若返り


 「ん?何コレ?」  光君が学校に来ると、机の上にペットボトルが置いてあった。 「誰のか知ってる?」 「知らないよ~。」 「飲んでも良いかな?」 「良いんじゃない~?」  とぼけた質問に無責任な返答。  みんなが良いって言うから飲んじゃおうっと。後で文句言っても知らないよ。置いとくのが悪いんだもん。  その時はまだ誰も予想していなかった。生まれてこのかた食べ物にあたったことなどない、無駄に丈夫な光だからこそできたのかもしれない、その常識はずれな行為が、まさかあのような悲劇を産むだなんて…。 ******  朝、千晶は久しぶりに姉の明に会った。寮の前で千晶のことを待っていたのだ。 「可愛い妹の千晶ちゃん♪おもしろいお薬できちゃった。」 「はあ!?ちょっと…」  マッドサイエンティストな彼女は満面の笑みで千晶にペットボトルを渡し、去っていく。  俺にこの危険物をどうしろと?  とりあえず教室の自分の机の上に置いて、職員室に日誌をとりに行ってきます。学級委員は大変だなあ。先生にたくさん仕事頼まれちゃったぜ。そんな感じで現実逃避していると、みんなが登校して来たようだ。さ、今日もぶりっ子するか。 「みなさん、お早うございますですわーって、ええ!?」  彼女が驚くのも無理はない。なぜなら、そこにはあるはずのあの薬が無くなっていたのだから。  「え、これどういうことだよ。」 「知らないよ、でもどうしよう。」  なにやら光のクラスが騒がしい。光の様子がおかしいようだ。とりあえず緊急事態にて呼ばれた、彼と一番仲の良い、青木隼人が対応する。 「君は誰ですか?」 「ピカリンはねえ、ピカリンってうーの。」 「ピカリンはいくつですか。」 「みっちゅ。」  そう言って光は三本指を立てて見せる。そう、光は明の「精神年齢三歳になっちゃうわよ」薬を飲んでしまったのだ。  高校生男子が舌っ足らずに一生懸命話す姿は普通なら不気味に映るものだが、そこはクラスのいや、学園のアイドル光。クラスはほのぼのとした空気に包まれていた。  しかし、問題がある。 「みんなはだぁれ?ここはどぉこ?」  三歳児光はこの状況についていけていなかったのだ!(あたりまえ) 「ママ…いない。パパ…いない。――ふ、ふあぁ――ん。」  光は泣き出してしまい、生徒は大慌てだ。  ガラッ 「光!?」 ******  千晶は行方不明の薬を探していた。すると、隣のクラスがやけに騒がしく感じ、ふと、クラスに隼人の姿が見えないことに気がついた。 「隼人さんはどちらへ?」 「二組の子に呼ばれていったよ。」  千晶は二組に向かう。扉を開けると光が泣いていた。 「光!?」 「ちあきちゃん!」  千晶と光君は幼馴染だ。三歳児光は千晶を知っている。やっと知っている人が見つかって、光は笑顔で千晶に駆け寄っていった。 「ちあきちゃん!ちあきちゃん!」 「なに?二人って幼馴染なの!?」 「救世主!?」 「これ、どうにかしてくれよ!」  そんなんこと言われったって俺にこの状況をどうしろと? 『千晶も薬を飲めば良い!』  千晶の心の中での訴えにクラスのみんなが答えてくれる。クラスのみんなが一つになった瞬間だった。  千晶は、なんだかもう自棄になって薬を飲んだ。三歳児千晶ちゃんの登場である。  だが、これにもまた問題があった。三歳児千晶はいじめっ子だったのだ。 「ちあきちゃん!」 「うるさいよ。」  三歳児千晶は三歳児光を突き飛ばした。 「わぁああ――ん!ちあきちゃんがこわい――!」 「ほんと、るっさいなあ。泣けばだれかが助けてくれるわけじゃあるまいし。」 「ああ――ん!ママ――!」 「てめぇはいっつも、ママママママママ。ママがいなけりゃなんにもできねぇのかよ。ばかか。」 「ピカリンばかじゃないもん――!にかこくごはなせるも――ん!」 「それはママがオ―ストラリア人だからだろーが。ばーかばーか。」 「うわぁあああ――ん!」  クラスがアウェーな空気に包まれる。 「誰かどうにかしてやって――。」 「この薬いつ切れるんだ。」  その時、隼人君は見てはいけないものを見てしまった。それはペットボトルに書かれた文字。 『効力二十四時間。』  一、二組の生徒は、この日一日子守に追われることとあいなった。