秘密の双子ちゃん


 

お兄ちゃん

 陽と照は双子の子。  二人はピカリンのお兄ちゃん。  ある日突然やって来た。  ピカリンの大好きなお兄ちゃん。  でも二人には秘密があるの。  まだピカリンも知らない秘密だよ。  これはそんな双子の物語。  ここは山百合保育園。可愛い子供達がいっぱいだよ!  今日は新しいお友達がきたみたい、誰かな、誰かな? 「みんな、今日からみんなのお友達になる藤本照君と陽君よ。ピカリンのお兄ちゃんなの、仲良くしてあげてね。」  先生は子供達を集めて新しい友達を紹介した。 「光の兄の陽です。」 「照です。」 「光に初めて会ったとき、一生守り抜こうと思いました。」 「お母さんは光のママだけど僕たちのお母さんです。」  二人の自己紹介に園児達はキョトンとした。先生はアワアワした。  ピカリンこと藤本光四才は、日本人の父親とオーストラリア人の母親を持つハーフである。いつもフリルとリボンをふんだんに使ったワンピースで着飾ったピカリンは、大きな碧目に桃色のほっぺた、ぷっくりしたチェリーピンクの唇を持った、お人形みたいに可愛い、とにかく可愛い子なのである。  ストレートでロングの金糸の髪に現れた光の輪はまさに天使のもの、ピカリンこそが天使だ!――って、太陽が言ってる。 「言ってねえ!」 「どうしたの、太陽ちゃん急に。」 「あれ、誰かに変なこと言われた気がしたんだけどなぁ…、おかしいな。気のせいだったみたい。」 「そうなの?じゃ、太陽ちゃんはピカリンと仲良しだから、二人とも仲良くしてね。」 「よろしく。」  太陽(さん)ちゃんこと山田太陽は、Tシャツにジーパンという男の子のような格好をしたれっきとしたしっかり者の女の子である。髪が長くなかったらあんたなんて女じゃなくなっちゃうわ、と親に言われて伸ばした色素の薄い髪の毛は肩に当たって外側に跳ねている。 「こちらこそ。」  陽と照は異口同音に同時に答えた。 「どっちがどっちだっけ?」 「向かって右が陽くんで左が照くんよ。」  聞いたのが愛場千晶、答えたのが姉の愛場明である。  二人は二卵生双生児だ。  まずは千晶、赤みがかった天パの髪をショートにしたつり目気味の大きな目をした気の強い女の子である。  そして明、胸まで伸ばした紫がかった髪は見ようによっては縦ロールにもみえる。そして―― 「陽くんは、とっても気になるオーラの色をしているわ。」  ちょっとどころでなく電波ちゃんなのである。 「そこら辺は検索しないでね。」 「何を?」 「陽くんは分かんないなら良いよ。」  明の不思議ちゃん発言に訳知り顔で答えたのは照。  陽と照は一卵生双生児だ。長い睫に切れ長の瞳、さらさらストレートの黒髪を、陽は額の左より、照は右よりの位置で分けている。そこらの子役顔負けの可愛さに悶絶、二人並んで壮絶シンメトリー。ま、ピカリンにかなう奴はいないんだけど――て、太陽が言ってる。 「言ってねえ!」 「太陽ちゃん、どうしたのぉ?」 「いや、なんでもない。大丈夫だ、光。」  ま、そんなこんなで陽君と照君が山百合保育園にやってきたよ!





 

遠足

「みんな、明日は楽しい楽しい遠足ですよ。今日はけがしないように遊びましょうね。」 「はーい!」  ここは山百合保育園。この小さな施設では、一才から六才の子供達がごっちゃになって遊んでるよ! 「千晶ちゃん、千晶ちゃん。おやつは300円までだって、バナナはおやつに入ゆのぉ?」  フランス人形みたいに可愛い顔の、大きな目をクリクリさせて、光が千晶に聞きました。 「何で私に聞くんだよ。いつも太陽のとこに行くくせに。」  眉を潜めて迷惑そうに答える千晶はホントのところ迷惑なんて思っていません。彼女は不器用なだけなのです。 「自分、不器用ですから。――って、何言わせんだ!」 「どうしたのぉ?」 「え、いや、何でもない…?」  子供達は純粋ですから、天の声が聞こえることもあるのでしょう。 「千晶ちゃん、バナナ~。千晶ちゃん何でも知ってゆって、明ちゃん言ってたぁ。」  期待に目を輝かせる光に、千晶は得意げに笑って語りだしました。 「はっはっはっ!そこまで言うなら教えてやらんこともない。」 「ひゃ~い!」 「バナナはデザートだ、おやつじゃない。だからおやつの代金には含まれない。」 「イチゴはぁ?」 「果物は基本デザートだ。冷凍みかん以外。」 「なんでぇ?」 「冷凍みかんは乗り物酔いに効く。」 「冷凍みかんはおやつの代金~?」 「……。」 「太陽ちゃ~ん。」  黙ってしまった千晶を早々に見限って、大好きな太陽のところに行こうとする光を千晶はとりあえず叩いときました。 「先生。」 「どうしたの、千晶ちゃん。」 「冷凍みかんはおやつに入りますか?」 「…え?」 「千晶ちゃん、千晶ちゃん。飲み物はお茶か水かスポーツドリンクだって、ミルクティーは良いのぉ?」  フランス人形みたいに可愛い顔の、大きな目をクリクリさせて、光は聞きました。 「おまえ、太陽のとこ行ったんじゃないのかよ。」 「行ったけどぉ、また千晶ちゃんのとこ来たのぉ。」  さっきまで千晶に叩かれて泣いていたはず光の笑顔は最早飼い主に尻尾を振る犬の如く。形状記憶合金、神経が図太い。 「千晶ちゃん、ミルクティー。」 「ミルクティーのterはお茶の茶だ。だからミルクティーはお茶。」 「teaはお茶!ピカリンも知ってゆ!」 「でも、甘いから遠足には不向き。」 「うぃー。」  ミルクティーを持っていきたかったらしい光は、千晶の忠告を頭の中で反芻させながら体を揺らした。 「千晶ちゃん、スポーツドリンクってなぁにぃ?」 「運動する時に飲むやつ。」 「牛乳~?」 「おまえは運動時に牛乳を飲むのか。」 「にゅ~?」  それがどうしたの?みたいな反応をされても… 「牛乳はスポーツドリンクじゃない。」 「うぃー。」  光は再び体を揺らし始めた。 「お茶はぁ?」 「……。」  運動時に牛乳を飲むのはどうかと思うがお茶ならば良いような気がしてきた千晶である。 「太陽ちゃ~ん。」  そして光はまた泣かされる。 「先生。」 「どうしたの、千晶ちゃん。」 「お茶はスポーツドリンクですか?」 「…え?」 ******  当日。  遠足とは体力を使うものだ。  山百合保稚園の遠足は、近くの山とも呼べない丘の麓までバスに乗り、麓から頂上までのなだらかな坂を上る。頂上でお弁当を広げ、後はどんぐりやマツボックリを拾ったり、虫取りや花摘みをして遊ぶ、けしてハードなスケジュールではない。  しかし、大人には丘であっても、園児にとっては立派な山、これはれっきとしたハイキングだ。  そうなると当然、最初は元気溌剌、歌声まで飛び交う園児達も丘の三分の二程までくる頃には、息は絶え絶え、汗だらだら。 「先生、疲れた~。」 「頑張れ!もうちょっとよ!」  休ませてあげたいけれどそうもいかない。その理由が、先頭を歩く先生を追い越す勢いで元気な二人。 「先生!ピカリンねぇ、今日は遠足だからぁ、おズボン~。お兄と一緒なのぉ。」  迷彩柄のズボンを自慢しながらクルクルまわる光は、兄とお揃いなのがよほど嬉しいのか笑顔がとろけている。 「ピカリン、回りながら上ったら危ないわよ。」 「うぃ!」  注意すれば、敬礼をして回るのを止める。よくできましたと、頭を撫でてあげると、きゃっきゃっと笑ってスキップにかえた。 「先生、こいつをあんまり甘やかさないでください。」 「千晶ちゃんこそ、明ちゃんを甘やかせちゃダメよ。」  姉の分の荷物を持って、もう片方の手で姉の手を引く千晶は過保護以外の何者でもない。 「私は、良いんです!」  自己中心的な考えは子供みんなに共通するものである。  そう、元気なのはこの二人。もし、今休憩などとったら何をしでかすか分からない。好奇心の固まりのような光は尚更である。いつもストッパーになってくれる太陽と、兄二人は後ろの方でへばっている。おそらく、テンションの上がった光を引き留める力は残っていないだろう。 「ほら、もう頂上が見えてきたわよ!」  だから先生は心を鬼にして園児達にハッパをかけるのだった。 「光、あ~ん。」 「あ~ん。」 「おいしい?」 「おいしーっ!」 「光、こっちも。」 「あ~ん。」 「じゃ、陽君も。」 「ん。」  仲が良すぎる兄弟、陽、照、光。 「太陽ちゃん、太陽ちゃん。あ~ん。」 「…。」  光の差し出したタコさんウィンナーを真っ赤になって食べる太陽。それを睨みつける独占欲の固まり、照。 「光は、甘ったれなんだよ。」  売らなくて良い喧嘩を売り、買わなくて良い恨みを買う千晶。 「タコウィンナーは今朝交信した宇宙人、○×☆△に似てる。」  いつでも不思議ちゃん明。  お弁当タイムは楽しく過ぎる。光はイチゴも食べる。  お弁当タイム終了後のお楽しみ。 「どんぐりころころどんぐりこ~」  うさぎみたいにピョンピョン飛びながらどんぐりを集める光。 「太陽ちゃ~ん、どんぐりぃ。」  隣で色素の抜けた透明な落ち葉をしげしげと眺めていた太陽の前に大量のどんぐりを広げる。 「いちぃ、にぃ、さん~…」  数えていると一番大きなどんぐりから、一匹の芋虫が現れた。 「にょ~っ!!」  目を輝かせる光。 「…っ」  顔をひきつらせる太陽。 「太陽ちゃん、太陽ちゃん。虫ぃ!」 「お、おう。」 「みんなに見せてくゆぅ!」 「お、おう…。」  トテトテと光が走る度に、長い金髪が左右に揺れて、木漏れ日を反射してキラキラ光をまき散らす。  可愛いな。でも、虫は嫌だな。 「千晶ちゃん、千晶ちゃん。虫ぃ!」 「ギャーッ!!」  千晶が逃げてしまった。 「う~?」 「光、千晶は虫さんと追いかけっこがしたいんだよ。」  どこからともなく現れた照が光をそそのかせば、光は千晶を追いかける。 「千晶ちゃ~ん!」 「こっちに来るな~っ!」  追いかける光、逃げる千晶。 「さすが、速いな。」 「いつもと逆だね、新鮮。」 「千晶…。」 「逃げまどう千晶、――可愛いわ。」  他多数、見学。  これが光と千晶の身体能力の高さの理由か?





 

のびーるのびーる

 ここは山百合保育園、一才から六才までの個性豊かな子供たちがごっちゃになって遊んでいます。 「光のほっぺプニプニ~。」 「ふひふひ~。」  陽くんがピカリンのほっぺたをつつくと、ピカリンがプニプニを復唱します。 「光のほっぺのびのび~。」 「ほひほひ~。」  照くんがピカリンのほっぺたを伸ばすと、ピカリンがのびのびを復唱します。 「まだ伸びる。」 「ほひゆ。」 「まだまだ伸びる。」 「ほひゆ。」 「もーと伸びる。」 「ひひゃい。」 「ちょっと、照くん!ピカリンいじめちゃダメでしょ!?」  ピカリンのほっぺたで遊ぶくんを、いじめていると誤解した先生が止めに入りました。  慌てた照くんが手を離すと、ポキュンと音を立ててピカリンのほっぺたが元に戻ります。 「……」  ピカリンの大きな大きな目に涙が溜まっていきます。 「え、何で!?」  陽くんと照くんは大慌てです。  ピカリンはついに大粒の涙をポロポロ流して泣き出してしまいました。 「光!いじめてない、いじめてないよ!?」 「う~ぅ、う~ぅ…」 「どうしたの、光、痛かったの?」 「う~ぅ、う~ぅ…」  二人が何を言っても首を振るばかりです。  そんな時、現れたのは救世主、太陽ちゃんです。 「何してるんだ、おまえら。」  ピカリンが泣いているから何とかしてくれと先生に連れてこられた太陽ちゃんはちょっと困惑ぎみです。何故ならいつもピカリンを泣かせるのは千晶ちゃんだから今回もそうだと思ったのに、来てみれば泣かせたのはピカリンのナイトである兄二人だったからです。 「光のほっぺで遊んでたら、泣き出したんだけど…」 「痛かったの?って聞いても首振るし…」  兄二人の方が泣きそうです。 「光、何で泣いてるんだ?」  太陽ちゃんが聞くと、ピカリンは身振り手振りで一生懸命説明しました。  でも、はたから見たそれは宇宙語を話しながら踊っているようにしか見えません。 「そうか、いじめてるって言われて悲しくなったのか。照はいじめてないもんな。」  理解できる太陽ちゃんはすごい。 「…ぴか、きらい…やぁ~っ!!」  ピカリンが照くんの胸に飛び込んで行きました。  通訳、ピカリンのこと嫌いになったら嫌! 「嫌いじゃないよ!」 「みんな光のこと大好きだよ!」 「泣き止まないと、くすぐるよ!」 「きゃははっ!!」  今度はくすぐりっこが始まってしまいました。ちなみに、手加減なしにくすぐっているのは千晶ちゃんです。いつ混ざったのでしょうか。また泣き出す前にやめてあげてね。  ピカリンもぉみ~んな大好きぃ!  by光





 

迷子

 浴衣の天使を見つけた。  金の髪を頭の天辺でお団子にして、青や水色の簪を三本刺した、その眉毛にかかるウェーブのかかった前髪の下にある大きな碧眼は瞬きの邪魔になるではないかと思われる長い睫に縁取られ、その目と形のいい鼻とチェリーピンクのプックリした唇が、淡いピンクのほっぺをした卵型の輪郭の中に、これまた絶妙なバランスで並んでいる。大小様々な桜の花を散りばめた、桜色の浴衣は、襟と裾にレースの飾りが付いていて、真珠玉でできているような白い帯留めが赤い帯に映えている。  赤い鼻緒の下駄をカランカラン鳴らして不安げに辺りを見渡して、どうやら迷子の天使のようだ。 「どうしたの、お嬢ちゃん。パパとママとはぐれちゃったの?」  声をかけると、私の顔を凝視して、パチパチ瞬きをする。  しまった、日本語分からないか?  と思ったら、 「ピカリンねぇ、お兄とお祭り来たのぉ。」  喋った。 「…でも、どこにも居ない……、ピカリン、今、一人ぃ?――グスッ。」 「あーっ!!泣かないで大丈夫だから、お姉さんが一緒に探してあげるわっ!!」 「…ホントぉ?」 「ホントよ!」  泣いたカラスが何とやら、その子が初めて見せた笑顔は、可愛くて、本当に可愛くて、思わずムニッとしてしまった。 「にょ~っ!」 「すごい、ほっぺたスゴい伸びる!ヤバい!!」 「ひゃはひ!」  キャーキャー言いながらほっぺたで遊んでいたら、再び瞳に涙が溜まってきてしまった。 「おひいぃ…」  訳、お兄。 「そうよね、お兄ちゃん捜さなくちゃだもんね!」  迷子のピカリンの手を取って歩き始める。  さて、捜すとは言ったものの、この人混みの中どう動いたら良いものか。 「ピカリン、お兄ちゃんはどんな人なの?」 「お兄はぁ、優しいのぉ。大好きなのぉ!」  幸せそうに説明してくれて居るところ悪いが、内面を言われても探せない。 「外見も言ってくれると、お姉ちゃん、お兄ちゃんを捜しやすくなるなぁ。」 「紺色の浴衣ぁ、おっきなお花が咲いてゆのぉ!でねぇ、帯は灰色でぇ、下駄の指かけるとこが金色なのぉ。」 「紺の浴衣はたくさん居るからなぁ、他に何かないの?」 「お兄は、双子でしんめとりぃなのぉ。」 「双子のお兄ちゃんなの!?」 「お兄が双子なのぉ。」  つまり兄は二人いるということか。こんな可愛い子が二人もいたらどうしようかと思った。  ら、  今何かスゴいものを目の端に捕らえた気がする。  振り返ると、双子がいた。  その双子のインパクトといったら、スゴい。行き交う人が振り返る、眺める、立ち止まる。ちょっとした渋滞騒ぎになるほどの視界の吸引力。  吸いこまれるような黒い大きな瞳に、長い睫にくっきり二重、さらさら黒髪には天使の輪が一本と言わずに三、四本。それはまるで性別不明の生き人形。しかも同じ顔が二つ、その衝撃は核爆弾。  ピカリンの兄像と比較してみよう。  紺色の浴衣ぁ、おっきなお花が咲いてゆのぉ!――大きな白いバラの柄のくすんだ紺色の浴衣だ。  帯は灰色でぇ、下駄の指かけるとこが金色なのぉ。――銀のラメ糸を織り込んだグレーの帯に、漆塗り艶やかな下駄の鼻緒はくすんでも、汚れてもいない。俺様が主役とばかりに輝く、自己主張の激しいきらびやかな黄金色。  お兄は双子でしんめとりぃなのぉ。――双子であることはさることながら、髪の分け目が右と左のシンメトリー。 ――兄か。 「お兄っ!」 ――兄だな。 「光っ!」 ――可愛いなコンチキショウめ。 「お姉ちゃんありがとうぉ!」 「お礼は良いから写真撮らせてっ!!」 ****** 「遅いわよ、一美。」 「ゴメン、まゆ!迷子の子見つけてさ。」 「迷子?」 「そうよ、スッゴい可愛いんだから!ほら、写メ見てよ!」 「――これは…」 「ね、すごいでしょ!?」 「――ええ、そうね。特に右端の子が。」 「え?左の子と同じじゃん。」  まゆは口を笑みの形にして微笑んだ。 「違うわよ。――全然ね。」  再会を果たした三人は仲良くお祭りを堪能中。それをこそこそ尾行する男女。 「よかったデスね!光、オ兄チャント再会できマーシタ!」 「そうだね、オリビア。でも何で初めてのお使いじゃなくて、初めてのお祭りなんだい?」 「お使いじゃ、ありきたりデスね!そのところ陽一分かってないデス。」 「あ、動いた。追いかけなくちゃ!」 「ハイデスネ!」  五人は人ごみに紛れていった。





 

お遊戯

 ここは山百合保育園。今はお遊戯会についての年長さんの話し合い中。 「ピカリン、お姫さまぁ!」  元気良く手を挙げたのは光。 「光のお姫様見たい。」 「見たい。」 「はあ?お姫様は明だろうが。」  当然のごとく光に賛同した照と陽に、これまた当然のように千晶が噛みつく。 「私、魔女。」  しかし、肝心の明はつれない。 「お、おう…魔女か…」  盛り上がってるところ悪いけど、先生は何のお芝居がしたいのか知りたいな。 「シンデレラはどうだ?」  ありがとう太陽ちゃん、ナイス提案!  先生は喜んだ。 「じゃ、私が継母だ。光、覚悟しろよ。」  どこまでも光を苛めたい千晶である。 「魔女。」 「王子は?」  太陽の質問に照が答えた。 「太陽で良いんじゃない?」 「じゃない?」 「え、私で良いのか?」 「うん。僕はネズミね。ネズミは最初から光の味方だけど、王子は魔法がなくちゃシンデレラの魅力に気づかないんだよ。」 「うわ、ひっでーっ!」  照の凄惨極まりない解説にすぐさま千晶が飛びついた。 「おい。」  この話は無かったことにしよう。 「白雪姫は?」 「知らない奴から貰ったリンゴを洗いもせずにかぶりつくなんて、光にピッタリな役だよな。」  どうしてこの子はこう憎まれ口を叩くのか。 「ピカリン何でも食べゆよぉ。」  千晶にちょっとずれた答えを返す光。  ああ、もう可愛いな、チクショウ。 「通りすがりの男に唇を奪われるなんて、光、可哀想。」 「うわ、ひっでーっ!」  照の斜めから入った嘆きに千晶が悪のりして太陽を非難する。 「なんでこっちを見るんだ!」  もっともである。 「ロミオとジュリエットは?」 「お、良いね。みんなで光と太陽の邪魔すんだろ?」 「だめだよ、光が死んじゃうじゃないか。」 「じゃないか。」  太陽ちゃんもね。 「魔女がいないわ。」  明はそればかりか。 「人魚姫は?」 「泡になるじゃないか。」  そうね、ピカリンが可哀想だもんね。  照の中で人魚=光は決定事項のようだ。 「不思議の国のアリスは?」 「あれ、訳分かんない夢落ちで嫌い。」  それを言いますか千晶さん。 「魔女がいないわ。」  そうだね、明ちゃん。 「一寸法師は?」 「千晶?」 「何でだ。」 「ちっちゃい。」  それはひどいな照くん。 「るっせ!じゃあ姫は明だぞ!」 「いや。」 「…明ぃ。」  姉に振られた千晶は肩を落とした。 「ガリバー旅行記は?」 「千晶、分身できる?」 「できるか!!」  それは小人役を一人でやれと言うことか。一寸法師に引き続き手厳しい。 「魔女がいないわ。」  そうだね明ちゃん。 「親指姫は?」 「だめだね、千晶がモテモテなんてあり得ない。」 「おい!」 「あ、でもカエルとかじゃなぁ、美意識も違うか。」 「殴るぞ!?」 「殴ってるよ。」  ふむ、力関係は光<千晶<照か。 「魔女がいないわ。」  そうだね明ちゃん。 「かぐや姫は?」 「おまえなんか竹と一緒にきられちまえ!」  ついに切れた千晶が光を怒鳴りつけた。 「にょーっ!」 「光に何てこと言うんだ!」 「てめーなんか帝だ!せいぜいキモがられろ!」  光を庇った太陽にまでとばっちりが。  帝がキモいって?そこまでかぐや姫を読み込んでいるのか千晶ちゃん。 「魔女がいないわ。」  そうだね明ちゃん。 「桃太郎は?」 「照が桃太郎ぉ!」 「桃と一緒に切られてろよ。」  嬉しそうに発言した光に続き、千晶が辛辣な一言を。だがしかし、桃太郎がなぜ桃と一緒に切られなかったのかという疑問は誰しも一度は持ったことがあるだろう。 「あれは桃が余りに大きすぎて、切る途中ちょっと休んだ時に自力で出てきたんだよ。」 「何だよその設定。」 「そして僕はお供の千晶と太陽と明を連れて、千晶と太陽をこき使いつつ鬼が島を目指し、鬼の光と結婚してハッピーエンドだ。」  そんな疑問を解決して、そのまま照は桃太郎と鬼が結婚するというとんでもない落ちを作った。 「おいおいおいおい。」  珍しく太陽と千晶がハモった。 「魔女がいないわ。」  そうだね明ちゃん。…先生、なんだか疲れちゃった。  お遊戯会は合唱をすることになりました。





 

まゆちゃん

 山百合保育園の近所には白鳥幼稚園がある。  山百合保育園の制服はスモックなのにたいして、白鳥幼稚園の制服はブレザーにリボンタイ。陽や太陽はおしゃれだと言うが、光や千晶は動きずらそうだと言う。  保育園の帰り、白鳥幼稚園の前で愛場明は立ち止まる。その目は一人の少年を見つめていた。柔らかそうな癖毛でネコ目の男の子である。 「ミィ君待ってよ!」  毬栗頭にドングリ眼の少年がそれを追いかける。  ミィ君と呼ばれた彼を明は知らない。でも、 (あの子、違う。)  何かが決定的に他の人と違うのだ。  その時ふわっと風が吹いた。 「あの子が気になるの?」  突然背後からかけられた声に明が振り向くと、美しい女性が立っていた。横髪が長い金糸の髪と銀の髪留めが夕日を反射する。髪が金なら瞳も金。肩胛骨からは白い大きな羽が生えていた。色白な肌も影響して、全身が発光しているように見える。否、そうなのかもしれない。  明はいつも無感動な瞳を驚きと好奇に見開いた。 「あなた、人じゃないの?」  明が聞くと、その人はにっこりと微笑む。 「あなたは、誰なの?」 「まゆちゃん」  二度目の質問に一泊おいて答えてくれた。 「明!何してんだよ、帰るぞ!」  元気な声は双子の妹の千晶のものである。呼ばれた明は声のした方に振り向いた。  風が吹いた。  美しい人は居なくなっていた。 ******  早番の先生が保育園に出勤すると、門の前に1メートル四方の段ボールが置かれていた。  不思議に思って開けてみるとそこには―― 「園長先生!園長先生!」 「どうしたんですそんなに慌てて。」 「大変ですなんです!門のまえに子供が!」 「子供が?」 「捨てられてたんです!」 「えぇ!?」   箱の中身は綺麗な黒髪の女の子。綿の毛布にくるまった彼女と一緒に「まゆ」と書かれた紙が入れられていた。   拾われた子はしゃべらない。何を聞いても「ん?」という顔をするだけ。先生たちは途方に暮れた。 「太陽ちゃんその子だぁれ?」  右手を陽、左手を照とつないで園にやってきた光は大好きな太陽と一緒にいる小さな女の子に興味津々。眉上で切りそろえられた前髪が子供らしくて可愛らしい。  いきなり話しかけられたその子はびっくりして太陽の腕にしがみついた。 「妹の葵だよ。ママの仕事が決まったから今日から一緒に保育園に通うんだ。」 「ちっちゃい!かわいい!」  太陽の話を聞いているのかいないのか、光がぴょんぴょんとジャンプして喜びを表現した。  葵が太陽の腕をくいっと引っ張る。 「…かわいい」 「おまえの方がかわいいって。」 「にょーっ!」  太陽が葵の言葉を意訳して伝えると、光はいつもの奇声で応えた。 「せんせー、おはようございます!」  光が元気に挨拶。 「おはようございます。」  照が丁寧に挨拶。 「…ます。」  陽が照の語尾だけとって挨拶。瞬間、陽の胸に衝撃が。 「まゆちゃん!?」  前後で声が重なった。先生と今来たばかりの明の声だった。  陽の胸に飛び込んできたツインテールは葵と同じ2歳の女の子。今は明かりに抱き抱えられて座っている。 「明ちゃん、この子知ってるの!?」  先生が聞いた。 「昨日、帰りに会ったのよ。」  明かりの答え千晶の方を見る。 「私知らないよ。」 「白鳥幼稚園の前で会ったの。」 「そういえば立ち止まってたな。」 「幼稚園の子なの?」 「違うわ。」  明が否定して、まゆ本人も首を振って応える。 「じゃあ、一緒に居た人は?ママと一緒じゃなかった?」 「まゆちゃん一人だったわ。」 「…そう。」  大した情報を得られなかった先生は肩を落とす。  その後大人達はしばらくばたばたしていたが、まゆは正式に園の子になった。  葵ちゃんもまゆちゃんのきゃーいーのぉ! by光





 

予防注射

「今日は予防注射の日ですよ。」  先生がにこにこ笑顔で言いました。 「――っ!」  ピカリンは全身の毛を逆立てました。 「はーい、みんな並んでね。」  先生は整列したみんなを眺めました。 「あら、ずいぶん人が少ないようだけど…。」 「光が逃げ出したのを照と陽が追いかけていった。」  先生の疑問に答えてくれたのは千晶ちゃん。 「あらあら、ピカリン大丈夫かしら。」  先生は頬に手の平を当てて心配そうです。でも、先生には沢山のお仕事があります。 「先生、葵おさえるの手伝って。」 「ああ、太陽ちゃんごめんなさい。今行くわ。」 ――まあ、なんとかなるでしょう。  先生は思いました。 「光、危ないから下りてきなよ。」 「…」 「注射痛くないから。」 「…」  木に登ってしまったピカリンをお兄ちゃん二人は必死で説得します。でもピカリンは反応しません。  そこに注射をし終えた千晶ちゃんがやってきました。 「うじうじうじうじと、うぜぇやつだなぁ。そんなんだとみんなお前のこと嫌いんなっちまうぜ?」 「ぴゃっ!?」 「ちょっと、千晶!なんてこと言うの!?」 「言うの?」  千晶ちゃんの暴言に光は驚き、照と陽は非難轟々です。 「ああもう、うぜぇな」  千晶ちゃんが頭を掻くと、木の上から震えた声が聞こえてきました。 「やぁのぉ…」  ピカリンのほっぺたは真っ赤になってパンパンに膨れています。 「みんな、ぴか、きらい、やぁーのぉーっ!!」  大粒の涙をナイアガラの滝さながらに溢れ出させたピカリンは、号泣しながら園に走っていきました。 「注射した!」  誇らしげなピカリンをお兄ちゃん二人が囲んで称えます。 「やったー!ピカリン大好きだよ!」 「大好きだよ。」  照と陽の言葉を聞いてご機嫌なピカリンは、そのクリクリの瞳を太陽ちゃんに向けました。 「え?好きだよ?」 「葵もピカリン好き!」 「…好き」 「私も好き」  近くにいた葵ちゃん、まゆちゃん、明ちゃんも言いました。  ――残るは…  一斉にみんなの注目を浴びたその子は一歩後ずさり、耳まで真っ赤にして吐き捨てるように言いました。 「き、嫌いじゃねぇよ。」  ピカリンもみーんな大好き! by光  私は好きとか言ってねーぞ! by千晶





 

新聞記者ゲーム

先生「今日はみんなで新聞記者ゲームをしましょう!」 光「せんせー、新聞記者ゲームってなーにぃ?」 先生「いつ、誰が、誰と、何処で、何を、どうして、どうなった。っていう文章をみんなで考えるゲームよ。一人役割がない人はリアクション担当ということで。担当はみんなで回してね。」 千晶「私の文章の才能が開花するかもな!」 明「みんなで作るんだから開花も何もないと思うわ。」 先生「他の人に見えないように自分の担当を紙に書いてね。」 みんな「はーい!」 陽「明日」 照「太陽が」 葵「ピカリンと」 まゆ「ここで」 光「ウサギのぬいぐるみを」 明「取り合って」 千晶「喧嘩した。」 光「とっちゃやーのぉっ!」 太陽「取らねぇよ!むしろお前が私の役割をとったよ(リアクション担当)」 千晶「と言うかすごいな、お前ら。文章完璧すぎるだろう。」 照「いやー、それほどでも。」 千晶「誉めてはない。」 葵「きのう」 光「千晶ちゃんが」 陽「光と」 太陽「廊下で」 千晶「プロレスを」 照「真似して」 明「太陽が怒った。」 まゆ「おませさん。」 光「なんで太陽ちゃんが怒るの?」 太陽「――っ!」 千晶「むっつり――痛っ!」 太陽「///」 太陽「去年」 陽「サンタさんが」 明「○×●△□と」 葵「うちで」 光「いちごだいふくを」 まゆ「ふんで。」 照「千晶にプレゼントをあげなかった。」 千晶「貰ったよ!?」 光「いちごだいふく踏んじゃやーっ!」 千晶「おまえは黙ってろ!」 照「光に何てこと言うの!?」 陽「言うの!?」 千晶「うるせー、個人攻撃してきたくせに!大体何おまえらシンクロしてんだよ、おかしいだろ!」 照「何言ってるの?俺と陽君は一心同体なんだよ?」 陽「そうなの?」 千晶「お、おう…。そこは反復しないのな。」 照「そうでしょ。」 陽「う?…うん。」 千晶「ごり押しか。」 陽「いつも」 太陽「照が」 照「陽と」 明「布団で」 まゆ「まぐまぐ」 光「したそうだから」 葵「なかよしになった。」 千晶「光、おまえそれ新しいな。」 光「まぐまぐってなーに?」 千晶「…」 照「陽と光とだったらいつでもまぐまぐしたいよ。」 太陽「!?」 光「それ楽しい?」 太陽「ストップ!ストップ!照アウトッ!!」 落ちが無い。。。





 

初めてのチュー

 ピカリンにはいつも一緒にいる大好きなウサギのヌイグルミがあります。ピンクのウサギは、おでこから鼻にかけてと耳と手と足の裏が小花柄。  大好きなお兄ちゃんがお金を貯めて、ピカリンの誕生日にプレゼントしてくれたウサギのヌイグルミです。 「まぁま!おんぶさん紐でぴょんぴょんをだっこさんしてください!」  訳:ママ。おんぶ紐でうさぎさんを抱っこさせてください。  ピカリンはウサギみたいにぴょんぴょん跳ねて言いました。 ****** 「明ー。何書いてるんだ?」  今日一番に登園してきた愛場姉妹は早速画用紙にクレヨンでお絵かきをしていました。妹の千晶ちゃんがお姉さんの明ちゃんの絵を覗くと、八人の人と、真ん中に鍋のようなものが描かれています。 「サバト。」  サバトってなんだろう、鍋の名前かな。少し疑問に思いましたが、深くは考えませんでした。千晶ちゃん、それで良いんです。  次に千晶ちゃんは八人の中の一人を指して聞きました。 「これは?」 「千晶。」 「これは?」 「まゆちゃん。」  光、照、陽、太陽、葵と明は順に示していきました。 「明は?」 「私?」  千晶ちゃんの質問にキョトンと首を傾げます。縦ロールみたいにふわふわの髪の毛が傾けた側にもふっと偏りました。 「なんだ、いないのか?じゃあ私が描いてやるよ。」  そう言って千晶ちゃんは、ふわふわ髪の女の子を描き足しました。  そうしていると、入り口から元気いっぱいの挨拶が聞こえてきました。 「おはよーございますっ!」  ピカリンがぴょんぴょんと鞄を揺らしながら言います。金色の髪の毛とフリフリのスカートの裾も一緒になって跳ねました。 「おはようございます。」  藤本照くんがぺこんとおじぎをして言います。黒髪が、動きに合わせてサラサラと動きました。 「…ます。」  藤本陽くんが照くんの背中に隠れながら首だけぺこんと下げて言いました。 「はーい。ピカリン、照君、陽君、おはようございます。かわいいウサギさんね。」 「そうなのぉ。」  先生にぬいぐるみを誉められて、ピカリンが嬉しそうにふにゃっと笑顔になります。青い瞳が細められると、いっそうきれいな色になります。  そこに、いつものように千晶ちゃんがちょっかいを出しにやってきました。 「なんだよ、おまえ。まーた、そんなガキみてぇなことしてんのかよ。」  まだまだ子供の千晶が言いました。 「ピカリン、ガキじゃないのぉっ!おねぇさんなのぉっ!」  同じく子供のピカリンが言いました。 「へー、どのへんが。」 「ぴょんぴょんだっこさんしてゆの!おねぇさんなの!」  訳:ウサギを抱っこしてるからお姉さんなの。 「こんなんだっこしってから、ガキだって言ってんだよ。」  千晶ちゃんがピカリンからぬいぐるみを取り上げてしまいました。ぬいぐるみは紐で固定しているだけなので簡単に外せます。 「やぁっ!ピカのぴょんぴょん返してぇっ!」  千晶ちゃんは一緒に遊びたいだけなのですが、素直な性格ではないので、誤解されがちです。すぐにピカリンの保護者の山田太陽ちゃんが止めに来ました。ナイトのお兄ちゃん二人と一緒に千晶ちゃんを責めます。 「おい、千晶!」  その時です。ピカリンがクレヨンを踏んで転んでしまいました。 「きゃっ」 「へ?」  太陽ちゃんの唇にふにゅっとマシュマロみたいに柔らかいものがぶつかりました。 「…太陽ちゃん?」  太陽ちゃんの上に倒れた光が心配そうに見下ろしています。  太陽ちゃんの顔が見る間に真っ赤に染まっていきました。 「――っ!」  太陽ちゃんはピカリンを突き飛ばすと、走って庭に出て行ってしまいました。 「光、大丈夫!?」 「けがしてない!?」  茫然と座り込むピカリンに、照くんと陽くんが駆け寄ります。 「…ふぇっ」  ピカリンの大きな瞳にみるみる涙がたまっていきました。 「光!?どうしたの!?どっか痛いの!?」 「ふぇぇえんっ、太陽ちゃ、太陽ちゃんがぁ…っ」  太陽ちゃんは、庭の隅の木陰で、口を押えて蹲っていました。  心臓がトクトクといつもより早くなっています。 ――どうしよう。光と……チューしちゃった。  太陽ちゃん青春ど真ん中。 「さーんー!」 「太陽どこだー」 「あ、いた。」  気持がぐるぐるしているうちに探しに来た藤本兄弟に見つかってしまいました。振り向くと、ピカリンが顔をぱんぱんに腫らして泣いています。 「ごめんなさいぃ――っ!」 「う、え、え!?なんで光泣いてるんだ!?」  そんなピカリンにいきなり謝られて太陽ちゃん大混乱です。 「ふ、ぇ…。太陽ちゃ、が…っ。ひか、きら…っ」  訳:太陽ちゃんがピカリンのこと嫌いになった。 「な!?なんだよそれ!嫌いじゃないよ!ピカリンのこと嫌いじゃないよ!さっきのはちょっとビックリしただけで…」  慌ててそう言った太陽をピカリンはうるうる目で見つめました。 「…じゃぁ、すき?」 「…っ」  恥ずかしさで、眉間に皺がより、歯がいいっとなりました。 「太陽ちゃん?」 「…そ、れはっ………」  ぎゅうっと握ったシャツの裾に皺がよります。大きな瞳でじーっ見つめてくるその視線に耐えかねて、太陽ちゃんは顔を俯けましたが、それでもがんばって続きを言いました。 「………好き…」 「ピカリンも太陽ちゃん大好きなの――っっ!」  太陽は抱きついてきた光の下敷きになって、真っ赤な顔で目を回してしまいました。





 

女の子day

「ねえ、駅前の和菓子屋さん分かる?」  山田姉妹のお母さんが言いました。 「ああ、中で食べられるところでしょ。」  それに答えるのは愛場姉妹のママです。 「oh!今日女の子dayなんデスね!」  英語訛は藤本兄弟のオリビアお母さん。 「あら、だったら子供たちも連れて行きましょうよ。」 「あ、でも、藤本さんちは男の子がいるから…」 「何にも問題無いデスね!」  オリビアお母さんは、にこにこ笑って答えました。 ******  ここは山百合保育園。  外は生憎の天気です。元気の有り余った子供たちはどんより暗い空を見上げています。とてもさみしそうです。  そうだ、こんな時は気分を変えよう。  先生は棚から、おせんべいの入っていた銀の缶を持ってきました。 「せんせー、それなぁに?楽しいの?」  小首を傾げて寄ってきたのは天使の美貌のピカリンです。 「そうよ。見ててね。」  そう言って開けた缶の中には、色とりどりのリボンや髪留めなどのへアクセサリーがたくさん入っていました。 「きゃー、きれいなのぉっ!」  きゃっきゃと手に取って眺めるピカリンはとても嬉しそう。それにつられて他の子たちも集まってきました。 「太陽ちゃんの髪結ってあげるのぉ。」  そう言ってピカリンは茶色に白のレースの付いたリボンで不器用なりに結びました。はっきり言って太陽ちゃんのセミロングの栗毛はぐちゃぐちゃです。 「むー。うまく結べないー。」 「光、良いよ。ありがとう。今度は私が結んであげる。」  太陽ちゃんは自分の髪はそのままに、ピカリンに空色に白い水玉の付いたリボンを結んであげました。高い位置のツインテールは位置もそろっていて見事です。金色の髪とピンクの服に、空色のリボンが映えました。 「太陽ちゃん上手~!」  ピカリンは嬉しそうです。でも、やっぱり太陽ちゃんの髪を見てしょぼんとしてしまいます。 「ピカリンは上手に結んであげれないの。誰か結んでほしいのぉ…」  そんなしょんぼりしたピカリンを見逃せないのは照君と陽君です。照君はさっきのリボンで太陽ちゃんの髪をポーニーテールに、陽君は紫のポンポンが付いたゴムで照君の前髪を結いました。  手持ち無沙汰な太陽ちゃんは葵ちゃんの髪を花柄のボールの付いたゴムで耳の横で結いました。  葵ちゃんは、まゆちゃんの元からのポニーテールの上から光沢のあるシルクの赤いリボンを結びました。緑の黒髪に映える良い選択です。  明ちゃんは千晶ちゃんにキラキラビーズの蝶々とお花の付いたパッチン止めと、お花の飾りのついた黄緑のカチューシャを着けてあげました。赤みの強い髪に、明るい黄緑とお花のモチーフでお花畑みたいです。  千晶ちゃんは明ちゃんのふわふわの紫の髪を、同じく黄緑のシュシュで緩くまとめました。  そしたら、先生は陽君の前髪を照君と色違いの赤紫のポンポンの付いたゴムで結って、最後に皆の髪を整えたら完成です。 「みんなきゃーいーのーっ!」  ピカリンが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねると、結った髪も一緒に跳ねました。  さあさあ、そんなことしているうちにお迎えが来たようです。外で話し声が聞こえます。 「お向かいにきたのデスね!」 「さんちゃーん。あおいー。」 「明と千晶は良い子にしてた?」  顔のぞかせたお母さんたちは「まあ、」と目を丸くして、嬉しそうに微笑みました。 「私が手をかける必要もなかったのデスね!」  一等嬉しそうなのはオリビアお母さんです。 「この髪飾り、今日つけて帰っても良いデスか?」 「良いですよ。」 「ではおめかししたまま、皆で和菓子を食べに行きまショウ!」  オリビアお母さんの言葉に子供たちは大喜びです。その中で、陽君がオリビアお母さんの裾を引っ張りました。 「ママ。」 「どうしたんデスか?」 「まゆちゃんもいっしょ。」  陽君はお母さんのいないまゆちゃんも一緒に行きたいと言います。  そんな陽君にオリビアお母さんはにっこり笑って答えました。 「もちろんデス。」  みんな揃って目指すは和菓子。どんより雨降り天気でも、とっても楽しい一日でした。





 

嫌いなもの

 太陽ちゃんの嫌いなものは何ですか? 「特にないけど…、幼虫とかは苦手かな。」  葵ちゃんの嫌いなものは何ですか? 「…注射。」  千晶ちゃんの嫌いなものは何ですか? 「俺にダメなものなんてあるわけねぇだろ!」 「千晶ちゃーん!虫―!」 「ぎゃぁっ!!光、こっち来んな!」  明ちゃんの嫌いなものは何ですか? 「無いわ。」  本当に無いんですか? 「ちなみに千晶はプールも嫌いだわ。」  そうですか。  まゆちゃんの嫌いなものは何ですか? 「……」  ピカリンの嫌いなものは何ですか? 「んー?ピカリンねぇ…あ!苺大福!」  昨日寝るまえに『饅頭怖い』を聞かせてもらったそうです。  陽くんの嫌いなものは何ですか? 「…おばけなんていないもん……」  照くんの嫌いなものは何ですか? 「弱点は人に教えない。」  照くんの嫌いなものは何ですか? 「弱点は人に教えない。」  これはそんな照くんの話です。 ******  灰色の雲に太陽が隠れて、外は暗く昼間なのに夕方みたい。空はぽろぽろ泣いて、ころころ鳴いています。  今日はお外では遊べません。 「かくれんぼする人この指とーまれっ」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい。」 「はい。」 「はーいーっ」  ピカリンが指を立てて掲げると、年長組が飛びつきました。明は冷静に指をとりました。  年少組は手が届かないので、まゆちゃんはその場で手を挙げて、葵ちゃんは指を掴もうとピョンピョン跳ねました。 「はーちぃ、きゅぅーう、じゅーう!」  鬼になったピカリンは十まで数えると、きょろきょろとあたりを見回しました。  もういいかい?などとは聞きません。だって、もういいよ、なんて返したら場所がばれてしまいますから。  ピカリンはまず、皆のお道具箱と鞄が入った四角い棚を一つづつ確認していきました。  お道具箱は、可愛い包装紙を周りに貼った四角い大きな箱です。ピカリンのはちいさな人参とうさぎが散りばめられた箱。照くんのは赤い車と青い車と道路標識のイラストが描いてある箱。陽くんのは惑星とロケットと宇宙飛行士の描かれた箱。千晶ちゃんのはリカちゃん人形が着るみたいな可愛いお洋服のイラストがたくさん描かれた箱。明莉ちゃんのは、紫地に黄緑のドットの箱に、オレンジのレースが付いている。太陽ちゃんのは赤と青と緑のボーダー。葵ちゃんのはエッフェル塔といっぱいのハート。まゆちゃんのはグレーの猫ちゃん。  そうやって、見ていくと、一つの四角に誰かが詰まっていました。このカラフルな靴下は、 「葵ちゃんみーつけた!」 「みっかっちゃったーっ!」  たはぁっ、と出てきた葵ちゃんはピカリンにぎゅうっと抱きつきました。見つかっても楽しそうです。  次にピカリンは、隣の部屋に入りました。椅子や机を置いておく部屋です。ピカリンは机の下を覗き込みました。 「あ」 「あ」  机の下の子と目があいました。 「太陽ちゃんみーつけた!」 「私が最初か?」 「ううん。葵ちゃんが先ぃ。」 「わたしー!」  太陽ちゃんは何故か嬉しそうな葵ちゃんの頭を撫でてあげました。  次にピカリンは、トイレの個室を一つずつ見ていきました。  一つ開けて、 「いなーい。」  もうひとつ開けて、 「いなーい。」  最後に掃除用具入れを開けて、 「いたぁ!まゆちゃんみーつけた!」  次にピカリンはリズム室に入りました。体操や、スキップの練習や、ダンスをする部屋です。  そこには壁にべったり張り付いた陽くんが居ました。隠れているつもりなのでしょうか。 「陽みーつけた!」 「…解せぬ。」  隠れていたらしいです。  それからピカリンはたくさんいろんなところを探しました。でも、照くんと千晶ちゃんが見つかりません。みんなもいろんなところを捜しました。でも、やっぱり二人は見つかりません。お外では雷がごろごろなっています。 ******  時間は少し遡ります。  照くんはリズム室の奥の布団部屋に隠れました。するとすぐに、千晶ちゃんが入ってきました。 「ここは僕が先に来たから千晶はダメだよ。」 「はぁ?良いだろ、こんなに広いんだから。」 「ダメだよ。」  そんなことを言っていると、誰かがリズム室に入ってくる音が聞こえました。  二人は息を顰めます。 「なぁ、良いだろ?今から他のところに隠れるのは無理だ。」  小声でそう言う千晶ちゃんに照くんは、しょうがないな、と言いました。 「やっぱりどこにもいないのぉ。」  ピカリン達は、いろんなところを探し回って、またリズム室に戻ってきました。  明ちゃんは途中で先生のお部屋の観用植物の影に隠れているのを見つけました。  窓の外がピカッと光って、ゴロゴロゴロ!と大きな音を立てました。  ピカッゴロゴロゴロ! 「ぴゃぁあアア」  雷に驚いた照くんは、思わず千晶に抱きつきました。いつも冷静で澄ましている照くんに抱きつかれた千晶はビックリしています。 「なんだよ、お前、雷怖いのかよ。」 「怖くないよ!怖くないもん!」  意地悪く言えば、照くんは首を振って否定しますが、離れようとはしません。  ピカッゴロゴロゴロ! 「ぴゃぁあアア!怖いよぉ!雷やだぁ!」  うわーんっ!と、照くんは泣き出してしまいました。すると、扉が外から開けられました。 「照みーつけた!」 「ひかるぅっ!」  照くんは千晶ちゃんを突き飛ばしてピカリンに飛びつきました。 「…解せぬ。」  呟いた千晶ちゃんには、優しい太陽ちゃんが肩を叩いて、 「みーつけた。」  と、言ってあげました。





 

四月馬鹿

 ピピピピ  千晶ちゃんの脇の下が泣きました。嘘です。体温計が鳴りました。  千晶ちゃんのお母さんは、それを見て、うーんと唸りました。 「三十七度二分…微熱ね。今日は保育園お休みしましょうか。」 「やだ!」  リンゴみたいにほっぺを赤くした千晶ちゃんは、言いました。 「え?でも、辛いでしょ?今日一日休めば元気になって明日から保育園行けるから…」 「やだ!大丈夫!私元気だもん!保育園行くもん!!」  やだやだ、と千晶ちゃんは手足をバタバタさせました。でも、その勢いもすぐに収まって、息を荒くした千晶ちゃんはケホケホ咳き込んでしまいました。 「ほら、だから大人しく寝てなさいって。他の子に移してもあれだし…お母さんも一日一緒に居るから…」 「うぅ~~」 「千晶…」  涙目で、歯を食いしばって唸る千晶に、お母さんは首を傾げました。  いつも聞き分けが良く、明の面倒を見てくれる千晶ちゃんが、こんなにも我儘を言うなんてとても珍しい事でしたから。 ******  それはいつのことだったでしょうか。夕食の席で、千晶ちゃんのお父さんが言いました。その日のメニューはハムステーキで、千晶ちゃんが鮭の西京焼きの次に好きなおかずでした。 「二人とも知ってるか?ハムはな、うさぎの肉からできてるんだぞ。」 「え!?これうさぎなのか!?光が泣くな!」 「うさぎ…」  千晶ちゃんはビックリしました。そして、すぐにうさぎが大好きなピカリンのことを思い出して、次はこのネタで泣かせようと考えました。明ちゃんもビックリしました。そしてすぐに、うさぎの肉だったら、何かの儀式に使えるのでは、と考えました。  しかし、すぐに、お母さんが言いました。 「ちょっと、娘に嘘吹き込まないでよ。」 「嘘かよ!」  千晶ちゃんは怒ってそう言いました。 「嘘は4月1日だけ。」 「あら明、良く知ってるわね。」 「何だそれ?」  二人の会話に千晶ちゃんが首を傾げます。 「4月1日は4月馬鹿って言ってね、嘘をついても良い日なのよ。二人ともパパに仕返し考えとかなくちゃね。」  お母さんはそう言って笑いました。 ****** 「…馬鹿……」  目を覚ますと、見慣れた天井がありました。千晶ちゃんと明ちゃんのお部屋の天井です。そう言えば、風邪をひいて寝てたんだっけ、と千晶ちゃんは思い出しました。  体を起こすと、ドアが開きました。 「あら、千晶起きたの?丁度よかった。おじや作ったから食べなさい。」  千晶を呼びに来たお母さんでした。 「…ご飯。」 「片言の千晶も可愛いわぁ。なんだか明みたいねぇ。」  いつもヤンチャで頭の良さをひけらかすような話し方をする千晶が、こんなにも大人しく、あからさまな片言で話すなんて、とても珍しい事です。お母さんは、今の状態の千晶ちゃんと明ちゃんを並べて観察したいと思いました。  千晶は、お母さんに連れられて、隣のちゃぶ台の部屋に移動しました。テレビのある家族だんらんのお部屋です。  ちゃぶ台には、湯気の立った野菜たっぷりのおじやと、りんごジュースが用意されていました。千晶ちゃんのお家では、風邪をひいたら、おかゆではなく、おじやを食べます。おじやは風邪のとき限定のメニューです。一緒に置いてあるリンゴジュースも特別です。普段なら、ご飯のときはお水かお茶ですが、風邪だから特別です。 「食べてる千晶可愛いわぁ」  千晶ちゃんはお友達の中でも特に体が小さく、目は大きくても、口や鼻はとても小ぶりです。いつも小さな口を一生懸命動かして、もきゅもきゅご飯を食べます。特に、今日みたいな熱々のおじやを食べる時は、ふーふー冷まして、はぐはぐ言いながら食べました。 「食べたらお薬ね。苦いけど我慢よ。」  千晶はこくんと首を縦に振りました。苦い薬は嫌いですが、ここで嫌がるのは、子供です。自称子供じゃない千晶はそんなことはしません。 「じゃあ、もうちょっと寝てなさい。」  薬を飲むと、また布団に戻されました。午前中にたくさん寝たからもう眠くないのに、と思いましたが、大きな目を瞑ると、すぐに意識がふわふわしました。 ******  ピカリンは皆ことが大好きです。みんなもピカリンのことが大好きです。  ピカリンはみんなに大好きだと言います。みんなもピカリンに大好きだと言います。  ピカリンは千晶ちゃんにも大好きだと言います。でも、千晶ちゃんはピカリンに大好きだと言ったことはありません。 「…嫌い……」 「何が嫌いなの?」  目を覚ますと、お母さんが居ました。 「喉、乾いた。」 「リンゴジュースあるわよ。」  お母さんは、一度部屋から出て、リンゴジュースをもって戻ってきました。 「ストローだ!」 「千晶は風邪ひきさんだからね。特別よ。」 「それは特別だな。」 「そうよ特別よ。」  千晶ちゃんの口調がいつもどうりになっているのに気付いて、お母さんは小さな脇に体温計を挟みました。 「熱下がったわね。」 「保育園!」  お母さんの言葉を聞いて、千晶ちゃんは、瞳を輝かせました。 「あらあら。千晶は保育園が大好きねぇ。じゃあ、明のお迎え一緒に行こうか。」 「うん!」  やったぁ!これで計画を実行できる!  千晶はガッツポーズをしました。 ****** 「あ!千晶ちゃんだっ!!」  千晶ちゃんが保育園に行くと、すぐにピカリンが気づいて駆け寄ってきました。 「風邪治ったんだ。」 「…治ったんだ。」  照くんと陽くんもピカリンに続いてやってきました。 「今日お前が居ないから光がすごいしょんぼりしてたんだぞ。」  太陽ちゃんの子の言葉に、千晶ちゃんは胸がきゅーんとしました。 「光!」  千晶ちゃんは決心してピカリンを呼びました。 「なぁに?」  いつもどおりフリフリの服を着て、うさぎのぬいぐるみを抱えたピカリンが、可愛く首を傾げて返事をしました。フリル付きのリボンの付いたカチューシャは、不思議の国のアリスみたいです。天使の輪っかのいくつも付いた、金色の髪の毛が、きらきら輝きました。 「私はお前が嫌いだ!」 「え?」  千晶ちゃんがピカリンを指さしてそう叫ぶと、ピカリンが固まりました。みんなも固まりました。 「千晶、嘘を言って良いのは午前中だけよ。」 「え?」  一人事情を察した明がそう言うと、今度は千晶が固まりました。  千晶ちゃんのお母さんは、あらあら、と目を丸くしています。  陽くんと照くんがじとっと千晶を睨みました。  ピカリンは皆ことが大好きです。みんなもピカリンのことが大好きです。  ピカリンはみんなに大好きだと言います。みんなもピカリンに大好きだと言います。  ピカリンは千晶ちゃんにも大好きだと言います。でも、千晶ちゃんはピカリンに大好きだと言ったことはありません。 ――でも、千晶ちゃんだって、本当はピカリンのことが大好きなのです。 ――4月1日は嘘をついても良い日なんだって。  千晶ちゃんは、泣きたくなって、泣くのを堪えて、言いました。 「だ、大っ嫌いだ、大っ嫌いだ大っ嫌いだぁっ!!!」  やけです。 「――う、うわぁぁぁぁあああん!!」  ピカリンが泣き叫びました。 「――あああぁぁぁぁあああん!!」  千晶ちゃんも泣きだしました。そしてそのまま走り出しました。  山百合保育園には、泥のお山があります。土管のトンネルと、石の滑り台のあるお山です。千晶ちゃんはそのトンネルの中で、三角座りをして落ち込んでいました。 「おーい。千晶?」  妹の葵ちゃんの手を引いた太陽ちゃんが外から声を掛けました。 「……光は?」 「泣きつかれて寝た。で、帰った。」 「そっか。」  柄にもなく、元気の無い千晶ちゃんに、太陽ちゃんは心配になりました。 「どうせ明日にはけろっとしてるぞ。」 「うん。」  葵ちゃんが太陽ちゃんの手をくいくい引っ張りました。 「ぴかりんは、ちゃーちゃん、だいすき。」  葵ちゃんも心配しています。 「…知ってるし。」 「病み上がりなんだから早く出てきなよ。」  太陽ちゃんと葵ちゃんは帰っていきました。  二人が行ってしまうと、今度は明ちゃんが迎えにきました。 「千晶、帰ろ。」 「…うん。」  いつもとは反対に、この日は千晶ちゃんが明ちゃんに引っ張られて帰りました。 ****** 「おはよー。」  翌日。千晶ちゃんが保育園に行くと、先に来ていたピカリンが笑顔で寄ってきました。 「千晶ちゃん!」  まったく、昨日の今日で切り替えの早いこと。 「なんだよ。」  本当は嬉しいのに、わざわざしかめっ面を作って、千晶ちゃんは答えました。 「あのね、ピカリンも千晶ちゃん大好きなのぉ!」 「なっ!」  ピカリンは元気よく言いました。驚いた千晶ちゃんは、バッとみんなを振り返りました。葵ちゃんは、にぱぁといつも以上にあほの子全開な笑顔を振りまいているし、まゆちゃんはくすくす笑っています。いつも無表情な陽くんと照くんはにまにましているし、太陽ちゃんは、笑いを堪えようと、口元をひくひくさせて、明ちゃんは吹きださないようにほっぺたをぷくぅっと膨らましています。  みるみる内に千晶ちゃんのほっぺたが赤くなりました。風は治ったのに、りんごちゃんほっぺです。 「4月1日は嘘つく日で、午前中だけだけど、千晶ちゃんは間違いで。ピカのこと大嫌いの嘘なのぉ!!」  ピカリンが追い打ちを掛けました。 「だ、だ、大嫌いは嘘だけど、別にだからって大好きってことじゃなねぇし!」 「ツンデレなのぉ!」 「ぶふぅっ」  照くんと陽くんが吹き出しました。  そんな二人に千晶ちゃんが詰め寄ります。 「お前らか、こいつに変な単語教えたのは!?」 「わぁ、ツンデレだぁ。」 「ツンデレだぁ。」 「おい!」  二人はツーンと横を向いてしまいました。 「難儀な奴よのぅ!」 「ぶふぅっ」  ピカリンがまた謎発言をすると、今度は太陽ちゃんが噴出しました。 「太陽!」  太陽ちゃんも、前の二人の真似をして、ツーンと横を向いてやり過ごそうとしましたが、二人のようなポーカーフェイスはできませんでした。 『千晶ちゃんは難儀なツンデレよのぅ』  しばらく保育園ではこの言葉がはやりました。





 

双子ちゃんのお迎え

 田舎の小さな村に、美しい巫女が居ました。一族でも珍しい、神秘の力を持つ巫女でした。巫女は、よそから来た男の人と、恋に落ちました。しかし、彼女の一族は彼女と男の人を引き離そうとしました。  巫女は、神様のモノですから、他の人のモノになってしまったら、巫女の力を失ってしまうのです。  反対を押し切った巫女は、力を失ってしまい、恋人とも引き離されてしまいました。残ったのは、お腹の中の赤ちゃんだけ。力も恋人も失った巫女は、子供だけはと、一人育てる決心をしました。  生まれた子供は双子でした。そして一人は、巫女にも勝る力を持っていました。しかし、その力には副作用があり、それは巫女をとても戸惑わせるものでした。  巫女は、子から距離を置くようになりました。一緒に居たら、気がおかしくなってしまいそうだったのです。  日に日にやつれていく巫女は、あるニュースを目にしました。恋人だった男が、結婚し、子供をつくったというニュースでした。  その時、巫女は壊れてしまったのです。壊れた巫女は、今度は子供とも引き離されてしまいました。 ******  山百合小学校では、二十分の中休みは外で遊ぶ決まりがあります。一年生のまゆと葵と、四年生の光と照と千晶と明と太陽と、一人だけ五年生の陽は毎日一緒に遊んでいました。  今日の遊びはかくれんぼです。鬼の千晶が数を数え始めると、みんな隠れ場所を捜しに走ってきました。  そんな中、まゆと明は隠れ場所を捜さずに、校内と郊外を隔てる策に近づいて行きました。そこには、先ほどから、5人を見ている長い髪の女の人がいました。 「あなた、誰?陽と似てる。」  明の言葉に女の人は目を丸くしました。 「あなた、不思議な子ね。」 「不思議は好きだわ。」 「そっちの子は、天使様?」  今度は明かりが目を丸くする番でした。 「早く隠れないと、もう数え終わってしまうわよ。」  女の人は、何か言いたげな明に綺麗な笑みを送って、どこかに行ってしまいました。  いつものように六人で一緒に帰りました。千晶と光がいつものように言い合いをして、無駄に走り回りました。陽と照が光の味方に付いて、葵がはしゃいで、太陽が仲介に入りました。まゆと明は何も言わずに陽と照を見ていました。  藤本兄弟が家に帰ると、玄関に見たことのない女性用の靴がありました。お客さんが来てるんだね、と言いあって、各自部屋にランドセルを置いて、照の部屋に集まって、遊ぶことにしました。  しばらくして、部屋の前でオリビアお母さんが三人を呼びました。 「大事な話があるのデスね。」  そう言って部屋に入ってきたのは、オリビアお母さんと陽一お父さんと、それから 「母様!」  艶やかな黒髪の、目元の涼しげな女性。名前は天見家照夜。陽と照のお母さんでした。  陽が喜びの声を上げて、その人に駆け寄って行きました。 「母…様…?」  しかし、照は震える声で呟いたまま、その場で固まっていました。 「今日は、大事なお話があって来たの。」 「大事なお話?」 「ええ。私たち、また一緒に住めるのよ。」 「え!本当!?」 「本当よ。待たせてごめんね。もう、大丈夫だから。」 「母様もここで一緒に住めるの!?」  喜ぶ陽のその言葉に、照夜は微笑みを消し、辛そうな顔をしました。 「…どうしたの?」 「…違うわ。」 「じゃあ、僕たちが前の家に戻るの?」 「それも違うわ。」  緩やかに首を振って否定する彼女。陽はキョトンと続きを待ちました。 「聞いてくれる?ここは、陽一さんと、オリビアさんと、光ちゃんのお家なの。」  それを聞いて、え、と陽の顔が歪みました。 「陽と照は私と一緒に帰るのよ。」 「陽君に触らないで!!」  なだめようと、その肩に手を触れると、今までショックで固まっていた照がその手をぱちんと払いのけました。 「母様が陽くんの首を絞めたんだ!なんで!?陽君はよく分かってないみたいだけど、俺は、俺は…」  照夜は、はらわれた手をぎゅっと押さえ、照に視線を合わせて言いました。 「照、ごめんねなさい。照はあの時見てたんだものね。でも、もう大丈夫なのよ。二度とあんなことしないから。」 「謝ったら許されるの!?俺は帰らない!陽君も帰さない!」  陽を庇うように抱き寄せて、こちらを睨みつけるわが子。照夜は胸が締め付けられるように苦しくなりました。  陽一が言いました。 「照。あの時の照夜は普通じゃなかったんだ。心の病気だったんだよ。それで、病気を治すまでの間、ここでお前たちを預かっていたんだ。」 「なに、それ…」  大きく見開かられた黒曜石の瞳から涙が溢れ、白い頬を伝って落ちていきました。 「あんたは俺達を息子だって言ったじゃないか!あんたは自分をパパだって、ママだって…あれは嘘だったの…?」 「違う。俺たちはお前のパパとママだ。でも、照夜もお前のお母さんなんだ。」 「照…」  照夜が照に手を伸ばしましたが、その分照は後ずさってしまいます。 「今更何言ってるの。」 「照。」  陽が心配そうに照を見つめています。 「何も知らないくせに、何も知らないくせに!」 「何を知らないの?」 「母様が、陽に乱暴してるなんて見たくなかった。信じたくなかった。母様にうそでしょって聞きたかった。うそだよって言って欲しかった。でも、そのまま会えなくなった。」  照の瞳から、絶えずぼろぼろ涙がこぼれました。陽は、それを一生懸命拭いました。双子の弟が辛い思いをいているのが、とても辛くて、陽の瞳にも涙が溜まっていきました。 「いきなり知らない家に連れてこられて。知らない人が出てきて。俺たちのパパとママだって言った。」 「照、照泣かないで。」  泣かないで、と言いながら、陽もまた泣いていました。 「嫌だって思った。母様は何処?て。お家に帰して、て。――でも、光がいた。」 「照…っ」  いつの間にか、二人につられて光もぼろぼろ泣いていました。 「光が、お兄って駈け寄ってきて。きらきらしてて。――光が支えてくれたんだ。パパとママと繋いでくれたんだ。光と一緒に居たいんだ!」  光は照をぎゅっと抱きしめました。 「照、光ここに居るよ。一緒に居るよ。」 「光とも、ママとも、パパとも、離れたくない。友達だってたくさんできた。千晶も、明も、太陽も、まゆちゃんも、葵ちゃんも…っ」 「照…」  照夜は力の無い声で呟き、ふぅっと吐息を吐きだした。 「陽も…選んでいいのよ?」  照夜の言葉に、陽は返事の代わりにぎゅっと照にしがみつきました。 「分かったわ。」  俯いた彼女の頭の下の畳に、ぽつぽつと、染みができました。 「私は、母様失格ね…っ」  彼女の震える声に、陽は照にしがみついたまま言いました。 「母様、好きだよ。」  照夜ははっと、濡れた顔を上げました。 「でも、オリビア母さんも好きなの。光も好きなの。お父さんも好きなの。」  照夜は涙を拭いて、ふらふらと立ち上がりました。 「お騒がせしました。」 「「母様!」」  陽と照が同時に彼女を呼びました。 「また、会いに来ても良いかしら。」 「いつでも。」  最後にふっと優しい笑顔を見せた彼女に、オリビアも優しい笑顔で答えました。 ******  朝、空色のランドセルと藍色のランドセルを見つけた千晶は真ん中の空色をぽんと叩きました。 「はよーっす。」  千晶を筆頭に、 「ごきげんよう。」 「ごきげんよう。」  まゆと明が、 「おはよう。」 「おはよう!」  太陽と葵が挨拶すると、 「おはよう!!」 「おはよう。」  光と陽がそれに返して、 「…おはようございます。」  最後に照が綺麗な顔で微笑みました。 「あの照が俺達に(私達に)微笑んだ!!?」 「ふふふ」  そのやり取りを見て、まゆと明が笑い合いました。  母の日のその日、昼休みに四人でお母さんの絵を描きました。陽と照の画用紙には、黄色い髪の女の人と、黒い髪の女の人が描かれていました。


秘密の双子ちゃん<完>