夏休み!白鳥家編


 昔の日本の家は、窓枠のレーンが5つあって、雨戸、網戸、ガラス戸、襖、障子とカーテンなんてものは無く、すべて引き戸で光の量を調節していたらしい。しかし、ここは現代日本。管理の手間を考えたら、やはりカーテンの方が幾分楽ということで、藤本家の窓は枠の材質こそ木なものの、その作りは近代の文化住宅と変わらず。よって、その隙間から、朝日が差し込み、隼人の瞼を焼きその眠りを妨げる。 「う~~ん…」  その光から逃げようと、目元に腕を持っていこうとすると、 「?」  その腕が何かに当たった。適度な弾力と温度がある。これは――人だ。  虚ろな頭で考えると、そう言えば、ここは光の家であったと思い出す。ではこれは光なのか。おそらく頭があるだろう部分に、手を当てる。硬くて、真直ぐな髪だ。 「光じゃ…ない?」  そこでやっと重たい瞼を渋々開けると、 「「おっはー、隼人。あっさだよー☆」」  左右に同じ顔があった。 「うわぁぁぁぁああ!!??」 「まともに起こせと言っただろうがっ!」  思わず叫ぶと、廊下側の襖がスパンと開いて、またもや同じ顔が現われた。 「うわぁぁぁぁああ!!??」 「うわぁぁぁぁああ!!??」 「だれだぁぁぁぁあああ!!??」 「「「みつごだぁぁぁぁああ!!」」」 「そうだぁぁぁぁああああ!!」  そのまま騒いでいたら、四人して太陽さんに回収された。  長男の童葉は科学部のおかんと呼ばれる常識人で、男前。真ん中の唐草は写真部の部長で盗撮が得意のちょっと変人。一番下の平助は我らが軽音楽部のボーカル、お調子者のチャラい系。  しかし、性格こそ違うものの、一卵性の山田の三つ子は全く同じ顔のつくりをしているうえ、髪型まで同じだった。眉上の前髪に、長い襟足、シャギーを入れた髪は無造作に跳ねている。綺麗なデコにちょこんとある眉は細く長く、ひょいと山を描いて、大きな猫目はぱっちり二重、瞼が厚くてそこは色っぽい。不思議の国のアリスのチュシャ猫を人間にしたらこんなだろう。 「ねーちゃんのごはん美味しいよ!」 「それは巧太郎のだ。」 「巧ちゃんのかー。」  がつがつがつがつ 「ご飯は逃げないから落ち着いて食べな。」 「んー。」  がつがつがつがつ  薄い唇の口は大きく、姉の注意に生返事して食べる姿は三人そろって豪快だ。  しかし、一見して見分けがつかない三つ子を見分ける方法が一つある。マグネットピアスの数だ。堂葉は付けていないが、唐草は左耳にだけ、平助は両耳に髪と同じ黒のピアスを付けている。 「今日は三つ子が居るんだな。」 「なんだなんだ、来たらいけないって言うのかよ。」 「俺とお前の仲じゃないか。」 「まあ、光に呼ばれたんだけどな。」  ぶーぶーと拗ねたふりをして遊ぶ弟二人を制して童葉がそう言った。さすがわ科学部のおかん、とか思っていると、 「あわよくば明様に会えるんじゃないかとか思ってたりなんかしないんだからな。」  と頬を染めてそっぽを向いた。何それツンデレ? 「今日はご飯食べたら千晶のところに行くの。でも千晶と博人は仕事で出向かいくらいしかできないって。でも、だからって隼人を使用人しかいない白鳥家に一人置いていくわけにはいかないでしょ?だから三つ子を呼んだの。」 「光は?」 「僕は太陽ちゃんとイチャイチャするのー。ところで童葉、明は居ないからあしからず。」 「――やる気なくした。」 「「頑張れ兄ちゃん!」」  肩を落とす童葉を弟二人が慰める。常識人とか誰が言った。ああ、こいつやっぱり三つ子だわ、と隼人は一人納得し、ずっ、とわかめの味噌汁を啜った。 ****** 「今度は城か。」 「飽きなくて良いでしょう?」 「いやいやいや?」  白鳥家は観光名所としても十分成立するような、立派な城だった。  城といっても、広い庭のせいで、門の前からではほんの一部が小さく見える程度なのだが、それでも分かる。と、言うか門からして大きく立派で、これがお城の門ですよ?それ以外に何があります?という風体なのだ。  世界を股に掛ける財閥の本家なのだから、豪邸であることは予想していたが、まさかこれほどとは思わなんだ。 「ぽちっとな。」  立派な門の隣にちょこんとある複雑な装飾のボタンを唐草と平助が気軽に押した。 『藤本様でいらっしゃいますね。今門を開けます。』  言葉と同時に、門が自動で開いた。 『恐縮ですが、すぐに出迎えの者がそちらに着く筈ですので少しばかりお待ちください。』 「はい!阿部さん!!」 『山田様でしたかこれは失礼いたしました。ではまた後ほど。』 「のちほどー☆」  ドアフォンから聞こえるのは、低く落ち着いた大人の男性の声だ。隼人なんかはその声だけでも、これが執事ってやつかと身構えたものだが、それに受け答えする三つ子の下二人の態度は綿あめほどに軽かった。  それから間もなく、門の向こうに車が止まった。大型ボディに小さいフロントノーズの、白と青のツートンカラーのクラッシックな車だ。  その運転席から出てきたのは、中二病入ったグレーの制服を着た、つむじからぴょこんとくせ毛の生えた純朴そうな青年だ。 「隼人!」 「兄貴!」  彼、青木博人は、一目散に隼人に駆け寄り抱きついた。兄弟の感動の再会だ。隼人は、自分よりもやや小さい彼の背に腕を回し、ギュッと力を込める。 「…会いたかったっ」 「…俺も」  腕の中の彼が、かすれた声でそう言うので、自分だって、と隼人も答えた。  誰が何と言おうとこれは兄弟の再会のシーンである。例え周りに「まるで恋人同士ようだ。」と茶化されても。まあ、もちろん飛び退くように離れたが。 「光さんも久しぶりです。」 「うん!でも、毎日メールしてるからあんまり久しぶりって感じしないね。」  気を取り直して、博人は光や三つ子に挨拶する。その様子を見届けてから、隼人が聞いた。 「今日、千晶は?」 「今日は千様だよ。明日から榊原のお嬢様の社会見学にお供するので、今日一日千様スタイルで感覚を取り戻すんだって。」 「おれ、千様には会ったことないんだよな。」 「すぐに会えるよ。皆さん、後ろに乗ってください。」 ******  一家庭の庭の移動手段が車であることには最早何も言うまい。窓の外を流れる景色が、アスレチックパークだったり、バラ迷宮だったり、ホール並みの噴水だったりするのは…世界が違うとしか言えない。 「ところで、隼人は陽さんの家で寝泊まりしてもらうことになるんだけど。」  庭の大きさに隼人が圧倒されていると、博人が言った。 「陽さん?」 「社長第一秘書。」 「え!?」  そんな面識の無い相手の家を借りるのかと、隼人は不安と驚きを織り交ぜた声を上げた。 「でも僕のお兄だから心配しないで。」  光がそう言えば、隼人の驚きはより大きなものになる。 「ええっ!?」  ここのところ光の素性について驚くことが多すぎて、冊子にして渡してほしいとか思ってしまった。 「本当は僕の部屋に、て言いたいところだったんだけど、仕事が入っちゃって。準備とか見られちゃいけないんだ。だからって、あの城じゃ立派過ぎて居心地悪いし気を使うだろ?」  そう言って博人が苦笑いをする。眼前の城は近づくにつれ、見えなかった下の方が見えるようになってきたのだが、その代り大きすぎて上の方が見えづらくなっている。こんな都会ではなく、異国の断崖絶壁などのがよほど似合う、入り組んだ、それでいて優雅な佇まいの馬鹿でかい城だ。  確かにここで過ごすと考えると、いっそ肝が冷えた。――しかし 「いや、光の兄貴の家だって人んちだし、そんなリラックスできるわけじゃ…それに、会ったこともない俺を住まわすのって迷惑だろ。」 「大丈夫!隼人だけじゃなく、三つ子も一緒だし。陽自身はミィ君…あ、社長ね、の家に上り込むから。それに、陽は照と違って誰にでも優しいよ!」 「お前白鳥財閥の社長のことミィ君なんて呼んでんのかよ!?秘書が社長の家に上り込むのかよ!?照って、TELかよ!?ユニットNGのS担当より癖あったら耐えらんねぇよ!」  隼人の怒涛のツッコミに三つ子が、おぉ…感嘆の声を漏らした。  城を迂回して裏に回る。自然色の強い庭は林の様で、煉瓦造りの車道の端には、中世のガス灯に見立てた電灯が並ぶ。 「もうすぐ着くよ。」  レンガの道が石畳に、広葉樹の林が竹林に代わるころ、光が言った。先ほどまでの林も、暴力的な夏の日差しを柔らかなものに変えていたが、こちらの青竹は空気の色まで涼やかに変えているように見える。  車は、一般的な戸建てサイズの、黒い建物の前で止まった。グレーの石と、黒く塗った木でできた壁の、サッシまで黒いアジアな香りのする家だ。  車を降りると、我先にと光が動いて、飛び石を踏んで玄関に到達する。擦りガラスをはめ込んだこちらも黒い木の引き戸だ。  光がその隣のチャイムを押すと、すぐに、扉が開いた。 「光!」 「陽!」  出てきたのは、博人と同じ制服を着た、大きな黒いサングラスを掛けた優男だ。彼と光は名前を呼び合い、熱い抱擁を交わした。 「「…会いたかったっ」」  非常にデジャブを感じるが、 「俺はツッコまねーぞ。」  隼人はツッコミを放棄した。 「まるで恋人同士の様だ。」 「浮気はダメよ!」  代わりに童葉が冷静に感想を漏らすと、唐草と平助が身をよじって講義した。 「お前らホント仲良いな。」 「ねぇ。」  新しい声に振り向くと、開けたままの玄関から、猫っ毛の雰囲気イケメンと、ひょろっと背の高い男とその陰から小さな赤毛の少女が出てきた。先のセリフは白鳥美千代社長、返事をしたのは昇副社長。背の低い女性は少女に見えるが、御年23歳の千晶副社長夫人だ。 「初めまして、隼人様。」  彼女がクラスメイトの千晶であり、ボディガードのTであることは分かっている。しかし、フリルやリボンをふんだんに使った衣装を着る彼女は、まさに千様。千様とは初対面だ。 「初めまして、千様。」 「お話はかねがね。」 「俺も、話はかねがね。」  差し出された手を取り、握手すると、彼女はふわっと花のように笑った。ああ、可愛い。しかし彼女は千晶だ。 「…いや、俺にどうしろって言うんだよ。」 「普通で良いんですのよ。普通で。」 「千晶なのに…調子狂うわ。」 「千様かわいー。」 「ありがとうございます。光様も、可愛らしいですわ。」 「ありがとー。」  疲れたと言って兄に凭れる隼人の横で、光と千晶がきゃっきゃうふふとはしゃぎだした。隼人が休めばツッコミは不在だ。