Tの正体


 バンドを組むとなったら、役割を決めなければならない。 「僕、琴以外の楽器できないんだけど。」 「お前の琴ならバンドでも大丈夫じゃないか?」 「そう?」  どうやって出しているのか分からないが、光の琴には、十分な音量があって、他の楽器に混ざっても、聞きおとりしないに違いない。 「じゃあさ、隼人がボーカル?」  そう言われると、どうなんだ。 「んー。乗り気はしないな。ギターやりたいし、目立つの好きじゃないし。」 「ギター目立つけどね。」 「でも、ボーカルがやっぱりメインじゃないか?」  隼人は腕を組んで唸るが、光はあっけらかんとしている。 「まあ、どっちにしても二人じゃしょうがないし、メンバー集めるべきだよね。」 ******  「へーすけ。バンドやんない?」  翌日、光が声をかけたのは三つ子の一番下。唯一帰宅部の山田平助。 「ふぇ?バンド?誰がやんの?」  寝坊して朝食を食いっぱぐれた彼は、おにぎりをモグモグしながら答える。  口にものを入れたまましゃべるのは見苦しいが、彼の場合なにか動物っぽくて憎めない。現に、近くの女子が、かわいー、とか言ってるし。いいねぇ、イケメンは何しても誉められて。 「今、僕と隼人しかいないんだ。メンバー探してるの。」 「良いよー。楽しそう。でも、俺楽器できないからボーカルで良い?あ、ちゃんと歌に自信あるからさ。」  へらへらと笑う平助の答えに隼人は小さくガッツポーズをした。これで自分がボーカルをしなくて済む。 「やったね。ボーカルいなかったんだ。」 「ピカリン音痴だもんねー。」  あはは、うふふ、と平助と光が花を飛ばしていると、千晶がやってきた。 「何を話しているのかしらー?」  相変わらずの間延びした口調に、場のリズムがいっそうゆっくりになる。 「あ、千晶。」 「バンドのメンバー集めだよ。」  それを聞くと、千晶はいつもの良く分からないけらけら笑いを浮かべて手を叩いた。 「あら、楽しそうなのですわー。私も入れてくださいなのですわー。」 「え、でもお前、今まで部活の勧誘ことごとく断ってたじゃないか。」 「正直どうでもいい人たちに誘われても気乗りしなかっただけなのですわ―。」 「あはは、兄ちゃん達乙。」  隼人の疑問にあっけらかんと答える千晶は本当はドSなのではなかろうか。  そして必死で彼女を勧誘していた兄たちを笑う平助は全く弟がいが無いというものだ。 「童葉さんと唐草さんには内緒なのですわー。」 「千晶ちゃんは何か楽器できるの?」 「エレクトーンが弾けるのですわ。六年前に始めたのですわ―。」 「へー。」  各部から熱烈な勧誘を受ける彼女は楽器までできるというのか。まったく、天は二物を与え無いとか大嘘だろう。 「とりあえず四人居れば何とかなるかな。」  光の言葉に楽器を知らない平助が首を傾げた。 「重い音が無いけど?」 「エレクトーンって、足でベースできなかったけ。」 「できるのですわー。」 「おー。」  疑問解決。問題解決。こうして四人のバンドグループが立ち上がった。 ******  放課後、 「ねね、四人でカラオケ行こうよ。」 「おー、良いね。親睦会?」  例の通り例のごとく、隣のクラスからやってきた光の提案に平助が乗った。隼人としては、それとは関係なしに向こうのクラスに光の友人はいるのか心配だ。  そうして、隼人ははたと思う。 「あれ?お前、音痴って言わなかったっけ?」 「得意と好きは別物だよ。」  それもそうだな。早速、千晶も誘って行くことにした。 「白鳥、来れるか?」 「行きますわ―。」  駅前のカラオケに行くまでには、繁華街を通ることになる。立ち並ぶ店に駐車・駐輪するスペースはほとんどなく、狭い道に車や自転車が置かれてより狭くなっていた。人は多いし、電線は低いし、いつも賑やかでごみごみとしている。  そして、光が俺にべったりなのは、ボディーガードという役割があるからに違いない。だって、繁華街には柄の悪いやつが多いしな。本当にまったく。 「ようよう、兄ちゃん。女二人侍らして、うらやましいねー。」  こんな感じに。って、まじで絡まれた! 「わあ、時代を感じるチンピラだ。」 「男も二人いますけど。」  能天気に声を上げる光と、冷静に突っ込みを入れる平助は全くどういう神経をしているのか。というか光は男だ。 「チンピラじゃねえぞ。本物のヤクザ屋さんだ。お嬢ちゃん、無鉄砲と勇気は違うんだよ?」 「わー、こんなにあからさまに無視されると悲しい。」 「ドンマイ。」  オーバーアクションで項垂れる平助を励ますと、男に襟首を掴まれた。 「良いから、お前。ちょい面かせや!」 「俺!?」  おじさん、顔が近いです。あと、たばこ臭いです。  隼人が思わず両手を上げて降参の姿勢をとると、光が隼人を拘束する男の手首をもってねじ上げる。 「誰に頼まれたの?」 「いててっ!」  男が苦痛に顔をしかめる。大げさなように見えるが、光のバカ力だ、相当痛いに違いない。 「本物が一般人に絡むわけないじゃない。誰かに頼まれたんでしょう?」 「言う訳ねえだろ。」  おっさん、手首がもう結構やばい方向に向いてるっていうのに、どうしてそう冷静でいられるんだ!?と思っていると、はっとした光が叫んだ。 「千晶!」 「!?」  振り向くと、千晶がナイフを持った男の手を蹴り上げていた。  続いて両手が上がり無防備になった男の腹に蹴りを入れるが、またもう一人の男が怒号を上げて隼人に襲いかかってくる。千晶は男の前に出ると男の襲い掛かる勢いを利用して投げ飛ばした。はずみで彼女のぐるぐるメガネが飛んで行く。 「大人しく地に伏してろ。」  メガネを外したその顔を俺は知っている。 「――お前!?え、白鳥財閥の…。」  それを見たのは兄からのメールに付属されてきた白鳥財閥副社長の結婚式の写真でだ。  彼女は花嫁そのままの顔で花嫁にあるまじき凛々しい表情で隼人を見る。 「白鳥千晶。お前の二人目のボディーガードだ。」  花嫁が俺のボディーガード、だと!?いや、それより待てよ。 「二人目はTだろ?」 「Tは千晶ちゃんだよ。」  光の発言に耳を疑う。隼人は驚きに目を見開いた。  千晶がTで、Tが花嫁? 「え、マジで?」  信じられないと博人が茫然としていると、千晶の後ろに回った平助が千晶の鞄から赤縁メガネとヘアバンドを取り出して彼女に装着した。 「じゃーん。」  その顔は正にT。 「うわー、分からなかった。え!?ていうか何。何で平助が知ってんだよ?」 「そ・れ・はー。俺がピカリンの義弟だからでーす。」 「妻の弟でーす。」 「何――!?」  手を取り合っておちゃらける二人の衝撃の関係に隼人のリアクション芸も限界を感じる。 「ドンマイ。」  そう言って肩に置かれた千晶の手に、素直に感謝できる筈もなかった。 ******  なんだかんだあってカラオケ。  千晶の歌声に思わずスタンディングオベーション。 「白鳥がボーカルやった方が良いんじゃないか?」 「青木がひどい!」  隼人の正直すぎる感想に、傷ついた平助が光にしなだれかかる。 「いや、だってさ。」 「だっても何も無いわよー。」  しくしくと嘘泣きをする平助をどうしようかと千晶を見る。 「コーラスぐらいはやってもいいけど、メインは無理だな。」 「なんで?」 「ばれそうだし。」 「?」  隼人がハテナを飛ばしていると、光がその肩を叩いて一枚のCDを差し出した。 「隼人、これこれ。」 「AKIRA?」 「千晶ちゃんのCD」 「!?」 「デビューしてない歌い手CDだけど、オリコン入ったんだよ。」  兄貴。俺の周りは俺の知らないことでいっぱいだったよ。あと、光は本当に音痴だった。