両手に花


 ある日の昼休みのことである。三つ子と千晶と隼人が昼食の準備をしていると、光がやってきて、千晶と隼人と連れ立って購買にパンを買いに出かけた。  残された三つ子に、近くにいた男子Aが何気なく話しかける。 「青木はどっちと付きあってるのかね。」  聞かれた三つ子はそろってぶはっと噴出した。 「それは、千晶ちゃんはどっちと付きあってるのか、の間違いではなくて?」  青木隼人→男、白鳥千晶→女、藤本光→男。性別的に言ったら、両手に花状態なのは千晶だ。 「間違いではなくて。見た目で言って両手に花は青木だろ。」  隼人はどうしたって男。千晶はぐるぐるメガネで顔は分からないが男には見えない。光は一見して美少女。男だと認めるのが難しいほどに美少女。 「ちなみに、性格的に両手に花なのはピカリン。」 「性質的に両手に花なのは隼人だね。」  唐草と平助が、くつくつと笑いながら言った。  隼人は言葉づかいも行動も男の子。千晶はとんでもなく男前。光は芯は男らしいが普段は甘え上手の可愛い子ちゃんだ。 「性質的に?」  男子Aが聞き返すと、二人は交互に楽しそうに教えてくれる。 「千晶ちゃんとピカリンは、ペットボトルを素手で捻り潰すよ。」 「スチール缶潰しもお手の物。」  それに童葉が反論した。 「いや、千晶は頑張ってる。」  いや、反論でもなかった。頑張っても普通はスチール缶を潰せない。 「あー、ピカリンは涼しい顔でやるよね。」  それに確かに、と頷き、信じがたいことを言う唐草。まじか。 「スプーン曲げは物理だよ。力入れなくても曲がっちゃうらしいから、本当に超能力みたいに見えるよね。」  平助がアハハと笑う。 「あれ、覚えてる?ピカリンにジャムの瓶の蓋が開かないって言ったとき。」 「ああ、あれな!握力で瓶が割れて大惨事!!」 「はー?」  大きな口の口角を上げ、チュシャ猫みたい笑う三人の話を男子Aは笑い飛ばした。さっきから軽い口調で二人の馬鹿力っぷりを教えてくる三人だが、ノリが軽すぎて上冗談にしか思えない。 「あれ?信じてない?」 「今度見せてもらったら?」 「いやいやいやいや。」  女子の中でも小柄な千晶と、そこらのアイドル顔負けの美少女(男)のそんな話、到底信じられない。  二人が運動神経が良いのは体育の授業を見て知っている。毎日部活の勧誘を受けていることも知っている。しかし、そのガチムチのごとき怪力はありえない。だってあんなに可愛いのだから。 「「「その幻想をぶち壊す。」」」  にやにやと笑う三つ子を「あー、はいはい。」とあしらった。  帰って来た三人と三つ子は普通に昼食を食べ始めた。だから、男子Aはさっきの話は流れたのだと思った。しかし、休み時間終了間際、三つ子は二つのスチール缶を差し出して言った。 「ピカリン!」 「千晶!」 「「「これで力比べをば!」」」  三人の声は教室中に響いた。 「なになに?力比べ?」 「白鳥と藤本の勝負だって。」  声に気付かなかった人も友人に突かれて、二人を見た。  普段から体育等何かと張り合っている二人の勝負は、毎回レベルが高く、見物は娯楽と化している。  キョトンとしながらも、光はスチール缶の一つを取ると、左手の人差し指、中指、薬指の三本をプル側に、親指を底にそえて――潰した。  顔色を変えずに、何でも無いことのように。そこだけ次元が違うかのように、メキャッと缶が悲鳴を上げる。教室は一瞬にして静まり返る。  ぺちゃんこになった缶を見て、童葉が「缶バッチ…」と呟いた。まじか。光のパフォーマンスが終わると千晶が「チッ」と舌を打つ。あれ?白鳥さんってそんなキャラでしたっけ? 「握力で私が光さんに勝てるわけがないのですわー。」  そうそう、その間延びした感じが白鳥だよな。なんて、ホッとしたのも束の間。キンッと冷たい音を響かせて、缶が割れた。 「スピードなら負けないのですわ―。」  手刀で缶を真っ二つにした彼女はふふんと得意げに笑った。  手で缶って切れるものなのか…。真直ぐ綺麗な切り口は鋭い。「おお…っ」と素直に感動した童葉が、ルーズリーフを一枚そこに当てると、力も入れずにスッと丸く切り抜かれた。恐ろしい。  キーンコーン… 「あ、授業始まる。」 「二人ともサンキュー。」 「うん。ばいばーい。」 「お安い御用なのですわー。」  チャイムが鳴れば光は隣のクラスに帰っていく。生徒はばらばらと席に着くが、興奮冷めやまなかった。  ――まじかよ!?まじかよ!?白鳥なんか、チビだし、ぐるぐるメガネだし、運動できるってのも驚きだったのに!あんなに小さいのに、そんなかよ!藤本なんてあんなに可憐な見た目しといてそんなかよ!可愛いのに!守ってあげたい、そんな見た目なのに!知りたくなかった!  まあ、だいたいこんな感じ。  「性質的に両手に花な青木は…?」  授業後、男子Aは、童葉を捕まえて尋ねた。 「二人に守られてるお姫様だろ。」  今回も一番大人しかった三つ子の良心、天然ボケ担当の彼は、最後にそんな天然爆弾を投下した。  青木隼人は両手に花、正解。お姫様二人を連れている、不正解。彼らの認識が真逆に変わった出来事だった。