守ってあげる


 転校生が来てからというもの、俺は常に光に付きまとわれていた。休み時間の度に隣のクラスからやってくるのだ。既にこのクラスでも顔馴染みである。特に千晶と山田んとこの三つ子と仲が良い。 「なあ、何でいつもいんだよ。」 「隼人に会いに。」  打てば響く答えはいつも同じ。 「だから何で。」 「好きだから。」  ここで俺は顔をしかめる。嫌ならば聞かなければ良いと思うかもしれないが、光のこの顔で好きだと言われれば悪い気はしないのだ。それに、短いつき合いだが、この好きがloveではなくlikeであることはすでに分かっている。  だがしかし、いくら可愛くてもこいつは男。外聞というものがある、だからしかめっ面にもなる。  キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン  チャイムが鳴る。変わった学校なのにこれだけはまともなチャイムの音が鳴り響いた。 「隼人!また来るね!」 「あー、はいはい。」  お別れのハグはもう決定事項か。離れた光が帰っていく。 「懐かれたのですわねー。」  千晶がクスクス笑った。 ******  昼休み、当然のごとく光は来る。 「隼人、学食行こ!」  腕を組む必要はあるのか。嫌ではないが一応嫌がる素振りをしておく。まあ、それでもこいつは離れないのだが。 「何でいつもくっついて来るんだよ。」 「だめ?」  隼人より背の低い光は、自然となってしまう上目遣いで、眉を下げ不安げに聞いてくる。  自分の顔の作り考えろよ!思わずそんなことないとか言っちまうだろ!! 「うん!ありがと!」  言っていたらしい。  光が笑顔で花を飛ばしてくる。自然と手が上がって知らない内にその柔らかい金の髪を撫でていた。  なんだこれ、魔法でも使ってんのか?人を構わせる魔法なのか?  光、千晶、俺の三人で食事を囲む。 「隼人、それ食べないの?」  光が隼人の皿の端に寄せられた椎茸を指した。 「煮た椎茸は嫌いだ。」 「頂戴!」  言うのと食べるのが同時だ。 「じゃ、僕の何かあげるよ。どれが良い?」 「アスパラ。」 「はい、」  答えれば、それを箸でとって顔の高さまで上げられる。  これはあれか、あーんしろってか。 「――普通あーんはしねえだろ。」 「そんなの言われたの初めて。」  大きな目をクリクリさせてマジで驚いた顔をされた。  こっちのが驚きだよ。 「じゃあ、」  そう言ってアスパラを俺の皿に移す。それを見てちょっと惜しいことをしたと思ってる俺はどうなんだと思う。だって、もしあのまま食べておいしいと一言言っていればこいつは幸せそうに微笑むんだろうな、とか――あ、もしかしてそれ考えてんの俺だけじゃないから、みんなこいつのあーんを受け入れるのか?よっしゃ、俺正常!  食べ終わって時計を見る。後20分で昼休みが終わる。 「隼人さん、私たち週番だから配布物を取りに行かなければなのですわー。」 「あ、僕も週番!隣休みだから一人なの、一緒に行く。」  三人で職員室に向かった。  配布物は職員室前の廊下にあるロッカーにクラス毎に分けられている。  今日は数種類のプリントが入った一年ロッカーに張り紙がしてあった。  配布物があります、週番は担任のところまで。  ロッカーに入っている分のプリントを持って職員室に入る。  隼人と千晶のクラスの担任は居なかったが、光のクラスの担任を捕まえることができた。 「おお、来たか。資料集やらワークやらが今日届いてな。」  そう言って、印刷室に入っていく先生に、三人もついていった。 「ああ、結構あるなあ。」  先生が参ったなと言いながら頭をかいた。 「地学だけなんだが、資料集と問題集。四十人分はきついか、藤本は一人だしな…」 「いや、二人でもきついっすよ。」  隼人だって、問題集はともかく大きくて分厚い資料集を40人分運べる自信はない。しかも相方は自分の肩にも満たない小さい女の子なのだ――と思ったら。 「隼人さん、資料集は待ちますのですわー。」  千晶が40人分を軽々と持ち上げていた。しかも資料集。  先生が驚きの声を上げる。 「おお!力持ちだな!!」 「おまえ、すごいな。」  隼人も正直な感想が出た。  さて、問題は光である。 「どうする?往復するならつき合ってやるけど。」  隼人の言葉を聞いているのかいないのか。光は空の段ボールを拾ってきた。 「先生、これ使っても良いですか。」 「良いぞ。」  で、段ボールに40人分の資料集と問題集を詰めて持ち上げた。  計八十冊。これにはもう言葉もなかった。 ******  放課後、光が来ない。まだホームルームが終わらないのかと思ったが、そうではないらしい。隣のクラスのホームルームはいつも早く終わる。今日も隼人のクラスより10分も早く終わったらしかった。  別に一人で帰ってもいいのだろうが、クラスに残っている奴に聞いてみる。 「光しらね?」 「さっき誰かと出ていってけど、良くわんないけど裏庭行くって言ってた――かも?」 「そっか、サンキュ!」  裏には靴にはきかえてから校舎の裏を廻っていくのだが、隼人は校舎の陰でふと立ち止まった。  もしかして告白とかだったらどうしよう。  でばがめになる気など更々ない隼人である。そう考えあぐねていると、中庭の、それもわりと近くから会話が聞こえてきた。覗いてみると、光が五人の男に囲まれていた。 「ねえ、君、青木隼人の彼女?」  男の声だ。隼人は告白ではないと分かり、ほっとしたが、相手が光を女と思いこんでいるようなので、その可能性も捨てきれないと気を引き締める。 「なんでそんなこと聞くの?」 「ちょっと青木君を虐めたくて。」  さっきとは違う男が答える。 「僕関係ないじゃない。」  確かに。 「関係あるさ、彼女なら――なあ?」  そこでにやにやと笑う。 「彼女ならヤっちゃおうって?」 「分かってんじゃん。」  男の一人が光の金髪を一房摘んだ。  隼人が飛び出そうとする前に光るが口を開く。 「隼人虐めは自分たちの意志?それとも――誰かに頼まれたの?」  男が表情を変えた。 「そんなのどうでも良いだろうが。」  何だ、何の話をしてるんだ?  会話の意味を理解しようとしてる隼人を光の台詞が慌てさせた。 「いま、僕すごく機嫌が悪いんだ。怪我したくなかったら帰ってくれない?」  挑発してどうする!? 「は、なにいって――」  ゴッ  男の声が鈍い大きな音にかき消される。  光の右手が校舎に埋まっていた。 「君たちもこうなりたいの?」  これ、光の声だよなぁ?  隼人の知らない冷たい声。 「うわああああっ」  男たちが血相を変えて、隼人の前を走り去っていく。当初の目的であっただろう隼人に目も向けなかった。  唖然とした隼人は、その場から立ち去るのを忘れてしまう。気づいた時には、光と鉢合わせしてしまっていた。二人で無言で見つめ合う。背中に嫌な汗をかいた。 「あ…、えっと」  何を言ったものか。隼人が言葉を詰まらせると、徐々に光の目が潤んでいった。 「あ、お、おい!?光!?」 「わーん!隼人ぉっ!!」  そんな彼におろおろすると、涙目の光が抱きついてきた。怪力がなんだ!こんなに可愛い生き物をむげにできるものか!  そう隼人は思わず光を抱き返した。――すぐに我に返って突き放したが…。 ******  大樹はバスケ部で、八時頃まで帰ってこない。  夕飯を食べた後、光は八時頃まで帰ってこない。  どこで何をしているのかは知らないが、光が帰ってきて風呂から出てくると、やっとルームメイトが三人そろった。 「苺大福~っ!」  歌いだしそうなくらいハイテンションで中央のテーブルに苺大福をきっかり三個置いた光は、水気を含んだ髪が細い首に絡みつき、上気した肌が元からの可愛さに艶を加えていて――だから、 「光、その格好どうなんだよ。」  キョトンとする光は本当に隼人の言いたいことが分からないらしい。  隼人の言いたいことそれは彼の服装についてである。  光のパジャマは、光にはそうとう大きいサイズのTシャツの襟を更に横に切って広くしたもので、下は履いてない。長い裾が腰を覆って股下までを覆いかくしているのが救いか、それともチラリズムを自重しない凶器か。ちらちく白い太股が居たたまれない気分にさせる。  こいつが男なんだと言うことは分かっている。  男の風呂上がりなどパンツ一丁で歩き回ったって別段気にしなくても良いと思うかもしれない。普通ならそれで良い。だがしかしはっきり言おう。こいつは男だが顔は女!女なんだ!! 「どうにかしろよっ!」 「え、何いきなり。」  釈然としないまま光は自室に入っていった。どうやら着替える気になってくれたらしい。――と思ったが、 「さっきとどう違うんだ?」  部屋から出てきた光の服装は部屋に入るまでと変わった様子はない。  光はおもむろにTシャツの裾をめくった。 「ホットパンツ履いてきたの。」  これなら良いでしょ?と自信ありげにじゃれついてくる。  根本的解決にはなっていない気がしたがまあ良い、これはもうどうしようもないんだろう。慣れよう。  隼人はほぼ剥きだしにされている光の肩を見て思う。  こんなに細いのに馬鹿力… 「おまえ、何であんなに強いんだよ。馬鹿力。」 「何の話だ?」  大樹が初めて会話に参加してきた。図体がでかい彼は存在感はあるが究極に無口だ。話しかければ答えるが自分から話すことは滅多にない。そんな彼が質問をしてくるとは、余程気になったのか。よし、それなら話してやろうじゃないか。 「こいつ、校舎の壁壊したんだ、拳で。」 「拳で!?」 「そう、コンクリートをガンッと一発。」 「一発!?」 「腕が壁にめり込んでんだよ。」 「めり込んだ!?」 「守ってやりたいと思わせるような顔して、とんだ食わせもんだぜ。」  大樹の反応が楽しくてついついベラベラと話していると、光が袖を引っ張ってきた。 「ね、僕強い?」 「え、ああ。」  笑顔でだきついてくるかと思ったら(いつもならそうするから)、やけに真面目な顔をしてこう言った。 「守ってあげる。」 「はあ?誰が誰を?」 「僕が隼人を。」  予想外すぎて反応に困っている隼人に、光がもう一度はっきりと繰り返し言った。 「僕が隼人を守ってあげる。」