…っ!」  優斗はびくっと喉を震わせると、抵抗しようと千尋の腕に手を伸ばした。 「ナルちゃん押さえて!」 「ふ、ぁ、…ふぅ…っ」  千尋は成人を加勢に呼ぶと、なお優斗の口内を蹂躙する。舌を奥から先まで指先で撫でられると、背筋を悪寒に似た何かが這い上がる。 「ん、ふぁあ…っ」  下の付け根を押されると、じんと痺れて眉間に皺が寄った。  苦しくて、気持ち悪いのに、じくじくとした痺れが脳を麻痺させる。熱い息を漏らして、徐々に蕩けていく優斗の表情に、千尋と成人も止めるタイミングを失っていた。 「ただいま!」 「だからここはお前の家じゃない…って…」  なんというタイミングで現れるのか。我もの顔でやって来た圭斗はそのまま玄関で硬直し、彼の後ろから顔を出した家主もその場で固まった。  二人の視線の先では、成人に背中から羽交い絞めにされ拘束された優斗が、千尋の指を咥えさせられてとろとろに蕩けている。  千尋が慌ててその指を引き抜くと、優斗の口との間に銀の糸が掛かった。それを見てついに優斗の涙腺が崩壊する。 「ふ、ぇ…」 「あ、あ、優斗さん!?」  ぼろっと大きな雫が零れ落ちたのを皮切りに、顔をぐしゃぐしゃにしたまま泣き崩れる優斗。一番の加害者である千尋は大慌てて彼の涙を拭おうと濡れた頬に手を触れた。  しかし、優斗は千尋の手を引きはがして、駆け寄ってきた圭斗に手を伸ばす。 「優斗!」  圭斗がしっかり抱きよせれば、しがみついて肩に顔を押し付けた。 「うぅ~っ!」  悔し涙を押さえているのか、威嚇しているのか分からないが、優斗は言葉を交わさずに唸っている。  圭斗は彼の震える背中を宥めるように撫でて、成人と千尋に極上の笑みを向けた。 「お前達、何をしてたのかなぁ?」 「すみません!調子に乗りました!!」  笑顔の向こうに般若を見た二人は素早くその場に土下座した。 ******  「――それで、キスじゃ届かない性感帯もあるよねって話になって…」 「フェラなんてしないって言う優斗さんの反応が可愛くてつい…」 「というか、話し始めから終わりまで優斗の反応が全部面白いといか、嗜虐心を誘うというか…」 「ナルちゃん、それ言ったらダメなやつ。」  優斗をあやす圭斗と態を前に、成人と千尋は正座をして成り行きを説明した。 ――つまり、じゃれ合いが度を過ぎてこんなことになってしまったと…  態は心底呆れてため息を吐いた。 「お前ら優斗だから良かったけど、他だったら完全に嫌われてるぞ。」 「良くない!」  態の台詞を圭斗の鋭い声が切りつける。  態ははっとして、未だ圭斗にしがみついている優斗を見た。自分は優斗が簡単に人を嫌いになれない性格をしているという意味で今の発言をしてしまったが、それは彼の気持ちを蔑ろにするものだったかもしれないと。 「優斗を苛めて楽しいとか!そんな理由で優斗を苛めて良いなら俺だって苛めたい!!恋人の俺が一番我慢してるなんておかしい!俺だって嫌がる優斗に無理やり色々したい!!」  が、一番彼の気持ちを蔑ろにしているのは彼だった。 「は、放して!!」 「断る!口開けろ!」  圭斗は慌てて逃げようとする優斗の顎を掴み、命令する。 「ひぅ…!?!」 「おい、圭斗やめてやれ。」  唇を引き結んだまま怯えた声を出す優斗に慌てて、態は圭斗を止めに行く。しかし、優斗と放されそうになった圭斗はぐずっと鼻を鳴らした。 「嫌だ!俺もやるぅ…!」 「うわ、泣いた。」  それを見て態が怯む。彼が割と泣き虫だという話は彼と犬猿の仲である友人に聞いていたが、冗談だと思っていた。  圭斗の歪んだ顔を見て、優斗の目が瞬く。  優斗は引き結んでいた唇を緩めると、自ら彼の指を口内に招き、軽くその指で上顎を擦った。 「んっ、ふ…っ」  鼻にかかった吐息を漏らせば、すぐに指が好き勝手に口内を掻きまわしてくる。 「んぁ…む、ぁ…」  口の端から唾液がこぼれて優斗の眉間に皺が寄っても、圭斗は拗ねた顔でグリグリと内壁を押した。  優斗は千尋にやられた時以上に、背筋にゾクゾクした震えを覚えた。先ほどとは違う生理的な涙が、頬を伝っていく。 「ひぁっ、へいほぉ…っ」 「っ、優斗!」  苦し紛れに彼の名前を呼ぶと、呼び返してくれた。  圭斗が満足して手を離す。唾液でデロデロになった指が見るに堪えなくて、優斗は思わずそれを再び加えてじゅっと吸って放した。 「あ、あの、二人とも…?」  肩で息をして茫然と見つめ合う二人に、千尋が声をかけると、圭斗が優斗をがばっと抱き締めた。 「これ俺の!」 「あ、はい。」 「今日これ持って帰るから!」 「いつも持って帰ってるだろ。」 「あばよ!」  態のつっこみにも答えず、それだけ言って優斗を抱えたまま出て行ってしまった。  二人が居なくなると、千尋もゆっくりと腰を上げた。 「…俺も遊馬に会いたくなったから、返ります。お騒がせしました。」 「ほんとにな。」  態がそのまま彼を見送ると、ちょんと裾を引かれる。見れば、成人が不安そうに態を仰ぎ見ていた。 「熊?」 「何だよ。」 「態も怒ってる?」  怒っていると言えば怒っているが、この怒りはお人好しな友人が持つものであって自分が持つものではないような気がする。成人の保護者の気分で彼を叱ることはすでにしたし、彼も反省しているし、これ以上彼を責める理由はない。  それよりも 「…お前にもやってやろうか?」  そもそもの原因は成人の好奇心と欲求不満だ。  伺えば彼は躊躇なく肉厚な唇を開き、結果態に泣かされた。





 

母の日クッキング

「何これ」  雅彦はスプーンを持ったまま、目の前の皿を見つめて言った。同時にそれを食べた真琴と裕介は言葉も無く何とも言えない表情で同じく自分たちの前に置かれた皿を見つめている。 「何って、カレーだけど」  大花柄のレモンイエローのエプロンを付けた成人が答える。 「……見た目はカレーなのにカレーの味がしない」  三人は首を傾げて記憶の味と目の前の料理を比べて言った。食べられなくはない。かと言って美味しくはない。そして、カレーではない。 「隠し味にインスタントコーヒーとりんごと生姜と味噌と醤油とウィスターソースとはちみつとヨーグルトとを入れました」 「「「入れすぎ」」」  そりゃぁ、カレーの味もしなくなるわ。と、三人は声を合わせた。 ****** 「はーい」  優斗は扉を開けて目を丸くした。  優斗は大学の寮生である。寮の中に入ってしまえば、そこには見知った顔しかない。人懐っこく友人の多い優斗の部屋には、旅行先のお土産やら、手料理の差し入れやら、研究のためのアンケートやらを持って、他の寮生が訪ねてくることも多くあった。だから、今回もそんなものだろうと気軽に扉を開けたのだが、そこにいたのは予想外に、寮外部の人物で、 「石井だ! 石井だ! 石井だ!」  優斗は俄然テンションを上げて彼に纏わりついた。 「どうしたいきなりハイだな」 「普段会わないところで会ったというシュチュエーション萌えというか、寮で会うのは初めてだな! どうした俺に会いに来たのか、そうなのか!」 「それとも俺に会いに来たのか、どうなんだ?」  部屋の奥から出てきた圭斗が、はしゃぐ優人の背中に覆いかぶさるようにして言った。 「お前は普通に居るんだな」 「ここは俺と優斗の愛の巣だからな。その愛の巣に何の用だ」  抱きついて来た圭人に、嬉しそうにその腕に擦り寄っていた優斗はその台詞を聞いて渋い顔をする。 「優斗渋い顔してるけど」 「これは恥ずかしがってんの!」 「うぬぅ……」 「恥ずかしくて唸ってんの!」  圭人が態にそう言って反論すると、優斗は口を尖らせたまま首をひねって、 「そうだ石井! とりあえず中に入ろう、そうしよう! 座布団あるよ!」  その話題をバッサリ切った。  六畳一間の優斗の部屋は、カラフルな家具小物が散りばめられた、彼らしい賑やかで楽しげな雰囲気をしている。水色の猫の形の座布団を受け取った態は、 「ナルの手料理がやばい」  と、早速話を切り出した。 「そうなんだ」 「それで、優人はどういう風に料理をするのかと思って」 「これ俺を参考にする流れ? 石井料理できるのに?」 「俺には創作性が無いんだ」  態は首を傾げる優斗に、ケータイを差し出した。  画面に映っていたのは、白い皿に乗せられた、いびつな形をした緑色の個体だ。 「何これ」 「パンケーキ」 「緑だ」 「それは食紅。犯人こと成人は『可愛くなると思って。ほら、可愛い!』などと供述しており……」  しん、と数秒間の沈黙が降りた。 「……ナルちゃん、服とか小物のセンスは良いのにね……」 「それな」  優斗の言葉に圭斗が同意して言った。 「これ、母の日に作ってくれたんだけどな」 「母の日! 石井はナルちゃんのおかーちゃんですか!?」  態の発言に、優斗はぱっと顔を輝かせて楽しそうに言う。べつに態を馬鹿にしてるとかからかっているとかではなく、成人が彼を母の日に祝ったという事実が面白くて興奮しているだけだ。それを経験上知っている態は、 「本当はカレーを作るつもりで、試作品を三馬鹿に振舞ったらしいんだ」  と、彼の発言をスルーして話を続けた。  スルーされた優斗はバツが悪そうに圭斗の腕を叩くが、圭斗が慣れた様子でその手を取って構ってやるとすぐに笑顔に戻った。おおよそ優斗は本能で生きている。 「それで?」 「それが隠し味を入れすぎてカレーの見た目をしたカレーじゃないものになったらしい。とりあえず味は不味い。だから、カレーとか高度なものに手を出さずに交ぜて焼くだけのホットケーキミックスを使ったホットケーキを作ることしたんだと」  態は圭人の相槌に続けた。 「創作意欲が抑えられなかったんだね」 「俺はその創作意欲が湧いたことがないから、お前に聞きに来た。創作しつつもうまく作れるんだろ?」 「うまいかどうかは時と場合によるけどな」  とりあえず何か作るか。ということで、優斗は部屋に置いている冷蔵庫の上で豆腐を切って、盛り、いくつか調味料を掛けて出してきた。 「はい。前菜の豆腐サラダです」 「サラダっていうか、豆腐だな」 「豆腐に塩とレモンとオリーブオイルを掛けました」  態は見た目白い塊なそれを口に運ぶ。 「何これ普通に食べられる。うまい」 「ドレッシング買っても滅多に使わないからダメにしちゃうんだよな」 「こういう発想はどこからくるんだ?」 「……美味しいかな、と思って?」  だからどうして。と、無言になった態の肩を圭斗の手がポン、と叩いた。その目が諦めろと言っている。  そんな二人をよそに優斗は冷蔵庫をあさって、黒いゴツゴツした果実を取り出した。 「ちょっと食べたら、普通にご飯食べたくなった」 「ふつう、冷蔵庫からアボカド出てくるか?」 「熟したアボカドは冷蔵庫で保存だよ?」 「いや、そうでなく」  態は寮暮らしの大学生の冷蔵庫からアボカドなんて出てくるものか、という意味で言ったのだが、伝わらなかったらしい。 「売ってるんだから、買う人がいるんだよ」  それはそうだけども。 「アボカドってどうやって調理すんの?」  圭斗が聞くと、優斗は麺つゆとマヨネーズを取り出した。 「これとこれで味付けると美味しい! アボカドって日通して潰すとペースト状になるんだけど、ご飯に混ぜてもパンに塗っても美味しいんだ」  そう言って、供用キッチンに向かう優人に二人も着いて行く。そしてあれよという間に出来上がったのは…… 「と、言うことでパスタです」 「選択肢になかったけど」 「パスタも美味しいよ?」  だめ? だめ? 美味しいのに? と視線で訴えてくる優人に、態は「もういいわ」と諦めた。やはり彼はきっと本能で生きている。 「あ、美味い」 「わーい、やったー!」  褒めると優斗は素直に喜ぶ。ついで、 「パスタといえば、前にオレンジジュースと醤油で味付けやつも美味しかったなぁ」 「オレンジジュース!?」 「普通に飲めよ!」  これには態と圭斗の二人で全力でつっこんだ。味の想像ができない。 「だからその発想はどこから」 「……美味しいかな、と思って?」  言葉を無くす二人に、優斗は続いて乳白色のスープを勧める。 「で、これ一緒に作ってたスープ。鳥ガラスープに牛乳入れた、なんちゃってパイタンだよ。具はネギと生姜。ビーフン入れても美味しい」 「だからこの発想は……」 「シチューってコンソメスープに牛乳入れるじゃん? だから鳥ガラスープに牛乳入れたら中華系のそれっぽいものができるんじゃないかと思ってやったらできた」 「これは由来があるのか」  そうなると今までの「美味しいかな、と思って?」も適当に答えたわけではないらしい。本当に「美味しいかな、と思って?」作ったらできたのだろう。  それらを食べ終えると、優斗は、「甘いものが食べたくなった」と言って席を立つ。おもむろにフライパンに卵と牛乳と小麦粉と砂糖と刻み生姜とマーガリンを直で投下した。 「分量量らないんだ?」 「目分量」  お菓子作りは分量が大事だというが、これも経験があれば問題のか。態はそう思うのだが、 「初めて作った時もこれくらいかな、てやったらできたよ?」  違かった。  そしてそのまま火にかけ始める。マーガリン固体なままなんだが。 「弱火で混ぜながら焼くー。マーガリンもそのうち溶けるー」  雑すぎやしないか。 「半熟くらいになったら巻きながら焼くと仲がしっとりふわふわになって美味しい!」 「できた! パンケーキ!」と言って皿にドンと載せられたそれはパンケーキの形をしていなかった。 「丸くないな」 「優斗に常識を求めるなよ」  態と圭斗は口々に言って、彼曰く「パンケーキ」を口に運んだ。 「うま……」 「俺ホットケーキミックスで作ったやつよりこっちの方が好きかも」 「何であれで美味いもんができるんだよ」 「なんかもう、俺は優斗の料理が食べられて、ただただ幸せだ」  優斗の部屋に戻って、コーヒーのサービスまで受けた態は、 「結局、センスか」  と、呟いた。 「でもさ、ナルちゃんと優斗が二人で作ってみれば? ナルちゃんが何かしたいと思った時に優斗がうまいことアレンジしていけるんじゃね?」  諦めかけていた態と優斗は圭斗の提案に「おお!」と声を上げる。 「すごいよ圭斗、天才的発想じゃん!」 「そうだろう、そうだろう。もっと俺様を褒め称えろ」  エセ双子の会話はバカっぽいが、彼の発想は態も良いと思って採用した。  玄関前に悠々と立つ大銀杏の木が黄緑色の柔らかい葉を揺らす。態はその下を晴れ晴れとした気分で潜り帰路に着いた。  ――はずだった。  数日後、提案通り態の部屋のキッチンを借りて、成人は優斗と協力してパンケーキにリベンジした。結果…… 「優斗お前……」 「どうしてこうなった……」  態と圭斗が頭を抱える。  出てきたパンケーキは、国民的アニメのキャラクターの形をしていた。 「僕が今回水色にしたいって言ったら」 「俺がそれなら紫にしてメタ○ン作ろうって言って」 「「こうなった」」  成人と優斗は「可愛い!」と手を叩き合い、褒めて褒めてと視線を送る。  態と圭斗は「あー、うん。可愛い可愛い」と無気力に答えた。可愛いかもしれないが、食欲をそそられるものではないなぁ、と。  ちなみに、優斗のおかげで、味は前より美味しくなっていた。





 

オメカシして出掛けよう

「石松成人の~男の娘ファッションショー」  所はおなじみ態の木造アパート。パチパチ拍手&ヒューヒュー口笛で場を盛り上げるのは司会者である成人ただ一人。その彼は自らの手で仕上げた三人の女装男子を順に示して紹介した。 「まずは体格を無理なくカバーできる森ガールスタイル、モデルは三馬鹿の保護者田中雅彦」  栗色のロングヘアーを緩く巻き、フリルの付いたブラウスにふわふわのロングスカートを合わせ、全体をアースカラーに纏めた雅彦は、青ざめながらその場に立ち尽くす。 「続いて男女ともに愛されるグッドガールスタイル、モデルはキングオブ受け坂本優斗君」  鬘を被らず地毛を遊ばせ、ハッピーオーラ漂うちょっぴり軽めのフワクシュボブにアレンジ。青いチェックの襟付きワンピースにシンプルな小物を合わせたレトロなコーデに身を包んだ優斗は、膝丈のスカートの裾を掴んで伸ばし赤面で震える。 「続いてまさかの私服! 実は上級者向けのミニスカ&パーカーのカジュアルスタイル、モデルは元プリンセス山瀬千尋さん」  ポニーテールのかつらを被った千尋は「妹に似過ぎてて辛い」と口元を引き攣らせる。 「最後に、ミモレ丈の花柄ワンピで大人の色気。アジエンスなキレイめスタイル、モデルは毎度おなじみ石松成人でーす」  フーーッ!! と一人で盛り上がる成人に、雅彦は「どうしてこうなった」と呟いた。 「え? ちゃんと事前にリサーチした通り、それぞれの好みに仕上げたよね?」  成人の言葉に三人は「いやいやいや」と否定しながらも、彼と最近交わした会話を思い返した。 『柔らかい素材の服で、ひらひらしたところがあると優しさのある女性らしくていいと思う』  雅彦はそんなことを言った気がする。というか言った。その直度柔らかい服装の男子はどうですかと馬鹿二人に抱きつぶされた記憶は新しい。 『ワンピースとかセットアップがすっきりしてるし、ちゃんとしてる感があって良いよね~。でも山瀬君はワンピースよりカットソーとフレアスカートとかの方が似合いそうだからなぁ。結局本人に似合う服が可愛いと思う』  優斗はそんなことを言った気がする。というか言った。その直後、俺はそのままの優斗が良いと見当違いなことを言い出した圭斗に眉を顰めた記憶は新しい。  しかし二人のそれは女の子が着るならであって、自分が着る前提では決してなかった。 「俺は何も聞かれてないと思うんだけど」  心当たりを見つけて尚納得のいかない二人と別に、それすらない千尋が言うと、 「だって先輩は先輩ですし」  とても理不尽な言葉が返ってきた。 「どういうことですし」 「まあまあ、合意の上でしょ」 「身ぐるみ剥がされて写真撮られて脅されたんだけども」 「「同じく」」  眉を顰めてブーイングする三人に、成人はスマホの画像を見せながら、笑う。 「三人とも涙目で取り乱して侵される手前みたいだね。もしこれを彼氏共に送ったら……」  導き出される答えに顔色を赤や青に染めた三人は、「合意じゃない~!!」と項垂れた。 ――で、 「なぜ野外!」  千尋が叫ぶ。 「合意でしょ」 「断じて違う……」  雅彦が唸る。  例のごとく写真で脅された三人はアパートを出て駅までの道を歩いていた。これは成人が満足するまで付き合わされるフラグだ。 「優斗さんもなんとか言ってくださいよ」 「うーん。でも、みんな可愛いよ?」  渋る千尋と雅彦を余所に、最年長の優斗はこの状況に順応してしまったようで、飄々と成人の隣を歩いている。千尋と雅彦は、仲間が減ったことに頭を抱えた。 「というか俺たちはどこに向かっているんだ」  問いかける雅彦に、成人は鼻歌交じりに答える。 「せっかくおめかししたんだから、駅前をぶらぶらして可愛い喫茶店でお茶でもしようよ。女子会、女子会」 「男しか居ないんだけど」 「じゃあネコ会かな」 「ネコの意味を追求したくない」 「まあ、僕はまだイタしてないからネコ(予定)だけど」  年少二人がそんな会話をしていると、千尋が突然奇声をあげた。 「あああああああああ!!」  彼の視線の先には見慣れたハンサムが。 「千尋さん!? 何してるんですか!?」 「ゆ、遊馬……」  千尋があわあわと優斗の後ろに隠れると、成人はさらにその前に立ちはだかり、両手を合わせて遊馬に告げる。 「ごめんねプリンス、僕を含めたプリンセスたちはこれからネコ会だからタチはお呼びでないんだよ。というわけで――行くよ、雅子ちゃん優子ちゃん千子先輩!」 「千尋はそのままで良いんじゃない?」 「俺、優子より優香が良いな」 「行くよ、雅子ちゃん優香ちゃん千尋先輩!」  遊馬を避けて走り去る四人を、遊馬は呆然と見送った。  間を空けずに千尋のケータイに『後で二人の時にもその格好してください』とメールが届いた。 「雅子ちゃんったら、折角可愛い恰好してるんだから甘いもの食べればいいのに」  男だけでは入りづらいスイート・ファンシー・ポップでキュートなカフェで、成人はスフレパンケーキにホークを入れながら、隣でコーヒーをブラックのまま啜る雅彦に対し、口を尖らせる。 「甘味は好きじゃない」 「知ってた~」  雅彦のそっけない返しに成人は不満げな表情を一変、悪戯な笑みを浮かべた。 「ところで、ナルちゃんはどうして突然俺たちにこんな恰好させようと思ったの?」  二人のじゃれ合いの合間に、優斗が疑問をぶつけると、成人は意味ありげな視線を返した。 「それはねぇ、君のせいなんだなぁ」  それはプリンセスの仕事を終えて帰った午後6時過ぎ。カーテンを開けたままの窓から差し込む光が、部屋を夕焼け色に染めていた。  玄関扉を開けて一目で見渡せる部屋の中心では、先客が二人寄り添って眠っていた。成人が常日頃ネコの中のネコ、キングオブネコと称えている優斗とその彼氏の圭斗である。  普段圭斗相手にだけは素直になれない優斗が、眠っている間は大人しく彼の腕に抱かれているのを見て、成人は思い立った。 「――そうだ、ネコに女装させよう。と」 「いやいやいやいや」  どうだ、と言わんばかりに一人で頷く成人に、優斗は全力でつっこんだ。 「つっこみどころ多すぎ! ナルちゃんは帰ると言ったら石井のアパートなの!? キングオブネコって何!? 極め付け今の話に女装が一切関係ない!!」 「だからその時、これがキングオブネコの究極の姿か! と一瞬思ったんだけど、あれもしかして女装させた方がより一層ネコになるんじゃないかと閃いたわけさ」 「もう訳が分からない」  頭を抱える優斗の肩に、千尋がポンと手をついてゆっくり左右に首を振った。 ****** 「ぬぅぅ、もうお家帰りたい……」  優斗は一人、歩道のベンチに腰かけて顔を伏せた。  雅彦はカフェを出てすぐに、祐介と真琴に連れ去られた。彼らはあのファンシーなカフェに何の抵抗もなく男二人で休憩しに来たらしい。衝撃だ。成人はコーチのバッグで雅彦を売った。衝撃だ。  その後、優斗は慣れないヒールで靴擦をしてしまい、千尋がコンビニに絆創膏を買いに行ってくれた。成人は女装に慣れていない優斗とついさっきまで一緒に居てくれていたのだが、偶然、態と女性二人が何やらもめているのを見つけて行ってしまった。  優斗に痛みを我慢して成人と一緒に行く選択肢はなかった。千尋を待っていなければいけないし、実は態ともめている二人は大学の知人だったのだ。こんな姿を見せられるわけがない。  結果優斗は人の行きかう通りのベンチに一人佇んでいる。とてつもなく心細い。アパートを出てすぐの高揚はすっかり冷めて、今はただただ早く帰りたかった。 「見捨てるなよ、坂本兄!」 「やめろ、もうお前の失恋話は聞き飽きたっつーの!」  そんなか耳に届いた会話に優斗はヒッと身を縮めた。 (いやぁぁああ!! 何でお前らが居るんだよぉぉおお!?)  震えながら心の中で荒ぶる。圭斗と大学の友人がすぐそこまで来ていた。 「お前が求めてるタイプの子は合コンなんか来ないんだよ、この合コン魔が!」 「合コン魔って響きが強姦魔に似てて人聞き悪いからやめろよ! 合コンマイスターと呼べ!」  馬鹿な会話をしている二人に、「気づくな、早く通り過ぎてくれ」と念じるが、その甲斐なく優斗の目の前で二人は立ち止まった。 「お一人ですか? 可憐な御嬢さん」 (ぴゃぁぁああ!!??)  臭い台詞で接触してきた女好きの友人に、優斗は冷汗を掻きながら「いえ、あの、その」としどろもどろに応える。 「靴擦れかい? 可哀そうに」  靴から浮かせている優斗の血の滲んだ足を見て、友人が心配してくれる。しかし、優斗は顔を伏せたままただ(どうしようどうしようどうしよう)と目を回した。 「可愛いね、恥ずかしがり屋なのかな?」 「分かった、お前には愛が無いんだ」  そうしている間にも優斗相手に歯の浮くような言葉を紡ぎ続ける友人に、圭斗がポンと手を打って言った。 「ちょっと待て兄、こっち来い」  一人で納得する圭斗を慌てた友人が少し離れた場所に連れてく。 「良いか、ここに可愛い女の子がいる。彼女の前で俺を貶めるのはやめるんだ」 「いやだって、さっきまで振られただなんだって言ってたくせに、早速ナンパはおかしいだろ。もっと誠実に生きろよな」 「過去の恋愛に縛られてた何も前進しないんだよ! どんどん新しい恋を見つけねぇとダメなんだよ!」 「もう勝手にしろよ面倒くせぇな」  二人がい合う様子を会話は聞こえないながらも窺っていた優斗は、次の瞬間ビャッと肩を跳ねさせた。振り返った圭斗とばっちり目が合ってしまったのだ。慌てて目を逸らし再び顔を伏せる。心臓がバクバクうるさく鳴った。 「これから予定は? 良ければ家の近くまで送って行きましょうか?」  再び優斗に声を掛ける友人の横で、圭斗はひっそりと眉を寄せる。 「いや、お構いなく。友人と一緒なんです。いま絆創膏を買いに行ってくれていて……」 「じゃあ、お友達が戻って来るまでお話しようじゃないか。こんなところで一人で居たら危ないよ」 「いえ、ほんと、お構いなく……」 「なあ」  会話に割り込んで掛けられた圭斗の声に、優斗はついに「ひぃっ」と短く悲鳴を上げた。  足元にしゃがみ込んで、伏せた顔を覗き込んできた圭斗の距離の近さに優斗は反射的に顔をあげて彼から距離を取った。 「えーと、優子ちゃん?」 「優香が良いな!……あ」  優斗は体からさーっと血の気が引いていくのを感じた。 「あ、あ、あ、あ、」 「落ち着け優香」 「こ、これには理由があって! だから、……引かないでくださいぃぃ……っ」  口元を手で覆って瞳を涙で揺らす優斗の顔をまじまじと見つめた圭斗は、思わず「うわぁ……」と声を漏らした。 「うわぁって言われた!」 「いや、ちがう! 超かわいい! 大丈夫だ!」 「本当に? ひいてない?」 「ひいてないってかこれ俺のじゃん! 残念だったな川島! ははははは!!」  優斗に自分の靴を踏ませて無理矢理立ち上がらせた圭斗は、溺愛する恋人を衝動のままに抱きしめ声高く笑う。 「何この茶番」  状況を理解してしまった川島は真顔で呟いた。 「良いでしょ石井君、たまには遊ぼうよ~。美味しいケーキ食べよ! 学校帰りに寄り道するくらい浮気じゃないでしょ?」 「浮気とか浮気じゃないとかいう問題じゃないんだが」  腕に絡みついて猫なで声で誘惑する女に、態はげっそりした様子で片手で頭を抱えた。 「そんなに束縛強いの? やめた方が良いよ、石井君には合わないよ」 「よしなさいよ宮路さん、無理を言うものじゃないわ。それに、彼女を大切にするのは良い事じゃないの」 「元カノは黙ってなさいよ」  どうしてこんな状況になってしまったのか。態はいつもどおり川島の話をなあなあで流してさっさと帰ろうとしただけなのだ。こんなことなら川島に付き合った方がよっぽど良かった。  態はこの宮路という女がどうにも苦手だ。少し前からよく絡まれると感じてはいたが、程度の差はあれど男皆に媚を売っていたようだから気にしないようにしていたのだが、どうやら自意識過剰でなくそういう意味で好意を持たれていたらしい。元カノの聡美には宮路に注意するようにと言われていたのに迂闊だった。そもそも聡美も気にかけてくれるのは嬉しいが、元カノというだけでややこしい。カオスだ。 「くーま!」  態が宮路に何度目かの断りを入れていると、細身の体がぶつかってきた。 「ナル!?」  どこからともなく現れた成人は、態の腕に絡みつく宮路を力づくで引きはがすと、態の腰に腕を回して抱き寄せた。 「この人たち誰?」 「あー、大学の……友人?」  顔を覗き込み笑顔で尋ねる成人の彼氏力に、態はしどろもどろに答える。 「あなたが石井君の彼女?」  突然の乱入者にポカンとしていた宮路が、はっと気を取り直して尋ねた。 「そんなようなものです」 「ふーん」  宮路は腕を組んだ高圧的な態度で、成人の体を上から下まで視線でなぞった。 「顔は良いけど、スタイルがね……棒切れみたいじゃない」 「おねぇさんはスタイル良いね。顔もそこそこだしモテるんじゃないですか? 羨ましいな。彼氏は何人?」 「私、こう見えて一途なの」 「ふーん。それで、熊にモーションかけてたの?」 「遊びに誘っただけよ」 「おねぇさんが言うと卑猥に聞こえるー、やだー」  目の笑っていない笑顔で言い合う二人に、態は体感温度が二度ほど下がった気がした。ここに優斗が居たら震えて泣いていただろう。そんな現実逃避の妄想をする間にも、二人の罵りあいはヒートアップしていく。 「ちょっとこの子失礼なんだけど」 「他人の彼氏にしつこく付きまとってきて不愉快なんだけど」 「彼女だからって独り占めするの?」 「別に友好関係に口出すつもりはなしけど、おねぇさん熊のこと好きでしょ? まさか気づかれないと思ってるわけじゃないよね? 自分の彼氏に好意を持った女がべたべたするのを黙って見ている人が居るの? 何それマゾなの? それが当たり前みたいに言ってるおねぇさんは被虐趣味のマゾヒストなの? 寝取ら趣味なの? 特殊性癖なの?」 「そんなこと言ってないでしょ! どうせ未だに手も出されてないくせに、そんな質素な体だから欲情されないのよ! あんたなんか顔しか見てもらってないんだわ!」  その言葉に血が上ったのは成人ではなく、態の方だった。意図的に成人を傷つけようとする彼女を許せなかった。かっとなって拳を握る。しかし、その手首を成人が掴んで止めた。  態の怒りを正面から受けた宮路はびくっと震えて後ずさる。 「こういうのは手を出した方が負けだよ。熊がこの女に責任取れとか迫られたら、僕泣いちゃうから」  成人は怒りに顔を染める態の正面に回り、首に腕を回してしなだれかかる。彼の瞳に映る者が自分だけになったのを確かめると、酷く魅惑的に尋ねた。 「ねえ、僕に欲情しないって本当?」  別の意味で顔を染めた態は、悪戯にうなじを撫でてくる手を外して深い息を吐いた。 「お前、俺がどれだけ我慢してるか知ってんだろ」 「えー、でも誘ってもノってこないしさー」 「あれほんとやめてくれ」 「僕はいつでも歓迎なのに」 「キスで泣き出す奴がよく言うな」 「そこは熊が宥め透かして気持ち良く慣れさせてくれないと、ね」  軽口を叩く成人に、態が半目になって彼の額を小突くと、「いでっ」と大げさに声を上げて、額を抑える。 「宮地さん諦めた方が良いわ。態ちゃんの態度、私の時と全然違う。殴りたい……って、ちょっと!?」  二人のじゃれ合いを傍観していた聡美が、米神をひくつかせながら宮路を伺うと、彼女はしゃがみ込んでぼろぼろ泣いていた。 「こんな石井君初めて見た……ずるい……」 「やめてよ。僕が泣かせてるみたいじゃない」 「今時ボクっ子とか流行らないんだからね!」  マスカラが滲んでパンダになっているが言い返す元気はあるらしい。聡美は彼女に無残な顔をふくようにハンカチを差し出すと、その手を引いて立たせてやる。 「ああ、もうほら行くよ。ケーキ食べるんでしょ?」 「……うん。聡美ちゃん好き……」 「ごめんね絡んじゃって。ナルちゃんだっけ? 私がこう言うのもおかしな話だけど、態ちゃんのことよろしくね。態ちゃんはまた学校で」  聡美は宮路の背を支えながら去って行った。 「熊の元カノなんであんな女と友達やってるの?」 「いや、友達じゃなかったと思うぞ?」 「え、じゃあ今友情が芽生えたの? すごっ」 「というかナル、お前なんでこんなところに居るんだ? 一人か?」  態の問いに成人は一瞬きょとんと眼を瞬き、次の瞬間、 「あー!!」  声を響かせた。 ****** 「優香ちゃんごめんね待った? ってカップルだ!」  成人と態が優斗を残したベンチに戻ると、優斗と圭斗が抱き合っていた。 「どうして優斗は圭斗にしがみついてるの?」 「俺にも分からないよ」  コンビニの袋を持ったままの千尋に尋ねるが、彼も困惑顔で首を横に振る。 「なあなあ石井、なんで俺は女装したホモのラブシーン見せられてんの?」  どんより雲を背負った川島に縋られた態は、「一組増えて悪いな」と返した。


To be continued