ユニットNG


 

M男に好かれすぎてもユニットは組めない

   実は最近、M男につきまとわれて困っています。  発端は先月の学園祭で、女装コンテストに出場したこと。  「ねえ、照。一緒にコンテスト参加しようよ。陽も入れて三人で。」  夏休みが明けたばかりの八月下旬。まだまだ真夏日が続くし、休み明けだしで、何となく怠い、そんな季節。しかし中学二年の二学期は、文化祭に修学旅行と大きな行事があり、生徒の気力が戻るのもすぐだった。  とりあえず目前の行事は学園祭。クラスの企画決めや何やら今が一番楽しい時期だ。  学園祭の催しものは基本クラス対抗で評価を競い合うのだが、それとは別に参加者本人に票が入る、女装・男装コンテストがある。  今、藤本照と藤本陽は弟・光に女装コンテストに誘われていた。ちなみに陽とは照の双子の兄である。四月二日生まれの照と四月一日生まれの陽は双子だが学年が違う。  この三人兄弟、はっきり言って美形である。  天使の輪を持つ緑の黒髪。吸い込まれるような黒曜石の瞳と、青みがかって見えるほどに清らかな白目、それを縁取る長い睫毛。切れ長の瞳は涼やかだ。シルクのようにきめ細やかで、透き通るように白い肌。柔道で鍛えた肉体は、筋肉が付きすぎているわけでもなく、引き締まり、しなやか。薄い唇に酷薄さを感じるほどの人知を超える美貌の照・陽。  自然な金色の髪はうさぎのように柔らかく暖か。澄んだ青い瞳に、清らかな白目。大きな瞳を縁取る豊富な睫毛はくるんと上をむいている。白い肌のなか、頬だけが淡いピンクに染まり、ぷっくりと柔らかそうな唇はチェリーピンク。柔道をしているとは思えない、細く滑らかな躰の線。天使のように可愛らしい光。 「三人でアイドルユニット組もうよ。きっと楽しいよ。」 「良いよ。」  可愛い弟の頼みだ。断れるはずもない。 「やった!嬉しい!」  そう言ってはしゃぐ光に、この笑顔のために生きてる!と、照は心の中でガッツポーズをした。 「ちなみに、男装コンテストには俺と太陽が出るから。」  昼休みの教室でこんな話をしていると、幼馴染の山田太陽(サン)、愛場千晶とその双子の姉の明が話に加わった。 「千晶に勝ち目はあるのですか?」 「うるせえよ。」  照の意地悪な質問に、苛立たしげに答える彼女の身長は一四〇センチ強、童顔。対する太陽は一七〇センチの長身、切れ長の瞳の凛々しい大人びた顔つき。  幼い頃から男のような恰好を好んでしている千晶が男装コンテストに参加することは当然のこと。しかし悲しいことに、たとえ千晶が男の格好をして、太陽が女の格好をしていたって、大抵の人は太陽の方が男前だというだろう。 「可愛いっていう理由で票が集まるかも知れないじゃない。」 「…それじゃ意味ないだろ……。」  明のフォローになっていないフォローに千晶は脱力した。 「そっかー、じゃあ太陽ちゃん髪の毛切っちゃうの?」  太陽は、あまりに男らしいために、少しでも女の子らしく見えるように髪を伸ばしてほしいと親に言われ、セミロングの髪をバレッタで纏めている。 「そのつもりなんだけど、弟に大反対されてる。」 「なんて?」 「俺のガールフレンドをこれ以上誑し込むつもりかぁ!って。」  これ以上と言うことは今でも十分誑し込んでいるということである。彼女の男前ぶりには頭が下がった。  当日。藤本兄弟のパフォーマンスに会場は大盛り上がり。光の音痴っぷりを除いて大成功。三人はグループ優勝した。しかしそのおかげで女子だけでなく男子のファンまで大量にできてしまった。  三人の下駄箱には毎日男子からのラブレターが。放課後には告白が。断って諦めてくれるならそれでよし。諦めなくても害が無ければそれでよし。しかし、中には例外もいる。  その中でも特に性質が悪いのが影木診。顔は良いし、背も高くて無口なこいつは女子からの人気も高く、ミステリアスだと騒がれるのに、その本性はドMの変態。そうと知れば、きれいだなんだと持て囃される艶やかな長髪さえ男のくせにと、変人の象徴のように見えてしまう。  何故か照にのみ付きまとい連日のようにユニットを組もうと迫ってくる彼に、 「うざい、きもい、死ね。」  などと言ってもご褒美にしかならない。照は心底迷惑に思っていた。  ちなみに男装コンテストは太陽が優勝した。 ******  「照、連休のお土産だよ。」  影木診は藤本照にしか見せない笑顔で紙袋を差し出す。  その笑顔を見てしまった女子生徒達がふらふらと倒れた。それほどの美しさ、それほどの威力。  その笑顔を真正面から受け止めた、これまた美しすぎる少年の反応は――極悪。  診にしか見せないいらだち、憎しみを込めた視線で睨めつける。 「そんな目で見ないでよ、興奮する。」  ポッと頬を染める診は異常だ。 「うるさい。気持ち悪い、おまえ。分かってる?」 「ああん、もっと言って」  ゴッ  あ、しまった。手がでた。  別に喧嘩をしない主義とかいうつもりはない。こんなけ気持ち悪い人がいたらふつう手がでるよね?  でも、こいつは―― 「はあ、…だめだよ照、こんなところで…はあ、はあ…」  喜ぶから―― 「殴らないって決めてたのに…」 「フェミニストだね!」 「フェミニストは女性を大切にする人のことを言うんだよ。馬鹿が。」  おもいっきり見下してやる。 「俺につれなくするのは俺が特別だからだろ?」  そんなわけがあるか。 「分かってるよ。俺にとっても君は特別な存在、お土産を受け取ってくれるね?」  誰だこいつを無口だとか言ってるのは、しゃべりまくりじゃないか。 「断る。」 「…そうか、なら仕方ない。これは光に渡そう。」 「貰う。」  大事な弟をこんな奴の毒牙にかけられてたまるか。  紙袋を奪い取り、振り返らずに教室に入った。  「ねえ、太陽ちゃん、一緒に帰ろう?」  放課後、山田太陽のもとにやってきたのは藤本光。 「照と一緒に帰らないのか?」  光はいつも大好きな照と一緒に帰るのだ。 「それが…」  光は言葉を濁し、そっと視線を移す。その先にいるのは照。 「…うわ。」  その周りだけ空気が淀んでいる。  そしてまた視線を移す。その先にいるのは診。 「…げ。」  その周りだけ空気がピンクだ。 「太陽ちゃん、僕、今日は帰りたくない!」  今日は帰りたくない。一度は彼女に言われたい台詞だ。ちなみに太陽は女だが、光に言われれば嬉しい。 「じゃ、うち泊まるか。」  太陽、光お持ち帰り。  「ただいま。」 「おかえり、陽君。遅かったね?早速だけど――俺の部屋で一緒に遊ぼ?」  帰宅した陽を照が背筋の凍る笑みで出迎えてくれる。  照は陽の腕を掴み、引きずるようにして自室に連れ込むと、首尾よく敷かれた布団に転がした。 「え、何?」  どこから取り出したのか、照の手には何やら奇怪な物体が。動力部分から伸びた細い管がウネウネと動いている。 「何、それ。」 「大人の玩具。尿道刺激編。」 「何それ!?」  逃げようと暴れるが体制が悪い。組み敷かれた状況からの形勢逆転はなかなか難しい。 「自分と同じ顔の奴襲って何が楽しいんだよ!?」 「同じ顔だからこそ、あの変態の気持ちが分かるかと思って。」 「嫌だ――っ!!」  ――暗転。 ******   翌日、帰宅した光は兄の変化に驚きの声をあげた。 「どうしたのその頭!?」  陽の髪が金に染められていたのだ。 「…少しでも、照と違くなろうと思って……。」 「髪型変えたって同じ顔に違いないんだけどね。」  照の残酷な答えに陽は顔を青くする。  陽の災難は終わらない。可愛い弟を恨みきれない自分と、元凶である診を呪った。





 

M男に好かれすぎて夜も眠れない

 修学旅行の部屋割りは学校によって様々だ。大部屋だったり、5、6人部屋だったり、2人部屋のところもあるらしい。  藤本照の通う山百合中学は大部屋。クラスの男子18人がみんな寄せ合って布団を敷いた。 「照!一緒に寝よう!」 「良いよ。」  笑顔で近寄ってきた光に笑顔で答える。 「あー、今日はいっぱい遊んだなー。」  いつも元気が有り余っている光もさすがに疲れたのか、ぼふっと布団に倒れこんだ。 「たくさん廻ったしね。」 「うん!でも、新選組の劇が見れなかったのは残念だな。」  無念だと、口を尖らせる光を慰めるように、その髪を梳き、膨らんだ頬にキスを落とした。 「定休日は確認しておくべきだったね。」 「ムー…。――きゃっ!」  唸り声が悲鳴に変わった。光の顔面めがけて枕が飛んできたのだ。 「兄弟でいちゃついてんじゃねぇよ。」  声の方を見ると、短い赤毛をバンドで留めた小柄な少女が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。 「千晶!」 「なんで女子がここに居るんですか。」 「うっせーな。消灯前には帰るっつーの!――ぎゃっ!」  生意気そうに口角をあげた彼女を、背後から枕攻撃が襲う。つんのめった彼女を中学生にあるまじきダイナマイトボディの美少女が指さして笑った。犯人は彼女である。 「千晶!だっさいわ!」 「…明……。」  そうこうしているうちに、皆が便乗して部屋中を枕が飛び交い始めた。 「それっ!俺らもまぜろや!」 「うわぁ!やったな!」  埃アレルギーの人がいたらできない行為である。幸いそういう生徒はいないらしい。結局まくら投げは見回りの先生に怒られるまで続いた。 ******    深夜、照は布団に入ってきた他人の気配に目を覚ました。背中に張り付いた感触にぞっとする。  ――光じゃない。  距離を置こうとすると腕を掴まれ背中に圧し掛かられる。  押し付けられる熱い体と吹き付けられる熱い吐息に恐怖を覚えた。硬い体は確実に男のもの。尻にあたる硬いものが、照に身の危険を感じさせた。  布団との間に無理やり差し込まれた手がゆっくりと脇腹から胸を這っていく。  気持ち悪い。  逃げたいのに押し付ける力は強く、逃げられない。苦しいほどの圧迫。  胸の突起に指を掛けられて体が跳ねる。相手の鼓動が早くなったのが分かった。そいつは鼻息を荒くして照の耳朶に直接吹き込むように名前を呼んだ。 「照。」  その声にひっと喉が鳴る。 「なんでお前がここにっ!」  それは彼がもっとも厭う男、影木診の声。その甘ったるい声を聴くだけで全身が泡立った。 「騒ぐとみんな起きちゃうよ?」  服の上から二つの突起を捏ねられて疼くような感覚に頭が沸騰しそうになる。これは怒りだ。嫌だ、触るな! 「照、乳首勃ってる。」 「――っ!」  悔しくてシーツを力いっぱい握る。服をまくり上げた診は今度は直にそこに触れ、摘まみ、引っ張った。 「んぁ…っ。」  思わず漏れた声に死にたくなる。なんでこんな奴にっ! 「照、可愛い。」 「うるさい…っ!」  彼の手がスエットの頼りないウエストを超えて、一番触れてほしくないところに到達する。男の急所を知り尽くした手がそこを蹂躙すると、嫌でも高ぶってしまう。  診は徐々に息を荒くする照に意地悪くささやきかけた。 「エッチな躰だね。嫌いな相手に触られて、こんなにしちゃうんだ?」  反論したいのにできない。気持ちに反してそこはすでにとろとろと蜜を溢れさせていた。わざとらしく、くちゅくちゅと先っぽを擦られる。その水音が照に信じたくない事実を突き付けていた。  もう限界が近いのに、与えられる刺激は嫌に緩慢で、じれったい。 「照、可愛い。このままじらして朝まで悶える姿を見ていたいよ…。」  ふざけるな!  そう言ってやりたいのに、枕を噛んで声を殺すことしかできない。ちゃんと触れだなんて言えるはずもなく、だからっと言って逃げることもできない。茎を優しく上下に擦られて、いつの間にか腰が揺れていた。  もっと刺激が欲しい。  背骨をとがらせた舌で舐められて、下っ腹が痙攣した。 「そんなエロい反応されたら、我慢出来ないよ。」  体をひっくり返されて、向かい合わせになる。診は自身の熱い滾りを取り出すと、照のそれと一緒に扱きだした。突然与えられた強い刺激に、照は思わず彼の背に腕を回し、しがみつく。強いストロークが亀頭の溝に差し掛かるたびに、背がしなった。向かい合った彼と自分の乳首同士が擦れてそこからも甘い刺激が加わる。  尿道を強く擦られて、びゅっと飛び出した精液はお互いの腹に放たれた。 ******  「照!舞妓さんになろうよ!」 「良いよ。」  祇園に着くとすぐに光が誘ってきた。  一晩で彼の体力は十分に回復したのだろう。跳ねるように歩く彼はとても楽しそうだ。 「千晶と明と太陽ちゃんも一緒に舞妓さんの格好しよう!」 「私はちょっと…」  光の誘いに、この中で一番男前な太陽が言葉を濁らせると、ここにはいないはずの男がここぞとばかりに割り込んできた。 「では、代わりに俺が舞妓になろう!そしてそのままユニットを組もうじゃないか!」 「テメェはお呼びじゃねぇんだよ。」  というか、何故違う班のこいつがここに居るんだ。  照が自然についてきている診に射るような視線を送ると、それを正面から受け止めた診が、ポッと頬を染めた。  Mが、きもいんだよ。 「相変わらずつれないな…」  彼は大げさな身振りで照に近づくと、逃げようとする照の頭に手を回し、耳元で囁いた。 「――昨日はあんなに可愛かったのに。」 「――っ!」  照は怒りと羞恥で顔を真っ赤に染め、診を突き飛ばした。地面に転がった彼を他メンバーの制止を振り切って踏みつける。  くそ、くそ!こんな奴大っ嫌いだっっ!!





 

M男に好かれすぎてもストーキングは許せない

「照、嬉しそうだね。」  二学期の終業式。校長の長話、生徒指導のくどい注意の間も、藤本照は笑顔を崩さない。いつになく上機嫌な兄に、光は自分まで楽しい気分になった。 「冬休みにはあいつに会わなくて済むからね。」  冬休みは学校に来ない。学校に来なければ嫌な顔を見ないで済む。  式が終わり、照が帰ろうと教室を出ると、例の通り例のごとく影木診が背後から飛びついてきた。 「照!これからしばらく君に会えないだなんて!」 「うるさい。」  照は診の鳩尾にエルボーをかますと、崩れ落ちる彼を一瞥することも無く歩き出した。だから知らなかった。背後の彼の口元が不気味に歪んでいることに。  冬休みは学校に行かない。学校に行かなければ愛しい彼に会うことができない。  ――冬休み中彼に会えないなんて辛すぎる!そんな冬やすみは許さない!  愛しい彼の写真が壁一面に張られた部屋で、影木診は等身大の彼が印刷されたシーツに横たわり、等身大の彼が印刷された抱き枕を抱えて下半身に手を伸ばしていた。  くちゅくちゅという水音と彼の吐息が響く部屋は、閉め切られて鬱々としている。  天井に貼られた等身大の写真を眺めつつ。診はスピーカーの音に集中した。  扉を開け、閉める音。続いて鍵をかける音がして、金属の擦れる音とジッパーを下げる音が続いた。  トイレに入った気配に手の中の自身がビクビクと震える。放尿する彼を視姦する妄想で何発でも抜けそうだ。  今、自分が彼の前に現れたら、彼はどんな反応をするだろうか。きっと恥ずかしい場面を見せまいと、俺を怒鳴りつけるのだろう。しかし、一度出始めた尿を止めることはできずに、羞恥に顔を真っ赤に染め上げるに違いない。  ――ゾクゾクする。  診は抱き枕の頭を下にしてベットに組み敷き、カニばさみにして股間を擦り付けた。枕に印刷された照の股間に顔を埋めて印刷の彼に顔射する。 「――はぁ、はぁ…っ。照、可愛いよ…。僕の照…。」 ******  「……なんだよ、これ。」  照は自室の前の廊下に庭を向いて腰を下ろしていた。藤本家の庭側の廊下はすべてガラス戸で仕切られており、その戸を開けると縁側のように使うことができる。冬でも暖かい日はこうして、半纏とひざ掛けをお供に、風を感じて日向ぼっこができるのだ。  眉間にしわを寄せる照の手の中には、家族写真の入ったペンダント。ペンダントトップをスライドさせると写真が出てくる仕組みだ。両親が海外で働いている藤本兄弟は三人ともこのペンダントを肌身離さず持っていた。  そのペンダントトップの裏側に、銀メッキで加工されたパッチのようなものが張り付いている。 「あれ、それってもしかして…。」  お茶とお菓子を持って陽が帰って来た。渋い緑の湯呑からは白い湯気がたっている。 「陽君知ってるの?」 「いや、この前テレビで…。」  言おうとして、言葉を詰まらせる。照に降りかかる火の粉は近いうちに自分にも降りかかってくるのだ。  陽は湯呑を照に手渡し、丸盆を脇に置くと、照のひざ掛けに一緒に入った。 「何?」  照に促されて陽はおどおどと視線を泳がせる。 「…盗聴器かなって……。」  キンと澄んだ空気が、固まり、気温が二、三度下がった気がした。 「何してんだ?」  つかの間の沈黙を破ったのはハスキーな少女の声。 「千晶。」 「あなたが何してるんですか。」  突然現れた幼馴染を呆れ顔で迎える。今は彼女の後ろに光が居るので彼が入れたようだが、彼女は不法侵入の常習犯なのだ。 「良いじゃん。匿ってくれよ、明に追われてんの。」 「新しい薬の被検体にされそうなんだって。」 「本当、何してるんですか…」  千晶は照を無視して、お茶請けの十円饅頭に手を伸ばす。塩加減が絶妙で、彼女はこの家で食べられるこの饅頭がお気に入りだった。 「千晶。これ、どう思いますか?」  光がひざ掛けを持ってきて千晶と一緒に入る。落ち着いたところで、照が千晶にさっきのパッチを見せた。 「ああ?盗聴器だろ?どうしたんだよ、そんなもん。」 「ああ、本当に盗聴器なんですか。…実はですね、このペンダントに仕掛けられてたんですが。」  そう言うと千晶が何故か楽しげに笑みを浮かべる。 「逆探してみるか?頑張れば逆にあっちの音拾えるかも。犯人分かるかもだぜ。」 「そんなことできるんですか。」 「天才だからな。」  偉そうに胸を張る千晶。 「犯人は大体分かりますけどね。」 「まあまあ、そう言わずに。面白そうじゃん。」  本当に楽しんでいたのか。他人事だと思って。 「…まあ、良いですけど。」  このままにしておくのも気持ちが悪い。照が答えると千晶は早速鞄から道具を取り出し、作業に取り掛かった。  『太陽ちゃん。今ね、家で面白いことしてるから来てよ。』 「面白いこと?」 『うん。照が盗聴されてたから、逆探して逆にこっちが盗聴するの。』  光に呼び出されて彼の家に着く。チャイムを鳴らしても誰も出てこないので、庭に回ると、藤本兄弟と千晶が機械に埋もれていた。 「お前らなにしてるんだよ。」 「あー!太陽ちゃん!」  駆け寄ってきた光の頭をなでてやる。もう一度しゃべりかけようと口を開くと、鋭い口調で千晶に静止された。 「静かに!今繋がりそうだから!」  その場にいた全員が一斉に耳を澄ませる。 『――はぁ、はぁ…。照、ダメだよ、そんなっ。――あっ、あっ、ぅんン…っ』  聞こえてきたのは影木診の喘ぎ声。 「……」  訪れる沈黙。  予想していた通りの結果に四人は恐る恐る被害者を窺った。 「…照。」 「――ちょっと殺ってきます。」 「何を!?」  立ち上がった照の瞳がどす黒く燃えている。 「あ、住所分かったぞ。」  照は千晶が書き留めた住所を受け取ると氷のように冷たい表情のまま立ち去った。 ******  玄関を開けた診は、そこにいた愛しい彼に喜びの声をあげた。 「照!」 「おまえ、いい加減にしろよ!」 「君の方から会いに来てくれるだなんて!」  彼は眉をきりきりと吊り上げてねめつける照に全く動じず、あまつさえその長い腕を照に伸ばそうとする。照はその手をパンと払うと、にやりと狂気に満ちた笑みを向けた。 「殺りに来たんだよ。」 「ヤりに来ただって!?」 「ちっがう!」  どこまでもマイペースな彼に例のパッチを投げつける。 「てめえの盗聴器から逆探したんだよ!キモイことしてんじゃねぇ!」 「逆探してまで会いに来てくれるだなんて!」 「違う!」  轟々と吠える照に懲りずに手を伸ばす診。払おうとした照の手をぱしりと掴み、引いた。バランスを崩し、胸に倒れこんできた彼の脇から腕を通し、しっかりと抱きしめる。 「ギャ――ッ!!」  叫び声をあげる彼の首筋に頬擦りをする。ぶつぶつと鳥肌の立った肌が頬を刺激して、診はその快感に酔いしれた。 「ツンデレだね!そういうことなら、早速愛を深め会おうか!」 「ばか!放せ!」  そのまま照を家に引きずり込もうとすると、照は逃げようと暴れ出す。診は恥ずかしがり屋の彼の頬を慰めるように優しくなでた。 「愛しい君を放しはしないよ。マイスイートハニー。」  固まる彼の耳もとで最大限甘くささやく。 「今夜は帰さない。」 「嫌だ――っ!!」  照の叫びは誰にも届かなかった。





 

M男に好かれすぎた弟が怖い

 誰かに尻を撫でまわされる。最初は、当たっただけかと思った。しかしその手は執拗に人の尻を揉みほぐし、少し下がって内股を擦ったりする。  電車内は押しつぶされそうなくらいの飽和状態。帰省ラッシュに巻き込まれた照は車両同士を結ぶドアの横の壁に押し付けられていた。  バレンタインに痴漢にあう男子校生なんて悲しすぎやしないか。  こんな時間に電車に乗ることになったのは、今日が日直だったから。帰り際に担任が仕事を押し付けてきたからだ。  藤本兄弟のバレンタインはほぼ全校生徒との戦いだ。容姿はもちろんのこと、大人しくて人当たりの良い陽と、誰にでも明るく話しかける光、クールな照も男女ともにモテる。その上、特に誰にと言う訳ではないが、誰かにチョコレートを渡してみたいという企画に乗っただけの連中まで気軽にチョコレートを渡してくる。数が多い分、自分が渡してもさして気にしないとでも思うのだろうか。大量のチョコレートの重量は甘くはない。パンパンになった学生鞄を弟が持って帰ってくれたのが幸いか。  満員電車で窓ガラスが割れた事件があったと聞いたことがあるけど、ここなら心配ないな。なんて、最高にいらだたしい気持ちをなんとか治めようと努めていたところだった。  手が動くたびにぞくりと悪寒が走る。それでも抵抗しないのは怖いからだ。抵抗すれば、自分が痴漢にあったことが周囲にばれるのが怖い。しらを切られるのが怖い。何より抵抗したときに何をされるか分からなくて怖い。  照が抵抗しないのを良いことに、手は徐々に上がってくる。腰から手が回ってきて、腹を撫で、胸に到達する。柔らかな肉がひくりと動いた。 「…はあ、はあ、照ぅっ…!」  耳に吹き込まれた声に鳥肌が立つと同時に恐怖が怒りに変わった。  ガンッと音をたててそいつの足を思い切り踏みつける。 「何してやがる!影木!」 「あぁん、もう、…し・ん・ら・つ。」  しかし、ドMな彼はご褒美とばかりに息を弾ませる始末。当然その手の動きは止まらない。 「ちょ、お前、やめろ!」   診は小声で牽制する照にお構いなしに、首筋に舌を這わせ、胸の突起を捏ねる。 「――っ!」  首筋を滑るぬるりとした感触に、胸の何とも言えない感覚に息を詰める。  そんな照に可愛いとささやくと、彼は射殺すような視線を寄越した。診の背中をぞくぞくと快感が這い上がってくる。 「声、出すと気付かれちゃうよ?」  耳を嬲って、ささやきかければ、腕の中の彼が身震いしたのを全身で感じられた。ほんと、僕の照ってばなんて可愛いんだろう。 「くっそ…っ」  修学旅行の時といい、こうして照が抵抗できないような場面を選んでくるのだからたまったものではない。照は右手の甲で口を塞いだ、そうすると左手でしか抵抗できない。好き勝手に動き回る手に与えられる、じくじくと疼くような刺激に、感じているだなんて絶対に認めたくない。体を硬くして感覚をやり過ごそうとするが、彼の匂いと温度に思考が溶かされていく。  手の動きが緩慢でじれったいのが悪い。ゆるゆると動く指先は乳首の芯までは刺激してくれない。  ――触るならもっとちゃんと触れ!そうじゃなきゃ触るな!  そう怒鳴りつけてしまいたい衝動を抑えた。  触ってほしいと思って身を乗り出せば、指はすっと逃げて。逆にこっちが逃げれば、追ってくる。寧ろ逃げた場合、彼の胸に寄りかかることになって、彼を喜ばせるだけだから、余計に苛立たしく思うだけだった。  ふざけんなバカ野郎。  ガタンッ 「――んぁ…っ、」  電車が揺れて、指が勃った乳首を思い切り押し上げる。照は思わず漏れた声に舌を鳴らした。 「照、誘ってるの?」  そんな声出されたらもう、我慢できないじゃないか。  診はブレザーを脱ぐと、それを照の腰に巻きつける。背中で結んで前掛けエプロンのようにすると、隙間から手を入れて、彼のベルトを緩め、パンツとズボンを一気に下す。  照に抵抗されるに前に彼の股の間に己の股間を押し付けた。照より背が高い分、膝を曲げて、その曲げた膝で彼のズボンを壁に押し付け、落ちないようにする。所謂、素股というやつだ。診は照の程よくしまった股と、熱いアソコに包まれる快感を噛みしめる。 「ちょ、何を!?」  股を割って侵入してきた、熱くヌルっとした感触にぎょっとする。その熱い塊は半勃ちの照の中心を押し上げてその下に収まった。  触ってただけなのに、勃つどころかもう濡れてんのかよ、この変態。  思っても口には出さない、今しゃべったら絶対に変な声が出る。いっそ、早く抜いてほしい。そう思うのに、彼の手はまたも照の乳首をいじりだし、下は放置だ。  何考えてんだこいつ、俺よりやばい状態なくせに…、まさか、自分で自分にじらしプレイを!?どこまでドMなら気が済むんだ。変なプレイに俺を巻き込むな!  焦れた照は、自らの指をそこに絡めた。しかし、片手で二本の肉棒を扱くのには、やはり無理がある。直接的なのに中途半端な刺激に、余計に苦しくなっただけだ。  欲に負けて痴態に走ったことに、しかもそれがうまくいかなかったことに泣きたくなる。くっと息を詰まらせると、診が彼の手をどけて、代わりに診の両手が二つを一緒に包み込んだ。 「エロすぎ。」  彼の言葉に悪態の一つでもつきたかったが、すぐにやってきた刺激に、それは叶わなかった。  熱い二つのソレの間に指を入れて、上下に扱かれる。茎裏を擦られるのがたまらない。じらされた分、感度が増している。亀頭同士を擦られるともう、声を抑えるので精いっぱいだ。右手で口を覆って左手で手すりを掴む。そうしないと立ってもいられなかった。  袋をこりこりと揉まれて、右腕を唾液が伝う。先端の余った皮を剥かれて、むき出しになった尿道に爪をたてられると、瞼の奥で光が散った。 「――っ!!」  二人分の熱が腰のブレザーに染み込む。どうせ奴のブレザーだ構うまい。  周囲に気づかれないように、浅く早い呼吸で息を整える。照は休みたがる体を叱って、ズボンを上げた。 ******  最っ凶に気分が悪い。鞄すら背負っていないのに、肩がずっしりと重い気がする。否、軽い重みと異物感を持っているのは肩ではなくスラックスの右ポケットだったのだが……。  藤本家は、母親の趣味で、いまどき珍しい純和風の建築――というには、突飛な寝殿造。国語の資料集などの図解でしかお目にかかれないような、広い敷地と優雅な庭園を持つ、あの寝殿造である。  照は二つある門のうち、東側にある東四足門から敷地内に入ると、車宿りに自転車を置いて、東中門をくぐって庭に出た。普段なら、庭に出ずに中に入り、東北対に位置する自室に向かうのだが、今日は大きな池の横を歩いて、寝殿を目指す。家のほぼ中心にある一番大きな部屋だ。  広い部屋がたくさんのチョコで埋め尽くされている。学校で貰った分だけではこうはならない。近所の学校の生徒や、まれに遠方からも郵送で届いたり、庭に投げ込まれたりするのだ。畳に敷かれたビニールの上に他のと別にされたチョコレートは、池に入ってしまったのだろう、カラフルな包装が滲んで、別の包装紙の色と混ざって出来損ないのマーブル模様になっていた。   加えて、海外で活躍中の両親あてのチョコレートもある。海外にいるのだから、本人に渡るように海外に送ればいいものを。まあ、実際向こうにはここに在る何倍ものチョコレートが届くそうなのだが…。モデルの母はともかく、カメラマンの父にまでこうもたくさんのチョコレートが届くとはどういうことなのか。  このチョコレートをすべて食べるわけではない。一口ずつ食べて(それでも多い)日持ちするものとしないものに分けて残りは寄付に回すのだ。各人宛てのチョコレートが混ざってしまわないように、五つの山と、分別済みの山に分けられていた。  並んでチョコレートの分別をしていた長男と三男は、気配で次男が帰って来たことに気が付いた。 「ただいま。」 「お帰り照。」 「お帰り。」  振り向いて二人はその笑顔を凍らせる。  目の前の兄が怖い。弟が怖い。帰って来た次男は、目も口元も柔らかく弧を描いているのに、その纏っている空気は余りにも禍々しい。張り付けたような笑顔とのギャップが逆にその威力を増大させていた。  光が別れた時には、女子に囲まれて疲れてはいたけど、こんなにではなかった。では何があったのか、誰が関わっているのかなんて想像に難くない。  陽の頬が引き攣った。光の目の前で向い合う双子の兄二人は、その貼り付けたような笑顔もあわせて瓜二つ。しかし、取って食うぞとばかりの照に、陽は委縮しまくって、その空気は全くの正反対。そんな二人を見て光は、照の威圧感に二の腕に立った鳥肌を撫でてなだめつつ、完全ロックオンされた陽のこれからを思い――思いたくないので、できるだけ、できるだけ気づかれないように太陽からのチョコだけは確保して、チョコで埋まった部屋から退散した。 ――光のバカーっ!!  まあ、それでも気づかれないはずはなく、陽の非難がましい目が追ってきたのだが。 ******  「分別、俺も参加するね。」 「え、お、おう!」  隣に座った照に陽は警戒心を隠せない。思わず上ずった声が出てしまった。  照はポケットから取り出した小さな包みを開いた。  帰りにまた誰からか渡されたのだろうか… 「陽君。」 「!な、なに?」  陽がビクビクと答えると、照は半身を乗り出して、鼻先がくっ付くくらいの近距離で凄味のある声で聞いてくる。 「なんでそんなに緊張してるの?」  ――怖いからですけども! 「べ、別に?」  必死で視線を逸らすと、顎を掴まれた。無理やりに口を開かされて、先ほどの包みのチョコレートを食べさせられる。カカオの香りが口の中に広がった。  嫌な予感がする。 「このチョコ、もしかして…」 「あいつのだよ。まったく、いつの間に忍び込ませたんだか。」 「…なんで、食べさせたの?」 「食べたくなかったし、寄付したらまずいものだと思ったし。」 「捨てろよ!」 「そんなの、可哀そうでしょ?」  ――どの口がそれを言う!?  そんなやり取りをしているうちに、頭がじんと痺れて、体が熱を持ったのを感じた。その熱はすぐに陽の中心へと集まっていく。 「――っなに、これ?」  ほうっと熱い吐息を漏らす陽を見下げて、照はわざとらしいまでの優しい声をかける。 「どうかした?」 「体が…熱い。」  自身の体を抱いて、喘ぐような声を殺して蹲る陽。  熱い  熱い  苦しい   その震える肩に照の手が触れると、それだけで体が大きく跳ねて、陽はその手を跳ね除けると、おぼつかない足取りで部屋を出ようとした。  この熱をどうにかしたい―― 「――ひやぁ…っ!!」  部屋の戸を開けたところで照に引き止められる。背中から抱きしめられて、その熱と感触に全身が感じてしまう。 「どこに行くの?」  耳にねじ込まれた声と吐息に全身から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。 「――ひ、っぅ…っ」  何をしているわけでもないのに、快感が体を駆け巡る。陽の股間はもう痛いまでに張りつめていて、陽はそれを隠すように蹲る。羞恥と、その行きすぎた感覚に、いつしか嗚咽を漏らしていた。 「――ぅっく…、ひっ…っ、もう、やだぁ…。」 「なんで泣いてるの?」 「――ひいゃあああっっ!」  照るに圧しかかってきた照に胸の突起を摘ままれて、悲鳴を上げる。電流のような刺激に脳が追いつかない。 「ここ、廊下…っ!――ああぁぁっ!」  照は暴れる陽を押さえつけて執拗にそこをこね回した。 「――っ陽君…っ」  色を含んだ悲鳴を上げ続ける陽の姿に、凄まじい色気を感じる。  ――食べちゃいたいって、こういう感覚なんだ。  彼の白い項を滑る汗を舐めとって、耳を食むと、陽の手が下へと伸びて行った。 「んぁあ、もう…もうっ!」  はしたなくそそり立った自身を取りだし、床で顔が擦れるのも気にせずに、それを抜く。 「あ、あ、あ、」  突如始まった兄の自慰に、照はこくりと喉を鳴らして囁いた。 「…陽君、すごく…エロい。」 「…嫌だ、見ない…で、」  恥じ入る陽を無視して、体をひっくり返す。  陽は露わになった恥部を隠すように膝を折った。しかし、照は無情にもその膝を割り開いて、凝視し、彼の羞恥を煽る。 「――っい、やだ!やだぁ!」  いやいやと首を振る陽。その顔は涙と涎れでどろどろに崩れている。それでも手の動きを止めることはできないのか、陽は自らの手で追い詰められていった。 「――っ!!」  彼の熱が白く弾けたその瞬間。  ――カシャッ  突如響いた機械音。  目の前で携帯を構えた弟がにっこり笑っていた。





 

夢だけど夢じゃなかったらM男が盛った

 朝起きると女になっていて、学校に行くといつも絡んでくるМ男が俺に気づかず横を通り過ぎた。  ――おい。  ――だれ?  折角声をかけたのに、誰ってなんだよ。  ――なんだよ!おまえ、あれだけ人のこと追い回しておいて!  ――照?  ――そうだよ!  思わずその腕を掴むと汚いものに触れられたみたいにその手を払われた。  予想していなかった反応に茫然とする照を診は上から下まで確かめるようにさっと見た。  ――女の子になったんだ。  冷たいままの視線に照の勢いも沈下してしまう。  ――そうだよ。  ――ふうん。  診はそれだけ言うと去って行ってしまった。  咄嗟にそれを追いかける。視界が歪んで真っ暗になった。  何だよ、その目は。  何だよ、その態度は。  さんざん人を振り回したくせに。  さんざん人の心をかき回したくせに。  なんだよ、  なんだよ、  「なんでだよ!」  自分の叫び声に目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。 「………夢?」  ど、ど、ど、と煩い心臓を抑えると、ふにっと柔らかな感触が。 「ぎゃ―――っ!!」  夢だけど、夢じゃなかった。照は体の変化に悲鳴を上げた。  「朝起きたら女になってたの?」 「そう。」 「何か変なもの食べた?」  いつもの団らんの席に長い黒髪の美少女となって現れた照に、陽と光は心配そうに声をかけた。 「そういえば…!」 「そういえば!?」 「昨日、明にフリスク貰った。」 「それだ!」  三人が驚きつつもパニックにならなかったのは、日ごろから超常現象に見舞われているからだ。そしてそのすべての原因がその愛場明である。 「じゃあ、俺たちは学校に行って明に戻る方法聞いてくるけど、照はどうする?」 「今日は休む。」 「そうだな。そんな姿じゃあいつの反応が怖いしな。」  陽の言葉に照は夢のことを思い出したが、顔には完璧な笑顔を張り付けて二人を送り出した。 ******  サイズの合う服が無いので、大きさの関係ない浴衣を着ることにする。  することも無いので二度寝をしようと布団にはいると、誰かが廊下を渡ってくる気配がした。  陽か光が忘れ物でも取りに来たのだろうと、気にしないでいると、照の部屋の障子が開けられる。  そこにいたのはもっとも会いたくないM男・影木診だった。  なんでここにいるんだよ、とか。  俺だとばれたらいけない、だとか。  色々なことが頭をぐちゃぐちゃにかき乱すのに、体が勝手に動いた。  柔道で鍛えたバネで飛び起きた。いや、飛び起きようとしたが、診に抑えられ、布団の上にしりもちをついてしまった。  女の子すわりをした照の膝にまたがり、診が見つめてくる。 「お、まえ!なんでここに居るんだよ!」  ぐいぐいと距離を詰める彼と距離を取ろうと手を突っ張るのに、背中に腕を回されて、密着させられてしまう。  その視線から逃れようと首をひねって顔を背けたら、耳に口をつけられた。 「君が大変な事になっていると聞いて。」  息を吹き込むように囁かれて、体がぞくぞくっと震える。 「また、盗聴かよ…」  そう言った声も少し震えていたかもしれない。  診がスッと目を細めた。その視線の先は乱れた襟元から覗く胸の谷間。 「女の子になったんだ。」 「――そうだよ…。」  夢の記憶がフェードバックされる。  さっきから変なんだ。こいつに触られると、見られると、苦しくなる。  いつもと違う。胸がぎゅっと苦しくなって、心が頼りなくなる。  ――ふぅん。  このあと、夢の中の彼は俺のもとから去って行った。  続く言葉を聞きたくない。潤んだ瞳をぎゅっと閉じて身がまえる。しかし、 「かわいい。」  実際にかけられた言葉は、考えていたものとはまったく違かった。驚いて、目を開くと、近距離で綺麗な顔が綻んでいた。  その優しげな表情に照の頬が熱くなる。  「!?今の俺、女だぞ?」 「それが?」 「おまえ、ホモだろ?」  そう言って、不安そうに見上げる照の視線が、診を熱くさせた。 「俺が好きなのは照だよ。」  いつも通りのクサイセリフに、その言葉の意味を理解すると、照の頭の中で今度は別の警戒音が鳴り響いた。  ゼロ距離の診を押しのけようともがいても、手足をばたつかせてその下から抜け出そうとしてもかなわない。  シーツが乱れて、浴衣がはだけて、状況が悪化しただけだった。  帯を抜かれて、はだけた浴衣から、ふくよかは乳房が露わになる。診の手が手全体で乳房を揉み、指先が乳首を捏ねた。  すでに、はぁ、はぁと息を荒げている診が心底気持ち悪い。 「ねえ、ここはやっぱり女の方が気持いいのかな?」  クリクリと突起を指で押されて、疼くような感覚に体の芯が熱を持つのを感じた。 「よくねぇよ!触るな!」 「もう勃ってるのに?」 「あん…っ」  ピンと先端を弾かれて、思わず声が出る。 「いつもより高い声。可愛いね。」  悔しさに眉を顰めると、皺の寄った眉間に口づけられる。 「やめろっ」  こみ上げた感覚をなんと表現したらいいのか…  咄嗟に彼の頬をたたいてしまった。  いつもはこんな優しいこといないくせに、慣れないことしてんじゃねぇよ!  診を睨み付ける照の顔は、熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていた。 「そんな顔しないでよ。興奮するじゃないか。」 「変態。」  診は悪態をつく照の背中に手を回し、乳房に顔を埋める。髪を引っ張られても構いなしだ。 「やばい、気持ちよくって、らりっちゃいそう…」  ピンクの乳首に吸い付き、小さな穴を舌先でつつくと、可愛い彼が眦に涙を浮かべた。 「…吸ったらおっぱい出るかな。」  診のセリフに戦く。  駄目だ、これ以上は。何か許してはいけないものを許してしまう気がして…… 「出ないだろ。あれは、子供ができないとでないだろ…っ!」 「でも、男でも吸い続ければ出るらしいから、粘れば…」  それなのに、診は執拗に乳首を啄んだ。舐めて、転がして、押しつぶして、吸う。反対の乳首も指で捏ねると、柔らかい体がぴくぴくと反応した。  疼く感覚とともに、よく分からない感情が心を乱す。 「やぁ…っ」  ヌルッと柔らかなものに性感帯を刺激されて、どうしたって感じてしまう。ヌメヌメと蠢く感触が気持ち悪いのに気持ちいい。  ちゅっちゅと可愛らしい水音に、羞恥心が限界を迎える。診がそこから口を離すころには照の頭も、顔も、どろどろに溶けてしまっていた。 「出た。」 「ふぇ…」  いつになく緩みきった照の声に、その表情を確認すると、緩んだ口から可愛い白い歯とピンクの舌先が覗いている。  その何とも艶めかしい表情に、診の瞳に雄の色香が加わった。  そのぎらぎらした視線に照の表情が強張る。診は彼の肩に手を添えてなだめると、卑猥なその口を自分のそれでもって塞いだ。  思った以上に柔らかなその感触に眩暈がする。舌を入れても抵抗されないので、そのまま上あごを舐めると、あがあがと痙攣した顎を唾液が伝った。  その勢いで彼の感じる場所を次々に暴いていく。  縋りつかれて、掻き抱いて、角度を変えて唇を押し付け合う。  ――やばい、俺の方がどうにかなっちゃいそう…  そう思って診が唇を離すころには、二人ともすっかり息が上がってしまっていた。 「今日は、…はあっ、あんまり、抵抗しないん…だね。」  そう言いながら、服を脱ぎだす診を照は睨みつけた。  いつ通り抵抗しているのだ、ただ今は女の体だから力が弱いだけで……  でも、なんだかずっと靄がかかっているような気もする。力を入れるまでに靄がかかって、うまく抵抗できない感じ……  いや、きっと思い違いだ。 「ばっ…か、野郎、抵抗してん、だよ…ぅんっ!」  考えを断ち切ろうと、彼の言葉を否定すると、再び口を塞がれた。酸欠で思考がとろける。  全身を絡め取られ、ぶつかり合う胸の突起に、這いまわる手の熱さに、体が熱を持つのを感じた。  その手が陰部に到達すると、啄んでいた唇がスッと離れる。 「あ、ほんとに無いんだ。」 「そ、そう言ってんだろ…っ」  ボクサーパンツの上から撫でられ息を詰める。 「無くても柔らかいんだね。」 「…ぁ」  ふにふにと指で押されて、甘い声が漏れた。 「女の人はイッたか分かんないって言うけど、ほんと、全然パンツ濡れてないだね。」 「おまえの、テクが、無いんじゃない、か…っ」  好き勝手に動くその手首を掴んで、言ってやると、診は挑発的な視線で返して、反対の手で小さな突起を突く。 「こんなに感じてるのに?」 「ひぅ…っ」  診は太股と肩をすくませる彼のパンツを一気に下した。 「ぱんぱんだ。」 「み、見るな…っ!」 「いや、女体見るのって、初めてだから。」  そう言って、膣を隠す壁を親指の腹で押し広げると、溜まった液がとろっと流れ出る。  照の顔がかぁっと染まった。 「こぽこぽ言ってる。」 「う、うるさい!」  両手でもむように開いたり閉じたりを繰り返され、そこから空気が出入りして、こぷっこぷっと収縮を繰り返す。そんなところを凝視される羞恥に、診の顔を力いっぱい押しのけようとするが、抵抗した診に突起を舐められて力が抜けてしまう。 「そ、そこ、やめ…っ!」  じくじくと疼く快感に彼を突っぱねる腕が震えた。 「ここ、快くないの?」 「快くない!変!」  照の必死の形相にさすがに気後れしたのか、診は突起を責めるのを止め、代わりに膣の周りのくぼみをベロンと舐め上げた。溜まった液を掬うと、口の中いっぱいに照の匂いが広がる。 「んぁあ…っ」  さっきまでの悲痛なものとは違う、甘くとろけるような声に満足した診は熱心にそこを責め始めた。 「ひぅ、あ、…っやだ、そこ…っうんぁ…っ」  責めるほどに液を溢れさせる緩んだそこに、舌を差し入れると、快感で照の背が反り返った。  舌で膣を責めながら、指先で突起を摘まむと、油断していた照が瞳をカッと見開く。 「アア…ッ!」  診は悲鳴を上げて髪を引っ張ってくる彼を無視して、そこに刺激を与え続けた。 「やだ、変になる…っ!変になっちゃう…っ!!」  感じすぎて変になっちゃう照超かわいい。  穴への舌の挿入を繰り返し、突起を押しつぶすように捏ねる。 「ンぁぁああ――――ッッ」  一際高い声を上げた体がビクビクと痙攣して、ぐったりと沈んだ。  診はどろどろに溶けた照の体を優しく抱きしめる。 「かわいい。」  涙で濡れた頬に頬擦りすると、抵抗されるどころかギュッと肩に手を回された。 「照っ!」  確かな手ごたえを感じた診は溶けた膣に長い指を挿入させる。 「っ調子に乗るな!」 「ごめん、でももう無理っ」  抵抗を振り切って、そこを犯し続ける指は、二本、三本と増えっていった。  最初こそ嫌だやめろと言っていた照も、その頃には胸をしゃぶっていた診の頭をそのまま胸に抱いて指を受け入れていた。  柔らかな乳房に顔を埋めた診は、もうそろそろ幸せで死んでも良い頃である。  指が抜かれ、腕の中から診が這い出る。  かちゃかちゃとベルトを外す音に照も我に返った。 「な、まさか、入れるのか!?」 「え、何それ今更。」  取り出されたそこの大きさに照が目を剥く。  反りったったそれを宛がわれる恐怖に逃げようとする照を診は無理やり押さえつけた。  先端が入った感触に、照のそこがひくっと震える。ついに侵入してきたそこに、膣が押し広げられ、ぎちぎちと悲鳴を上げた。 「な、無理!痛い!無理!――っ」 「…っ、入った。」  気付けば息を切らせた診の下であの強気な照が嗚咽を漏らして泣いている。 「…ぅ、…ひぅっ…」  両腕をクロスして顔を隠して泣くその姿に、愛しさと罪悪感がこみ上げた。 「照、ごめん。」 「……っばかぁ…」  手を顔から外させて、指を絡めてシーツに縫い付ける。頬に、額に口づけをして、彼が落ち着くのを待った。  彼の目がとろんとしてきたのを見計らって、ゆっくりと腰を動かすが、さすがにひぃっと息をつめる。 「ごめん、我慢して…っ」  診の懇願に照が首を振る。 「…手、放して…支えが欲しい…」  要望どうり組んだ指を解くと、照はその腕を診の背に回してギュッと抱きついた。  その重みに、診の胸に熱いものがこみ上げる。 「…も、動けよ…っ」  耳元で囁かれ、言われたとおりに腰を動かす。熱く柔らかいそこに締め付けられて、診の熱が徐々に追い詰められていった。 「照、好きだ…っ、照…っ」  何度も何度も耳元で愛を囁かれて、照の心を得体のしれない感情が支配していく。  ――なんだよ、もう。何だよ。  痛いのに、苦しいのに、泣きたいくらい切ない。 「――診…っ」  こみ上げた感情を吐き出すと、それと同時に、体内に熱いものが注ぎ込まれた。 ******  「照!明日になれば男に戻るって――が…っ」  帰宅した陽は、弟の部屋の障子を開けた瞬間、投げつけられた枕を顔面キャッチし、廊下に沈んだ。  ふるスイングされたそば殻の枕は存外痛い。 「よ、陽君が悪いんだ…っ、俺を一人にする…っ、するからっぁ!!」 「ご、ごめん…」 「なんであいつにあんな…っ、あんなの俺じゃない!」  きっと女になったからこんな気持ちになったんだとか、変態にほだされてなるものか、とか言って泣いている照に、何があったの?とは怖くて聞けませんでした。





 

M男が弟を好きすぎて安易に病院にも行けない

「うわぁああああっ」  聴診器を持った弟に追いかけられる。  どうしてこんな事態に陥ったのかというと、発端は昨日の帰りがけのことだ。  弟と少しでも違う容姿になろうと思って髪を金に染めてから、藤本陽は絡まれることが多くなった。  幼い頃から柔道を習っていた陽は自分の身を守るくらいの力はある。そこらのヤンキーなんて目じゃなかった。しかし、大勢で来られれば怪我をすることもある。  小さな怪我くらい、自分だって男だ、どうってことは無い。でも、怪我をそのままに家に帰れば、弟が五月蠅い。照は怒るし、光に至っては泣く。それは厄介だ。  だから、陽はいつも怪我をすると、帰りがけにある小さな外科で簡単な治療を受けてから帰った。ガーゼでもなんでも当てて傷口さえ見えていなければ、照の怒りは小さいし(それでも怒る)、光は泣かない。  その日もいつも通りに絡まれて、たまたま怪我をしたのでその外科に寄った。唯一いつもと違かったのは、そこに奴がいたことだった。 ****** 「よお、影木。」  藤本照は、学校に着くや否や宿敵・影木診を捕まえた。 「照!君の方から声をかけてくれるだなんて!やっと僕の気持ちに応えてくれる気になったのかい!?」  瞳を輝かせる彼は本当に気持ちが悪い。 「うざい。死ね。そんなわけあるか。」 「ああん、相変わらずの毒・舌、つまりは愛っ!」 「やめろ。」 「二人がユニットを組む日も近いかもしれない!」 「それだ。」 「それ?」  診はようやくマシンガントークを止めた。 「お前のうち、医者だろ。」 「え、なんで?」 「昨日、陽君が影木医院でお前と先生が親しげに話してるのを目撃した。」 「ん?うちは医者だし、昨日はそこにいたけど、そこは叔父さんの病院で俺のうちじゃないよ。」 「え?」  診は照のキョトンとした顔に身悶える。何その顔初めて、可愛いね。 「白百合中央病院の院長が俺の親だよ。」 「…な、じゃあ尚更!」  焦った顔も可愛いね。 「尚更?」 「ユニットとか言ってないで医者を継げば良いじゃないか!」  指を突き指して言う照のセリフに診の答えは「NO」一択だ。しかし、ふと診は思いついた。 「…それはそうかもしれないね。」  心にもないことを言うと、まさかこうも簡単に納得するとは思わなかったのだろう、照は無防備に目を見開いていた。そんな、何度言っても足りなくらい可愛い彼をたぶらかす。 「じゃあさ、照も協力してくれるんだよね?」  疑問文に見せかけた命令文。 その悪魔の言葉に照はのってしまったのだった。 ******  「おい、放せ!」 「なんで?協力してくれるって言ったじゃない。」  放課後、学校帰りのその足で、照は診の家に招かれた。そして玄関先で特殊な薬を嗅がされて――現在、素っ裸で両腕をベッドヘッドに繋がれている。 「ああ、僕の照ってば、なんて綺麗なんだ。」  一人悦に浸る目の前の男にぞっとする。見るな、触るな、近づくな!  ユニットを諦めるかのような診の科博を真に受けてのこのことついてきてしまった自分の迂闊さを海よりも深く反省する。  大体この部屋は何なんだ。ストーカー騒ぎの時にも連れ込まれたが、壁一面に貼られた照のスナップ。天井に貼られた等身大の照の写真。今は床に置かれている照の等身大抱き枕。まったくもっておぞましい。  そして、そのおぞましい部屋を背景に自分の腰に跨っているのは、尚もおぞましいこの男。  影木診はなぜか白衣を身に纏い、首には聴診器を下げていた。 「一応聞くが、何のつもりだ?」 「何って、僕が医者になる予行練習をするんじゃない。」  そう言って診はおもむろに照の剥きだしの胸に聴診器を当てた。 「ひっ」  冷たい感触に、肩が跳ねる。 「冷たい?でも、すぐ熱くなるでしょ?」  聴診器を軽くあてたまま、円を描くように動かされ、ゴムの部分に引っかかった突起がその動きに合わせて向きを変え、芯を持つ。  時折それを強く押し付けられて。芯をもったそこが押しつぶされると、背中が弓を描いた。 「相変わらず敏感だね。」 「う、るさい…っ、んぁあ…っ」  もう片方の突起を口に含まれ、ビクンと体が跳ねる。 「それ、医者は、やらない…っ」 「ん?触診。」 「ぁん、やめ…っ、舐め…っぅうっ」  触診でも、舐めないだろうが! 「心音、脈拍、体温の異常。」 「お、まえ馬鹿だろう!?」  今更なことを言ってしまうが、しょうがない。だってこいつはバカなんだ。 「じゃあ、注射ね。」  そう言って診は半透明の細い棒を取り出し、それを照の尿道に宛がう。 「ひ、あ、止めろ――ひぁあ…っ」  柔らかい棒が尿道の浅い所を行き来して、射精を促される。 「どう?尿道マッサージ。気持ちいい?」 「ひ、…ぁあ、やめ…っかゆ…、いっ」  開かれたそこにむず痒さが生じて、照は逃げるように腰を引く。未知の感覚に翻弄された。 「これの、何処が…っ」 「射精を促してるから、注射?」  注いでないし、疑問形で答えるな! 「どんな感覚?」 「う、ゃ…っ」  尿道が、細い棒を吐き出そうと締め付けるたびに、刺激され、体が跳ねる。その度に軽くイっているのに、先に蓋がされているから本当に出すことは叶わなくて、すごく辛い。  照の腰が頼りなく、かつ卑猥に揺れた。 「うわぁ、卑猥。」 「…っ、てめぇっ」  言われた言葉にカッとなり照は、渾身の力を込めて診の股間を蹴りつける。 「んぁあ…っ」  しかし、響いたのは痛みゆえの叫びとは思えない堪能の色を帯びたもので――  診はその足をとると、その足裏に自らの股間を擦りつけ始めた。 「うぎゃぁあ、何してやがる、てめぇっ!!」  その感触にぞっとして、思わずゲシゲシそこを蹴りつける。 「んぁ、あ、あ、あ、んぁあ…っ」  しかし、そうすればそうするだけ上がる甘い声に耳がおかしくなる。  診は耐えかねて、ズボンの前をくつろげると、自身を取り出し、今度は素のままのそれを照の足裏に擦りつけた。  熱く、ぬるぬるした男の欲の塊のその感触に、背筋が凍る。全身に鳥肌が立つのが分かった。 「ひっ、お前、いい加減に…っ」  文句を言おうとしたら、前に手を伸ばされて、棒を刺されたままの先端を嬲られる。そして棒が深く入り込んだその時、 「――っひ、ぁぁぁあああ…っ!?」  行きすぎた快感に頭が真っ白になって、もはや喘ぎとは言えない叫び声をあげて、照の体が痙攣した。 「んぁぁああ――っ」  その衝撃で、ビクンビクンと脈を打って、診の熱が足裏に放たれる。一瞬にして部屋に充満した独特の匂いに朦朧とした意識のまま照は形の良い眉を顰めた。 「はぁ…、はぁ…、な、に…」 「…はあ…、前立腺刺激しちゃったみたいだね。」  息を乱した診がまた何かごそごそと漁りだした。 「…も、やぁ…っ」  感じさせられるままに感じて、一度も熱を吐き出せていない照に、もはや理性などは残ってい無く、涙目で目の前の男を見つめる。 「ふふふ、ごめんね、俺ばっかりよがっちゃって。ちゃんと照も気持ちよくしてあげるから。」  そう言って奴が取り出したのは大きくて管の長い浣腸だった。 「中身は生理食塩水です。」  それを見て輝の漆黒の瞳が見開かれる。 (そんなもん入れられてたまるかっ!!)  内心大暴れする照だが、実際は力が入らなくて、しかも相手は自分より一回り大きい男なうえに、両手は縛られている。抵抗など無いに等しい。  照の体は簡単に裏返され、尻を突き出すように膝を立たされる。瞼が羞恥に震えた。 「痛くないように慣らすからね。」  そう言って、肉を割って秘めたるそこに、ヌメッとしたものを当てがわれる。舐められた。その衝撃に泣きそうになる。  浣腸に慣らしなんて必要なもんか! 「…ひぃぃ…っ」  熱くて柔らかいそれは、入口を濡らすと、そこを確かめるようにゆっくりと中に侵入してきた。ぴちゃぴちゃと音を立てて嬲られる。 「…ふ、あ、…やめっ」  正直言って気持ちのいいものではない。自然と力が入って、舌の挿入を拒んだ。しかし、後ろを舐められるのと同時に前を撫でられて、すぐに力が抜けてしまう。終いには、慰めるようにそこに口づけられ。音を立てて吸われた。ちゅぅぅっと中から空気が抜ける感覚が、何とも言えず、あ、あ、っと息を詰めることしかできない。 「そろそろかな。」  呟きとともに細い管が差し込まれる。舌ほどではないが、異物感があることは否めない。診は挿入を繰り返した。 「な、なにを…っ」 「ん?良いポジションが見つからなくて。」 「そんなの関係な――ぁあああ!?」 「ここ?」  管がある部分を擦ると、体を電流が走った。 「んぁああっ、ああ、あん、ぁあ…っ」  暴かれたそこを何度も擦られて、ちかちかと眩暈がする。 「も、やだ…っ、んぁあ…っん、抜いて…っ、前のっ、ぬいてぇ…っ」  懇願すると、やっと尿道の棒を抜かれ、ついでとばかりにその先端をぐにぐにと揉まれ、体がびくん、びくんと跳ねあがる。  中に浣腸の中身が注がれたとほぼ同時に照の熱も弾けた。 ******  ――そして、冒頭にいたる。  帰宅した照は本当に、本当にいい笑顔で陽に迫った。「お医者さんごっこ、するよねぇ?」それは疑問文に見せかけた命令文だった。





   

M男に好かれすぎた兄を生暖かい目で見守りたい

「良いパジャマってなかなか無いんだよね。」  風呂上りに光が言った。 「Tシャツだと襟が狭くて嫌だし、シャツっぽいのだと肌触りが良くないの。」 「じゃあ、大きめのTシャツの襟を切れば良いんじゃない?やってあげるよ。」  光、照、陽の三人は、各自部屋を持っているが、ほとんどの時間を、寝殿で一緒に過ごしている。  照がスッと立ち上がって戸棚から裁縫セットを取り出した。 「それ良いかも!」  光が言うと、スッと襖が開く。 「じゃあ、パパのTシャツを「親父は黙ってろ」  盗み聞きしていたとしか思えないタイミングで入ってきた父親に、兄二人はスパンと言い捨てた。  「良いねこれ!ありがと照。」 「どういたしまして。それより光、ズボンは要らないんじゃないかな。」 「ふえ?」 「はあ?」  照の問題発言に、光は純粋な疑問の声を、陽は猜疑心溢れる声を上げた。 「だって、光窮屈なの嫌いでしょ?どうせ俺らしか見てないし,Tシャツがおおきいから殆ど見えないよ。」 「それもそうだね。」  でも、陽の心配をよそに、光は照の言葉に納得してさっさとズボンを脱いでしまう。 「チラリズム」 「!?」  ぼそっと照が呟いて、それを聞いてしまった陽は、咄嗟に光を自分の後ろに隠した。  翌日、照宛てに荷物が届いた。診からのネグリジェのプレゼントだ。 「ストーカーはやめろと言ってるだろうがぁっ!」  そう言って一度はそれを投げ捨てた照。しかし、すぐにそのネグリジェを掴むと、例のごとく陽に着せにかかった。そして光はそんな二人を例のごとく生暖かい目で見ているのだった。  「て、いうことがあったよ。」  全然当たり前じゃないし、穏やかでもない日常を、笑顔で語る光に、千晶は何とも言えない表情になった。 「なぁ、正直さ、お前、あいつらのことどう思ってんの?」 「へ?」 「照と陽だよ。」 「あ――。まあ、今のところ問題ないかな、て。」 「いやいやいやいやいや。問題大ありだろ。M男が照襲う→照が陽襲う→お前見てる。カオス!」 「だってさ。言わせてもらうと、照も陽も迂闊だと思うよね。」  光の言葉に千晶と太陽も少し考えてみる。 「陽はさ、もっと照のこと警戒していいでしょ。兄弟愛?強いから、基本照を信用してるから、あれよあれよと言う間にイタされちゃうのかもしれないけど、それって結局自業自得だよね。」 「えらく辛辣だな。おまえ、実は兄貴嫌いなのか?」 「そんなわけないでしょ。でも、何があっても、結局二人は仲良しだから、何ていうの?兄弟げんかみたいなもんだよ。」 「そんなバカな。」  千晶の言葉に光はさらっと返すが、これには太陽も突っ込まずにはいられなかった。兄弟げんかと同じだとか、バカな。 「いやいやホントホント。それにさ。」 「それに?」  太陽が促す。 「照って実はM男に気があるんじゃないかと。」 「なん…だと?」  千晶が困惑の言葉をつぶやいた。 「わあ、その台詞リアルで聞いたの初めて。」 「いやいや、ありえないだろ。」 「えー。太陽ちゃんまでそんなこと言うのぉ?だってさ、考えてみてよ、いくらユニット諦めるから協力して、とか言われても、ひょいひょい家について行かないでしょ。あのM男の家だよ?何その襲ってくれと言わんばかりの行動。」 「んー?あー。え?…確かに。」 「いや、騙されるな。これは高度な罠だ。」  危うく納得しそうな太陽に千晶が注意を促す。 「いや、高度とか何。」 「いや、だってほら、そうだ!照って彼女いただろう!?確か!」  つっこみにつっこみで返されて何か言おうと思ったら、こんなことを思い出した。そうだたしか照には小五から遠距離恋愛してる恋人がいた筈だ。 「え?」  て、なんで光が何それ、みたいな顔してるんだよ。 「え?」  背後からも声が聞こえて、振り向けば、そこに話題のM男・診が居て、 『え?』  今度は四人が声をそろえた。 ******  学校帰りに、照が郵便受けを開けると、自分あてに手紙が届いていた。  差出人は「馬上大和」  久しぶり。元気ですか。僕は元気です。  僕が転校してから、もう三年もたつんだね。  最初のころはメールのやり取りをしてたけど、その頃お互いにケータイも持ってなかったし、家のパソコンからのメールで、なんとなく疎遠んになっちゃったね。  なんて、ホントは迷惑かもって思ってあんまりメール送れなかったんだ。  ところで、ここからが本題ね。  夏休みの間、そっちに戻ることになりました。  あと、携帯買いました。照はもう持ってるのかな?パソコンからでも良いからメール頂戴。折角だから今度会いたいな。  以下電話番号とメールアドレス  照は懐かしさに目を綻ばせた。





 

M男のくせに常識人ぶるな

「僕たちって、まだつきあってるのかな?」 「…俺は、……」 「ふふ、なーんてね。何年も音沙汰なしだったんだもん。」 「…そうですね。」  彼女の言葉に、重荷がおちた。  自分の口元が、自然に綻んでいくのを感じた。 ****** 「最近影木が照に絡まなくなった。」  二年二組の教室で、光は我がもの顔で千晶の席に座り、頬杖をつく。 「良かったじゃん。」  しょうがないので千晶は前の山田太陽の席に後ろ向きに座って、向かい合った。 「良くない。」 「どうして。」  席をとられた太陽は千晶の机の隣に立って顔色の優れない光の髪を梳いた。  光はその手を取ってじゃれつつ、クイッとある方向を顎で指した。するとその先には何故かぷすぷすじりじりと黒いオーラを放つ藤本照の姿が。 「今日の空模様のように気分が降下している模様。」  光は彼と窓の外を見比べていった。外は今にも降り出しそうで、厚い雲に太陽の光を遮られ、日中にも関わらず、街灯がほの暗い灯をともしていた。 「え?低気圧のせいでなく?」  照の頭上にも雨雲が立ち込めているように見える。でもそれは低血圧の照にとって当たり前のことのように千晶には思えた。 「陽の体調と比べれば?」  そんな千晶に、光は机の下にもぐり、光の膝に頭を伏せて唸る陽を指さして言う。 「…いや、だから、低気圧のせいでなく?」 「違いますぅ。」  そっちだって照と同じように不機嫌に見える。だから千晶はそう言ったのだが、光は、なんで分からないの?と口を尖らせた。 「一応気を使ってるみたいよ。」  千晶の隣の他人の椅子に、長い足を優雅に組んで座った明が言った。 「あいつが?」 「変態でも、心はあるのよ。」  胡乱な目を剥ける妹に、微笑んで続ける。 「まあ、そりゃそうだろうけど。…ずれてるだろ?」 「ずれてるわね。…だからこそ、私たちの予想の斜め上をいくわよ。」  彼女の言葉に、太陽はあることが頭をよぎった。 「…大和が、いるから?」 「大和?ああ、この前言ってた彼女の話か。」  千晶だってそれは考えた。でも、 「それって小四の時の話だろ?」 「それがそうでもないのよねぇ?」  意味ありげに言う明に、光の膝で金色の毛玉がもぞっと動いた。 「…明はそういう情報をどこから入手するのさ…」 「盗聴じゃないわよ。」 「それは……まあ、いいや。」 「陽、諦めるな。」 「君のお姉さんでしょ、何とかしてよ…」 「俺は諦めた。」 「で、明は何を知ってるって?」  話がそれてきたので太陽が軌道修正する。それに、再び動かなくなった陽の耳で遊びながら光が答えた。 「僕と太陽と千晶がその話をした日に、大和から手紙が届いたんだ。夏休みに帰ってくるからメールくれって。」 「あれまぁ」  千晶が反応したと同時に、陽が声を出した。別に関係は無い、光の手がむず痒かったらしい。 「かれはそれを知ったでしょうね。」 「盗聴はもうね。照すごく嬉しそうに報告してきたからなぁ。」  光は陽をいじるのを止めてそう言った。でも、今は盗聴もされていないらしい。千晶特性の探査機が反応しないからおそらく間違いない。 「それで、影木は彼女に気兼ねして照に構わなくなったって?」 「少し違うわね。正しくは、照の幸せを願って、よ。彼女なんて関係ないわ。」  千晶が言ったのは、否定されること前提の冗談だ。そして、予想通りそれは否定された。予想だにしていなかった正答と一緒に。 「光以外は予想外だったみたいね。」 「奴にも人の心があったというのか……?」 「千晶って、たまに言葉づかいがおかしくなるよね。」 「光ってたまに空気読まないよな。」 「……ていうかさ、それ…ほっといちゃぁ…だめ?」  千晶と光が軽口を言い合っていると、金色の毛玉がまたもぞもぞと動いた。 「…いや、だってさ……」  陽がそう言いたくなるのはしょうがない。なにせ、二人のことで一番被害を受けているのは彼なのだ。そんな彼に、光は、言った、 「あれ見て。」  光がもう一度照を示した。 「……照……」  彼の視線は、診の背中に固定されていた。 ******  背中に彼の視線を感じていた。  いつもの射るような視線ではなく、じりじりと焼き殺すような視線だった。  警戒しているのだろうと思った。怒っているのかとも思った。  でも、安心して欲しい。俺はもう君を開放すると、決めたから。  自分は、その視線を受け止めてはいけないと思った。  窓の外は暗い。放課後は荒れるのだと、予報が出ている。  対して、俺の心は静かだった。  彼は綺麗だ。誰よりも。  彼には双子の兄がいるけど、皆は彼らが瓜二つだと言うけれど、俺にはそう見えなかった。  最初はただ、潔癖で、妖艶で、高潔な人だと思って、惹かれた。  そして、彼はまっすぐだった。メガネの奥の瞳に、強さを持っていた。何度俺が襲っても、その瞳は陰らなかった。その強さに焦がれた。  彼を手放さなくてはいけないとなった時、きっと自分はもっと荒れると思っていた。  無理にでも彼を手に入れようとするのだろうと、彼を殺すか、自分が死ぬかぐらいはするだろうと、そう思っていた。  実際は違かった。  俺は俺が思っていた以上に彼を好きだったらしい。  思っていた以上に、彼の幸せを願っているらしい。  俺が死んだら、彼は少しは悲しむだろうか。  俺が死んだら、彼は罪悪感を覚えるだろうか。  いや、ありえない。でも、万一、そうだったら許せない。  俺が死んで、そのことで彼の心に少しでもシミができることは、許せない。  彼は殺せない。  彼の彼女も殺せない。  俺も死ねない。  窓の外は暗い。でも、まだ穏やかだ。俺の心も穏やかだ。  登下校時、いつも感じていた視線が消えた。  朝、いつも一番に飛び掛かってくる奴が普通に席についていた。  大和から手紙が届いた次の日から、影木診が絡んでこなくなった。  喜ばしい限りだ。  そう初めはそう思った。  いつも俺を見ているはずの視線が窓の外に固定されていた。  いつも口説き文句を並べている口が急に無口になって、変態すぎて何を考えているか分からないあいつが何を考えているのかが本当に分からなくなった。  いつもまとめていた後ろ髪をまとめなくなった。  長い前髪で片方しか見えていなかった目が、影っていっそう表情が読めなくなった。  なぜ自分がこんな気持ちにならなければいけないのだろうか。  なぜ自分はこんなことを考えているのだろうか。  あいつの気持ちが分からないなんて、どうでも良いことじゃないか。  あいつは、ただただ気持ちの悪いストーカーで、  ただただ厄介な存在で、  いつも俺の心をぐちゃぐちゃにかき乱していくやつで…  どうでも良いはずだった。  彼の視線を追って、窓の外に視線を移そうとして気が付いた。  俺は彼を見ていた。  なんで?  どうして?  視線の先では、雨雲がぐるぐるととぐろを巻いているように見えた。 ****** 「光、一緒に帰ろう。」 「あ、ごめんね。今日、童葉達とマリカーする約束してるの。」 「陽君、一緒に帰ろう。」 「ごめん、今日、まゆちゃんとホラゲー実況視る約束してるんだ。」  二人にフラれて、幼馴染を見れば、 「あ、俺たちの用事あるから。てゆうか、早く帰った方が良いぞ。雨これからどんどん強くなるらしいから。」  尋ねる前に断られた。 「…そう、ですね。」  照は呟いて、空を見上げた。  帰り支度をしようと、鞄を開けると、ケータイの受信ランプに気が付いた。  メールは、登録されていないアドレスからで件名なしのうえに本文は一行だけ。  ――藤本照は雷が苦手。  耳を澄ませば、ころころと、小さく空が泣いていた。 「明、なんであいつのメアドとか知ってんだよ。」 「あら、私に不可能なんてないのよ。」  千晶の当然の疑問に答えになっていない答えを返す明。二人と、太陽の三人は、照を追って学校を出た診の後ろを、距離を置いてついて行っていた。  ちなみに、照の尾行には光と陽が付いている。  これは、5人が仕掛けた罠だ。  大雨の中、照を一人で帰らせて、彼の苦手な雷でおびえた所を診に助けさせる作戦である。  雨足がどんどん強くなるなか、光は、鳴れ雷、鳴れ雷、と念じ続けていた。  その願いが届いたのか、ころころと小さく鳴っていた空は、ごろごろと唸り出し、ついにピカッと光り出す。 「うわぁっ」  照が声を上げてその場にしゃがみ込んだ。そして、身をかがめたまま周囲を見渡す。公園を見つけた彼は、山の滑り台のトンネルに潜って、縮こまった。  雷が鳴った。  影木の家はこっちの方向ではない。彼が照を捜しているのは明らかだ。光からのメールで、照の居場所は分かっている。問題はどうやって、彼にその場所を知らせるかだ。  ――と、思っていたら、その公園の前で、水色の傘をさした光が一人、立っていた。 「影木、ちょっと良いかな。」 「――いま、急いでるんだけど。」 「照のことなんだ。」  気にせずに立ち去ろうとする彼が、その名前に動きを止めた。 「あのね、僕は君のことを応援したいと思ってるんだ。照には内緒だよ?」  はっと驚きの表情の診に光は続ける。 「今、僕がここに居ることも内緒、僕が今から君に何かを教えるってことも内緒。」 「…なに?」 「あのトンネルに照が居る。」  光はトンネルを指して、もう片方の手で彼の背を押す。 「後は宜しく。」 「おまえ、思い切ったことするなぁ。」  自分たちのところにやって来た光に、千晶は感嘆の声を上げた。 「そうかな。」 「陽はどうしたんだよ。」 「まゆちゃんちでしょ?そして僕は太陽ちゃんの弟とマリカー。じゃ、太陽ちゃん、行こっか。」 「あれ、本当だったのかよ…」  千晶の質問に光が答えて、その答えを太陽のつぶやきが追った。どうやら彼女も知らなかったようだ。 「照!」  トンネルを覗くと、愛しい彼が目も耳も塞いで蹲っている。名前を呼ばれたことにも気付いていないようだ。 「照。」  そんな彼に診はゆっくりと近づく。すると、さすがに気が付いた照が綺麗な目を大きく見開いた。 「お前!なんでここに――ギャアァ!」  彼が叫んだ瞬間、一際大きな雷鳴が轟いた。診は、胸に飛び込んできた彼を咄嗟に抱きとめる。 「…照……」  腕の中で彼が震える。 「――ぁ」  照の口から、安堵の声が漏れた。  久しぶりに触れた、彼の体温に、匂いに、呼びかける声に、固まった心が解される。  どうしてこんな奴に、なんで、こんな変態に。 「照?」 「――お前は、なんで――」  なんで俺に付きまとっていたんだ。  何度俺に愛の言葉を囁いたんだ。  どれだけ俺の心を乱したんだ。  どうして突然突き放しすんだ。 「なんで――俺の気持ちなんか関係ないんだろう!お前は俺への気持ちを抑えられないと言っただろう!」  無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。でもどうしていいか分からず、照はただ、やり場のない気持ちを目の前の男に吐き出すことしかできない。  また雷が鳴った。しがみ付く力は強くなり、抱きとめる力も強くなる。  その震えは、雷に対する恐怖からなのか、自分に対する怒りからなのか。  その潤んだ瞳は、雷に対する恐怖からなのか、自分に対する想いからなのか。  診は、腕の中で震える彼に視線を合わせて、恐る恐る言葉を発した。 「…抑えなくて、良いの?」 「抑えろ。」  照はそんな風に答えるけど、目は泳いでいるし、頬は赤く染まっている。 「…もう、無理だよ。」  見てしまった、触れてしまった。忘れようと、諦めようと思っていた存在を、今こんなに近くに感じてしまった。  もう穏やかではいらえない。  ゼロ距離で見つめ合ったら、元には戻れない。  薄暗闇に、二人の輪郭が溶けていく。そのまま二人は熱い口づけを交わした。 ******  「え?別れた!?」 「そう、あれって、絶対俺のせいだよ。雨の日の俺があまりにカッコ良かったものだから、照も惚れ直したのさ。」  千晶と診が話していると、彼の後ろから、話題のその人がやって来た。 「何を言っている。別に別れたわけじゃない。もともと自然消滅していたんだ。」 「ああ、照!」 「気持ち悪い。」  彼は、嬉々として飛び掛かってきた診の足をかけて転ばせた。 「ふぐっ」 「こんなのご褒美なんだろう。どうにか言ってみろよ。」 「も、もっと。」  床にへばった背をぐりぐりと踏みつけつつ、真っ黒い笑顔を携えた照に煽られて、そんな返事ができる彼は…気持ちが悪い。  照はより強くその背を踏み締めだした。 「ああああぁぁ…っっ!!…ぁんっ!ぁあ…っ!」 「あんなのただのプラシーボ効果だろうが!」  喘ぐ診に、怒鳴る照。ここは学校の廊下。  プラシーボ効果ってことは好きなのか?なんて思っても言わない賢明な千晶は、今更ながら他人のふりで自分の席に戻った。





 

M男に好かれすぎて軽くホラー

 午前1時。藤本照は自他ともに認める低血圧で、宵っ張りである。毎日この時間には布団には入るのだが、なかなか寝付けなく、いつも眠りに落ちるころには2時を過ぎていた。  その日も、静かに目を瞑り、睡魔が訪れるのを待っていた。  静かな夜だ。両隣の部屋には光と陽が居る筈だが、物音一つしない。光はもう寝てしまったのだろう。陽は照と同じく宵っ張りだが、あちらもこの時間には、布団に入って眠る努力をしているはずだ。  異変があったのは、足だった。つま先までしっかり布団をかけているはずなのに、生暖かいものに触れた感触がする。 「――っ!」  思わず悲鳴を上げた。いや、あげられなかった。口からは息を吐くことしかできず、体も動かない。  照は寺生まれで、双子の兄には霊感があり、見て感じて祓うことができた。照もこの世のものならざるものの存在は肯定している。しかし、実際に怪異に見舞われたことは一度もなかった。  足に触れた何かは、人の手のようで、筋張った甲を指先で撫でまわしてきた。  ゾクゾクと悪寒が這い上がる。しかし、助けを呼ぼうにもひゅーひゅーと風を切るような音しか出せなかった。  足首から下をくまなく撫でまわされる。気持ち悪いような、くすぐったいような、もだもだした感触に、足を引きぬきたいのに叶わず、体の中に熱が溜まっていく。  指の腹を撫でられて、くすぐったさに体が跳ねた。 「うく…っ」  照が小さく呻くと、足の感触が消える。その日は隣の部屋に駆け込んで陽の布団に潜り込んで眠った。  翌日の夜も、そいつは来た。最初は昨晩と同じように気持ちの悪い手つきで足を撫でできた。その感触に耐えていると、次に、より熱い、湿ったものが足の裏を這った。 「――っ」  気持ち悪い。いっそう募る嫌悪感に、全身の毛が逆立つ。  多分、舌だと思う。そいつは右足の指を手で嬲りつつ、舌先で左の土踏まずを撫でまわした。  指先をしゃぶられて、指の間まで舐められる。そいつの唾液が足の裏を伝っていく感触がする。  かろうじて動く表情筋が、眉間に皺を寄せる。声を出せない、シーツを握ることすらできない。熱い吐息だけが漏れた。逃げ場のない熱が、体中でとぐろを巻く。  つま先から足半分を咥えられて、音を立てて吸われる。軽く歯が食い込んできた。 「――いやだっ」  声が出せると、もうそいつは居なくなっていた。   また翌日。怖かったので、明かりをつけて、布団には入っていなかった。しかし、そいつはやはり同じ時間に来た。  体の自由が利かなくなり、その場に倒れる。畳で背がチクチクする。いつもは気にもしないその感触が嫌に気になった。  そいつは愛撫の範囲を膝まで広げてきた。アキレス腱を摘ままれて、脛を舐め上げられる。膝の頭を擽られて、ひゅっと息が詰まった。  足裏を舐められて、つま先をしゃぶられて、膝を弄ばれる。日毎に感度が増している気がした。この日も熱がとぐろを巻いて、ついに一点に集中する。視界が滲んだ。  足裏に熱く硬いものが押し当てられる。舌じゃない、棒のような形状で、根元にじゃりじゃりとした毛の感触。唾液ではない、新たな滑りけが、擦られたそこに塗りつけられる。  嫌悪感がマッハで駆け上がる。嫌だ、逃げたい、嫌だ。  そいつは足を掴んで、ごりごりそこを押しつける。  後ずさりたいのに動けない。身体が強張るほどにイグサの刺激が気になった。  日を跨いで嬲られ続けた足裏が、得体のしれないそいつの先走りによるぬめりと、陰毛の擦れる感触から快感を拾ってくる。  足裏にびゅくっと熱が放たれた。  動けるようになり、確認するが、そこには乾いた自分の足があるだけだった。その代りに自分の股が濡れていることに気づき、照は悪態をついて床を叩いた。  翌日、さすがに陽に相談した。  兄の陽は恐がりだが、弟の光には霊感が無い。その日は陽の部屋で彼の隣に布団を敷いた。  部屋を変えてもそいつは来た。愛撫の範囲はまた広がって、太股の際まで到達する。  膝を撫でられながら、女のように柔らかくもないそこを揉まれて、照はいやいやと首を振った。  首から上しか動かないが、そうすることで陽に助けを求めた。すぐに異変に気づいた彼が布団を退けて確認してくれる。 「――見えない。」  愕然と彼がそう言うと、そいつは照のズボンを下着ごと剥ぎ取り、膝を持って大きく足を開かせた。 「――っ!」  兄の前であられもない恰好を晒されて羞恥に顔に血が上る。  陽がそいつを押さえようとするが、姿も見えなければ触ることすら叶わずに、されるがままだ。  尻を揉まれて、内腿を吸われて、そいつの髪の毛が、股を擦る。徐々に竿が芯を持って、じわっと先走りが溢れだした。  もう、どうにもできないなら、せめて見ないでほしい。そう思うのに、陽の目は、張り付いたようにそこを見ている。  内腿から尻を掴まれて、股間の肉を伸ばすように揉まれる。睾丸の根元の皮膚が収縮して、間接的な快感が募っていく。  だめだ、もう…。触って欲しいと、直接的な刺激が欲しいと思ってしまった。次の瞬間そいつは居なくなっていた。  その翌日、そいつはたちの悪いことに電車内で襲ってきた。  それほど混みあっていない車内では、痴漢は疑えないのに、確かに尻を揉まれ背骨に沿って背を舐められた。電車内では金縛りにあうことなく、自由に動くことも声を出すこともできたが、それがいっそう照を苦しめた。  一目につかないよう隅によって、鞄を抱えて口を塞ぐ。  人差し指と中指の第二関節が背骨を挟んで押し上げてくる。 「~…っ」  快感に漏れそうになる声を必死で抑えた。  兄には、それが見えなかった。恥を忍んで不思議に強い幼馴染に相談しても、助けられないと言われた。何も知らない恋人は様子のおかしい俺を心配して労わるように体を触ってきて、思わず振り払った。 ******  夜に加えて、毎日電車内で襲われるようになった。コートを着て厚着をしていても生で触られる。しかし、一応の加減はしているのか、夜ほど激しい快感を与えられることは無かった。代わりにいっそう、焦らされる。  そいつは、俺の片手を食み、片手をそいつの股間に擦り付けた。口を押える方法が無くて、ぎゅっと口を結んで耐える。  チロチロと手のひらを舌先で擽ぐって、俺の手を使って竿を揉んで鈴口を擦る。両掌が痒い。  指の腹を一本一本舐められて、ひうっ…っと声を漏らした。  何が悲しくて得体のしれないものの局部をヌコヌコ扱かされて、手を嬲られて喘がされなければならないのか。 「照、大丈夫?」  庇うように、照を挟んで壁に手を突いていた陽が心配そうに尋ねてきた。 「声…っ、手で塞いで…っ」  言われるがままに陽が照の口を塞ぐと、それに興奮したのか、そいつは局部を抜く速度を速めて勝手にイっていなくなった。  夜は毎日イかされた。  手を嬲られて、腕を揉まれて、脇を舐められる。  胸筋を指でなぞられて、体が震えた。腹筋の溝を丁寧に舐められて、ひくっと筋肉が逃げる。  へそを擽りながら耳の下を吸われる。 「――っ」  自分の顔の近くに、こいつの顔があるのかと思うとひどく不快だった。  首を反って逃げるのに、追いかけられて、耳に舌を差し込まれる。鎖骨の溝を撫でられて、体が跳ねる。濡れた耳中にふっと息を吹き込まれて、悪寒が背筋を這い上がった。  乳輪を円を描くように撫でられる。徐々にピンと乳首が立ってくると、先を唾液で湿らせた指で撫でられた。思わず体が跳ねる。  指に突起が吸い付いて、擦られるごとに摩擦で疼く。時折押しつぶされ、引っ掻かれて、照は浅い息を繰り返し、快感に身悶えた。  くにくにと徐々に嬲る力が強くなって、照の熱が張りつめる。指二本で摘ままれて、ぐりぐり痛いくらいに捏ねて、スパートをかけられる。 「――ぁあっ…!」  毎度局部に触れずにイかされる。熱を開放して、体も自由になったのに、いまだそこがじんじん痺れた。  あいつに襲われるようになって、十日がたった。最初は足、脛、膝、腿、尻、背と徐々に上に上がって行き、次に手、腕、脇、腹、首、耳。そしてとうとう昨日胸に来た。  そして今日、照は朝からじわじわと残る一部を嬲られ続けている。  朝、電車に乗るとそいつはすぐに来た。その時はそっと竿に手を添えて、それだけ。それでもいつ何をされるかと気が気ではないし、電車が揺れるたびに刺激を与えられて、悶々とした。  休み時間は普通だったが、授業中はずっと触られた。今までこんなことは無かったのに。おかげでひざ掛けが手放せなかった。  一時間目はゆっくりと表面を撫でられ、慣れてくると、思いついたように先っぽを擦られた。二時間目は揉まれて、声を押さえるのに必死だった。  三時間目は抜かれて、四時間目は睾丸ごと全体を揉まれて、気持ちよくて、イきそうになる度止められて、バカになりそうだった。  五時間目しゃぶられて、耐えきれずに声が出て、気分が悪いと言って階段下の用具置き場に逃げ込んだ。六時間目は、剥かれて、亀頭を責められた。気持ち良すぎて苦しくて、涙が出てきた。声を抑えても抑えきれなくて、誰かにばれるんじゃないかと怖いのに、どうにもできなくてドライでイった。 「照、最近おかしいよ。」  変態で恋人の影木診が言った。 「目、赤い。」  触れようとして来る手を振り払った。  今、彼にどこを触られても平気ではいられない。あいつは今も照の蕾を撫でまわしている。このまま俺はこいつにどうされるのか。指先がゆっくりと穴に侵入してきた。 「――っひ、やだ…っ」  思わず目の前の彼にしがみつく。 「――助けて。」  睫毛を弾いて零れた雫が頬を伝った。 ****** 「種明かしをしよう。」 「は?」  診の部屋に上がるをそこには異様な光景が広がっていた。いつものことだ。  慣れたくないが、慣れてしまった自分の顔だらけの彼部屋に上がると、彼は机によくできた人体の一部のフィギュアを並べだした。  膝、太い線の引かれた板、双丘、右手、左手、首、耳、と置き、最後にポケットから縮こまった穴のようなものを取り出す。これらは照が電車内で嬲られた箇所に一致した。 「――お前。」  何をした!  と、そう聞く前に手が出た。拳を握って振り切る。しかし、診はそれを受けつつ照を抱きしめた。その動きなら拳も避けられただろうに、これだから変態は。 「――っ、放せ…っ」  一応は恋人である彼に体を包まれて、ゾクゾクと体が震え、力が抜ける。最早、照の体は全身性感帯に改造されていた。特に今は、急所を嬲られ続けた後である。 「抱きしめただけで感じちゃうの?」 「~~っ、死ね!」 「愛してる。」  罵倒等に対して愛してるとはどういうことか。照が呆気にとられると、診はベッドの横に寝かせた照そっくりの人形のスイッチを入れた。  その瞬間、毎晩の金縛りと同じように照の体が動かなくなる。 「…は、なに…っ」 「今日は声も出そうか。」  診は動けない照をベッドに仰向けに寝かせ、跨った。 「何だよ、これ。」  射殺されそうな目で睨みあげてくる照に笑いかける。 「あぁ…、その眼!その眼だけでもう…っ」  照の手を取って自身の張りつめたそこを握らせた。 「イっちゃいそうだよ…」 「死ね変態!状況を説明しろと言ってるんだ!」 「うん。そうだね。」  言いつつ診は照の服を脱がしにかかる。照ももう諦めたのか、睨むだけで何も言わない。 「この人形もあっちのフィギュアも明様に作ってもらったんだ。それで盗聴器と隠しカメラで反応を見て。あ、でも彼女には、マッサージと自慰のために使うって言ったから、責めないでね。まあ、いっても性的なマッサージになったわけだけど。」 「オヤジか!」  診は照の身ぐるみを剥ぐと、恍惚の表情を浮かべ、舐めまわすように見つめる。 「いい加減解放しろ。」 「まだ何もしてないよ。」  自分も服を脱ぐと、羊毛で覆われた棒を取り出した。 「この人形は照の感覚と伝導しているから、いつもはこの人形を触っていたんだけど、今日は本人が居るから直に…ね?」  そう言って棒をつま先から滑らせる。全身が泡立った。 「あ、やめ…っ」 「気持ち良い?」 「…、ぁっ」  気持ちなんて良いに決まっている。全身が敏感になっている今、普通ならくすぐったいくらいにしか思わない刺激をすべて快感として拾ってしまう。 「あ、あ、やぁ…っ!」  ひざから内腿を撫でられて、涙がこぼれた。 「気持ち良い?気持ち良いなら言って。」 「く…っ、そ!」 「ほら。」  脇腹を、胸を撫でられて、何でもない事の筈なのにがくがくと震えが止まらなくなる。 「あ、ぁあ、いやぁあ…っ!」  腕を上げられて二の腕を、脇を撫でられる。 「ひゃぁっ、やだ、やだぁ…っ!」 「嫌なの?良いんでしょ?」  耳に息を吹き込まれて、竿が震える。 「ここ、震えてるよ?」  今度は上を向いて涙を流すそこを撫でられた。 「ひゃ、ん…っ!やめ、やあ…っ!」  艶やかな黒髪をふり乱して、抵抗しようとする照をあざ笑うかのように、診はその後ろに手を伸ばした。 「あ…っ!」 「可愛い…、ここひくひくしてる。」  彼の家に来るまで入口付近を嬲られ続けたそこだ。軽く撫でられるだけで嬌声が漏れる、むずがゆい。 「どうして欲しい?言って。」 「あ、ゃあ…っ!」 「言わないの?」  ここまで言葉で嬲られて羞恥も限界にきているのに、これ以上何て考えられない。  照が首を振ると、診は彼をひっくり返して、うつ伏せにし、双璧の間に羊毛の棒を挟み擦りつけた。 「――っ、いや、いやぁあっ!やめて、ぁぁあやだ、やだぁっ!」  体の自由がきかないのに、声と表情、鳥肌や震えというわずかな反応から彼が大きな快感に身悶えていることが分かり、興奮した。 「良いよ、もっと!もっと鳴いて!」 「あぁあ、やだ、挿して、お願い、挿して…っ!」  やっと出てきた懇願に、診は言われた通りに棒を差して、抜き差しを繰り返した。 「ひあぁぁあ、痒い、かゆいのぁ…っ!」  欲しい場所に与えられた刺激なのに、細すぎる上にけがチクチクぞわぞわと絶妙な刺激を与えてきて、むず痒さに理性を忘れる。 「いやぁっ!違う…っ、お前の、太いので…っ擦って…!」  診は喉を鳴らして棒を放り出すと、 「仰せのままに。」  そう言って自身を彼の蕾に突き立てた。 「はぁあン…っ!」 「は、…照すごい…っ」  バックの姿勢で奥までつっこみ、先の太い部分でゴリゴリと内壁をくまなく擦る。どこを擦っても、びくびくと体が跳ねて、きゅきゅう締め付けてきた。 「あんっ!あんっ、つあぁ…っ!」 「照、可愛い。」 「奥まで…っ、ついて…っ、毛で擦って…っ」  背中から覆いかぶさって、乳首を捏ねて、陰毛で蕾を擦るように腰を打ち付ける。 「ぁぁあああああっ!」  彼の一番いい所に当たるように挿入を繰り返し、彼が全身を激しく痙攣させて達すると、その刺激を診も追った。  照「お前は一度死ねばいい。」  診「なんだかんだ言って、結局許してくれるくせに。」





 

M男に好かれすぎても特に思う事なんてない

 診の無防備に驚いた顔が好きだ。照が、邪魔になったメガネを外して、彼に掛けさせると、度がきついと一瞬顔を顰めた後に、照の顔を見てきょとんと眼を瞬いて嬉しそうに笑う。いつも気持ち悪いけど、こんな時は可愛いと思う。あ、キスされた。欲しそうな顔なんてしてねぇよ。  診の首が好きだ。肩まである髪を下ろした時に隠れるそこに、手を入れて、前から項をなぞって、指にかかった髪をかき混ぜたい。暖かくて、柔らかくて、照の好きな彼の匂いがふわっと鼻腔に広がる。サラサラの髪をどかして、露わになる首筋は、男らしく太く硬いが、表面は絹のようにしなやかで、しっとりと照の肌に馴染む。その肌に頬を寄せて、体温を感じたい。  診の少し尖った耳が好きだ。他より軟骨が硬いと思う。それを甘噛みしてこりこり言わせたい。頭部のラインぎりぎりに沿ってついている耳の後ろの狭い隙間に舌を差し入れてなぞりたい。彼が寝ているときにこっそりやると耳が赤くなるから、血行が良くなってるんだと思う。  診の声が好きだ。いつもみたいなふざけた喘ぎ声じゃなく、感じてるふりして下を締めると聞ける、攻められることに慣れないあいつが戸惑って、抑えようとするのに漏れる震えた吐息が好きだ。  診の背中が好きだ。広い背中を見ていると抱きつきたくなる。縋りたくなる。満員電車で、どさくさに紛れて身を寄せたら、腕を引かれて診の腹部でクロスする形にされて、しっかり抱く形にされてしまった。回した腕に力が入ったのは車内が混んでいたからだ。  診が、俺を一番に思っていることが嬉しい。執着されていることが嬉しい。  双子でも、実の母親の家では兄が可愛がられた。双子だけど違かった。  双子だけど、母は照じゃなく陽に執着した。  新しい家には光が居た。陽は光を好きになった。新しい両親もやっぱり光が一番に見えた。  光の一番はたくさんいたし、他の人の一番だって自分じゃなかった。  自分の一番は陽だったのに、陽の一番は俺じゃない。  でも、診の一番は確実に照だ。  病的な執着が、気持ち良い。今現在も盗聴されているし、盗撮もされているかもしれない。それに安心できるのは、きっと自分も病気なんだ。どうしてこんな奴とつきあっているのかとか、考えたら、こんな奴だから付きあってるんだって結論になって、もうどうでもよくなった。  「照が可愛すぎておかしくなってしまいそだよ。」 「もうおかしいだろ。」  肩を抱いてきた診の手を払う。自分でやって寂しくなった。早くもう一度触って来い。 「つれないな。」  さっきより強く抱いてきた手にほっと息を吐いて、気持ち彼の方に体を向けて彼を見る。本当は正面から抱かれたい。 「照。」  希望通りに抱きしめられて、畳の床にゆっくり押し倒される。 「離せ。」  彼の脇から腕を回して、背中の布を引っ張る。この背中が好きだ。厚い胸板が好きだ。背中に回る腕が好きだ。背を撫でる筋張った長い指が好きだ。 「離さないよ、マイスイート。」  頬に当たる髪が好きだ。耳に吹き込まれる声が好きだ。全身で感じる体温が好きだ。匂いが好きだ。暴れるふりをして足を絡める。抵抗するのはそうした方がより強く抱きしめられるからだとは言わない。でも、――好きだな。  間違えて、普通に背に回した腕でぎゅっと縋ってしまったら、診は間抜けな声を出して驚いた顔をした。その顔も好きだな。


ユニットNG <完>