転校生
それは高校生活にも慣れ始めた5月の終わり。 連休明けのけだるい身体を引きずって登校すると、教室中が一つの話題で盛り上がっていた。 「何の話?」 「おはよ、隼人!今日転校生来るんだって、しかも二人!!」 適当な奴に話しかければ興奮気味で答えてくれる。 この学校は幼稚園から高校までが隣接して、一つの敷地の中にある。隼人は高校一年で、寮に入っている。 私服校ではないが、個性を尊重する校風で、制服の改造は自由だ。隼人の金に染めた髪も、目立ちはするが咎める者はいない。 「こんな時期に?なにそれ、うちのクラス?」 「一人はね。もう一人は隣。」 「へえ、男?女?」 「それがねえ、うちのクラスは…」 ガラッ 「席に着けー」 みんながバラバラと席に着く。しかし近くの席同士で会話は続行中。 因みに隼人の席は窓側から二番目の列の一番後ろ。隣は空席だから実質窓側一番後ろの特等席だ。 「みんな静かに、今日は転校生を紹介する。入りなさい。」 ザワザワがサワサワ程度に落ち着いたころ、変な奴が入ってきた。 個性的な輩の多いこの学校では、ふつうにカテゴライズされるかもしれないが、世間一般からしたら変な奴だった。 まず、背が低い。140~150の間といったところだ。それはまあ、良い。背の低い奴なんてどこにでもいるから。 変なのは服装だ。改造された制服は、夏休みが終わったばかりだというのに長袖なのだ。ブレザータイプの制服のボタンを黄色の大きな物に付け変えたそれは、身長に対して大きすぎ、袖が余って膝の辺りにまできている。 また、中に着ているのはフード付きパーカーなのにリボンタイをきちんと結んでいるし、ミニスカートの裾からスパッツが見えていて、ソックスは長すぎるのか膝まであげても下の方が少しだぼついていた。 中でも目を引くのが顎から眉の半分の面積を占める博士と呼んでくれと言わんばかりの大きな丸メガネで、ピンとゴムで前髪が上げられているためにより目立っている。 さわさわがザワザワに変わった。 「皆さん初めましてなのですわー。白鳥千晶と申しますですわー。仕事の都合で転校してきて、寮に入ることになったのですわー。これからよろしくお願いしますですわー。」 ですわー、って… 「と、言うわけだ。みんな仲良くしてやってくれ。席は青木の隣が空いているからそこに座りなさい。」 転校生が歩いてきた。さらば俺の特等席。 「よろしくですわ、青木隼人さん。」 「おう、よろしく。」 あれ?先生俺のことフルネームで呼んだっけ。 「青木、昼休み校舎案内してやってくれ。」 雑用か。 「迷惑おかけしますですわー。」 隣席の転校生その一は転校早々強烈なインパクトを与えてくれた。 ****** 「昼休みだけど、弁当あるか?それとも学食?購買もあるけど。――ええっと…」 「千晶ですわ、青木さん。お弁当持ってないから学食に案内してほしいのですわ。」 「隼人で良いぞ。」 昼休み、先生の言いつけ通り千晶に校舎を案内してやる。 教室を出ると人だかりができていた。廊下と教室の間の窓から隣のクラスを覗いているようだ。 「何してんだ。」 「転校生見に来たんだ。めっちゃ美人!」 「え、どれどれ!?」 隼人、千晶そっちのけである。でもまあ、千晶も興味があるようで隣で覗いているから良いだろう。 そいつは確かに美人だった。 半袖シャツにベストを着て、ネクタイをベストの外に出している。ショートパンツから延びる足は長く、黒いニーソックスをはいている。 柔らかそうなウェーブを描く髪は、襟足を長めにとってある。透き通るような碧い瞳と人工の物ではない艶やかな金髪が異国の血が混ざっていることを教えてくれた。 うわ、可愛い… 隼人が見とれていると、長い睫に縁取られた大きな瞳がこちらを向き、チェリーピンクの唇が綺麗な弧を描いた。 え、俺に笑い掛けた? ドキッとした。 でも、 「ああ!笑った!」 「あれ、俺にだぜ!」 「違う、俺だって!」 そう思ったのは俺だけではないようだ。 「千晶、行くか。」 「はいですわ。」 いつまでもここにいても仕方がない。隼人は校舎案内を再会した。 ****** 放課後、自然科学研究部の隼人はする事がない。 この学校では何かしら部活動に所属する事になっていて、幽霊部員希望者はこの部に入るのがおきまりになっていた。だから、実質帰宅部の隼人は寮に帰るのみ。 男子寮と女子寮は隣接している。エレベーターのないこの寮の部屋割りは、四階が一年、三階が二年、二階が三年で、一階は食堂と広間だ。 隼人は四階まで階段を上り、ルームキーを回した。 おかしい。 鍵を開けたはずなのにドアが開かない。もう一度回すと、 ガチャッ 開いた。同室の大樹が帰ってきているのか。しかし、バスケ部は今日も練習のはずだ。堂前大樹は期待のホープである。 不審に思いながらも部屋に入ると、リビングで人が寝ていたが、大樹ではない。 スリーピングビューティー、それは隣のクラスの転校生だった。 隼人はどうして良いか分からずに、その寝顔を眺めた。 なぜか博人たちの部屋にいた転校生その二は、制服のまま手足を投げ出し、安らかな寝息を立てている。 ほんと可愛い顔してるよな… 伏せられた長い睫は金色で、肌の色は白いが、頬は淡いピンク色。 隼人は知らず息を飲んだ。 俺じゃなかったら、襲ってんぞ… 睫が震え、大きな碧い瞳が顔を出す。じっと見つめていた隼人と目が合ってしまった。 「よ、よう。」 「ん~…」 目を擦りながら起きあがる転校生にどきまぎしながら声をかけると、トロンとした瞳で見つめて――抱きついてきた。 「太陽ちゃーん…」 誰だ!? 「うわわわわわっ!俺違う、太陽じゃない!!」 片言になった。 抱きつかれたまま碧い瞳に見つめられる。心臓がバックンバックン言う音がやばい。その瞳が一度瞬いて―― 「あ、隼人だ。」 もう訳が分からなくなった。 「転校生が何でここにいるんだ。女子寮は隣だぞ。」 隼人の台詞に転校生は一瞬キョトンとしてから、楽しそうに笑いだした。バカにされていると感じないのは顔の造形のせいなのか。 「僕、男だよ。で、今日からルームメイト。よろしく隼人、僕、藤本光。」 隼人の時間が一瞬止まる。 「は!?お、男!?」 理解したとたん抱きついたままだった光を引き剥がす隼人は正直者で、それに対抗してより強く抱きついてくる光はひねくれ者だった。 ****** 寮に帰ると美少女が出迎えてくれた。 「お帰り!」 「…どちら様?」 奥でルームメイトの隼人が答えてくれる。 「今日から同室の藤本光。」 衝撃的だった。 これで男!? 「君は?」 「堂前大樹。」 美少女改め、美男子光は、花のような笑顔を振りまいた。 「よろしく!」 リビング中央の足の短いテーブルに付き、大樹が胡座を掻くと、お茶を入れてくれた隼人が斜め左側、冷蔵庫から何かを取り出してきた光がまたその左側に座った。 「さっき荷物が届いたんだ。まだ荷解きはしてないんだけど、これだけ出したの。苺大福、僕の好物だよ。」 白い箱には、一つ一つ包装された白い固まりが全部で九個きちんと収まっていた。そのうち三つを隼人と大樹と自分の前に置く。 「一日一個、いただきまーす!」 隼人と大樹も光に習う。 柔らかな餅に包まれた甘い餡と甘酸っぱい苺が相性抜群。隼人と大樹は滅多に食べない苺大福に感動したが、それより―― 「おいしー」 とろける笑顔の光の方に見入ってしまった。 不覚。 「じゃ、残り冷蔵庫に入れるから。荷解きするけど、僕の部屋どれ?」 一番奥が開いているからと大樹が立ち上がり、光がついていく。そのまま三人で荷解きを開始した。 兎ほどのものから小学生の身の丈ほどもあるものまで全部で50はあるであろう兎たちが顔を見せる。 「光、何だこれ。」 「兎。」 そんなことも分かんないの?みたいな顔をされても困る。 「何でぬいぐるみばっか…」 「えー!ぬいぐるみばっかりじゃないよ、抱き枕も、布団も、机も、座椅子も、座布団も、食器もあるもん!」 「何で、全部兎なんだよ!」 「だって、兎好きだもん…」 光は手近な兎のぬいぐるみを抱きしめて、頬を膨らませ、拗ねた口調で言った。 そんな顔をしても可愛い。兎も彼の引き立て役にしか見えない。 「分かった、悪かった、怒んなよ。」 他人の趣味に口を出す気は無い隼人はすぐに謝った。まあ、いくら可愛くてもやはり拗ねた顔よりは笑顔を見ていたいと言うのもあったのかもしれない。人を構わせるのも一種の才能だ。 「怒ってない!隼人大好きーっ!!」 そう言って、兎をほっぽりだして隼人に抱きついた光の笑顔は行き過ぎな程に可愛かった。 そういえば何で俺の名前知ってたんだ? 疑問の残る隼人だった。