部活動


 ダムダム・キュッキュ。  ワックスの効いた体育館の床をはぜるボールと選手のかける小気味良いリズムは、わんわんと耳に響く歓声で見事に消されていた。 「大樹すごいねぇ、カッコいいね!」 「そうだな。」  今宵は我らが私立松葉百合高校バスケ部のインターハイをかけた大事な試合。  観客席とは名ばかりの体育館の狭い2階の通路に目立つ頭の青年が二人。片や人工的な痛んだ黄色に、片や艶々と輝く自然色な金髪。  青木隼人と藤本光は同室、堂前大樹の応援に来ていた。  松葉百合のバスケ部は弱小、そう言われていたのも去年までの話だ。弱小と言われたバスケ部がここまで強くなれた理由、それが大樹だった。  第一志望の強豪校の受験に失敗し、滑り止めのこの高校に入学した大樹。しかし、彼は諦めなかった。転んでもただでは起きない。だれたバスケ部員に入学早々、その実力を見せつけ、魅了し、一年ながらにチームを引っ張り、開花させた。  そんな一年唯一のレギュラーのプレーは、熱くキレる。軽やかに跳ねる。  コートを思いのままに駆ける彼の姿は他を圧倒する格好良さ。キャーキャーと騒ぐファンは女子に限ったことではない。そのストイックなまでに一つのものに執着する眼差しは男女をとわず魅了した。なんでも彼が出る試合はいつも彼目当ての客でいっぱいになるらしい。  ――しかし、  ざっと隼人が周囲を日渡すと、遠距離からも、中距離からも、近距離からも、女子の熱い視線にぶつかった。  もちろん彼女らの見つめる先は隼人ではない、悲しいことに。彼女らの目当ては、彼の隣の金髪の少年。彼のアイドル顔負けの愛らしく整った造形と、惜しみなく零れ落ちる笑顔は、今日も周囲を酔わせていた。  満員電車さながら足の踏み場もないこの状況に、原因の半分は彼にあるのではないかと思わずにはいられない。二学期も中盤、秋の気配が色濃くなったのは確かだが、人の多さとその熱気に、確かに試合は面白いのだが、正直辟易とする。こんなことなら一人で来たかった。はしゃぐ光に思わずため息を漏らす。  一人で来たくても来られないのだ。なぜなら隼人は継母に狙われる身。そして彼はそんな隼人のボディーガードだから。そこまで考えて隼人はふと思う。 「なあ、Tも今近くにいるのか?」  もう一人のボディーガードのT。彼は見えないところで隼人を守っているらしい。 「いないよ。日曜日は完全休養日だから。今頃おうちで旦那様とラブラブだよ。」 「!?結婚してるのか!?」 「新婚さんだよー。」  小学生のようなTの容貌の彼に結婚という言葉が恐ろしく似合わない。旦那って、まったく色々の趣味の人がいるものだ。 「て、旦那!?あいつ、女だったのか!?」 「そうだよ。」  ほんとう、色々な趣味の人がいるものだ。…うん。  あからさまに顔を強張らせた隼人が、現実逃避的視線をコートに戻すと、大樹がちょうどゴールをきめたところだった。 「きゃーっ!大樹―っ!」 「素敵~っ!」 「痺れるーっ!」  とたん、上がる黄色い声。 「大樹ってば、大人気だね。」 「あー。写真部なんか試合の度に大樹の写真で荒稼ぎしてるって言うしな。」 「え!?初耳。」 「知らなかったのか。唐草もいるのに。」  光や隼人と仲のいい、同じクラスの三つ子の真ん中、山田唐草。彼は確か写真部だ。  数秒考えるように黙り込んだ光が、今度は何を言うのかと思ったら、 「…それって、僕も買えるかな?」 「おまえなぁ…。」  彼の天然ぶりに隼人は思わず頭を抱えた。 ******  翌日月曜。登校時は怠くて仕方ない休み開け。しかし、今週の隼人は一味違う。なぜなら今日彼は新しいことを始めようとしていたからだ。  ――部活動を。  「やっぱ、運動部かなー。」  手始めに野球部かな、と校庭に出ると… 「白鳥――っ!」 「野球部に入ってくれーっ!」 「いいや、サッカー部に入ってくれーっ!」 「テニス部だ!」 「陸上部だ!」 「水泳だ!」  いくつもの団体から勧誘を受けるのは白鳥千晶。でかい図体の運動部員に追いかけられ、彼女は必至で訴える。 「お断り致しますですわ――っ!」  集団はドドドという地響きとともに隼人の前を通りすぎていった。  集団の圧力に金髪がふわりと舞い上がる。よろけた体をたてなおして、隼人は乾いた笑いをもらした。 「えーっと…。体育館も見てこようかな…。」  体育館にたどり着くと、今度は… 「卓球部に入ってくれーっ!」 「いや、剣道部だ!」 「バトミントン部に!」 「バレー部!」 「空手部!」 「柔道部!」 「少林寺!」  またもや白鳥千晶が追われていた。 「なあ、あれどうなってんの?」  ちょうど近くにいた大樹に声をかけると、 「ああ、あれな。白鳥、何やらせても器用にこなすから。体育の授業とか見てると欲しくなるんだろうな。今だって、毎日トレーニングを欠かさない運動部の連中から逃げていられるんだし。」  なるほど。確かに、今の一年で運動神経が並はずれているのは光と千晶の二人。 「じゃあ、俺も参戦してくるから。」  当然のように集団に加わる大樹に、隼人はまたも乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。  「やっぱり文化部も見ておくべきだろう。」  とは言いつつも。不器用だから、美術部、手芸部、料理部はパス。漫研は興味ないからパス。残すは文芸部、映研、ワープロ研、クイズ研、科学部、写真部…。  と、校舎を探索していると… 「千晶―っ!私と一緒に萌えを探求しましょう!」  と、文芸部の影木貞子。 「映研にはおまえの映像処理能力が必要だーっ!」 「情報の課題見させてもらったぞ!お前はぜひワープロ研に入るべきだ!」 「その雑学をいかしてぜひクイズ研に!」 「かの有名な科学者、愛場明様とお知り合いとは本当ですかーっ!?」  ここでも追われる千晶。  隼人は最後に走り去ろうとした唐草を捕まえることに成功した。 「なにあれ。」 「千晶は各方面の才能がひいでていて、あちこちから引っ張りだこなんだよ。」 「…へー……」 「それより放してよ。俺も行かないと。」  隼人は走り去る彼を見送ることしかできなかった。  大体だ、部活動を始めようと言ったって、自分の興味の無いものじゃだめなんだ。俺のやりたいことは何だ。文芸か?映画か?ワープロか?違うだろ?  軽音だ!  実は幼少時にピアノを習わされていた隼人。きっと何の経験も無いよりはましな筈だ。吹奏楽部は重くてパスだが、軽音楽ならやってみたい!と言うかギターが弾きたい。だってなんだかカッコいい。  でも、軽音楽部ってどこで活動してるんだ?  当てもなく校舎をさまよっていると、どこからともなくR&B調の音楽が聞こえてきた。隼人は曲の聞こえる方向に走り出す。  この曲調は――  渡り廊下を渡って旧校舎に入る。奥に行くほどに人の気配が薄くなった。  夕日を浴びてオレンジの色を濃くする日に焼けた木の床を踏む。時折、ギ、ギ、ときしむ音に、曲がかき消されてしまうのではないかと不安になった。  たどり着いたのは第三音楽室。  曇りガラスの嵌められた扉をそっと開くと 「光!?」 「隼人!?」  光が琴を弾いていた。 「琴でR&Bって弾けんのかよ…。」 「R&Bじゃないよー。POPとHIP-HOPを掛け合わせたHIP-POPだよ。」  やっぱりそれって… 「――ヒカリ。」 「知ってるの?」 「知ってる。ファンだから。」  ヒカリとは黒髪が美しい、迫力のある曲を演奏する琴の奏者である。日本の伝統音楽を弾くのではなく、R&B調の、光が言うところのHIP-POPを演奏することで若者からの支持を集めていた。 「彼女、芸能界やめちゃったのかな。」 「さあ。」 「やっぱり、あのスキャンダルが問題だったのかな。」 「そうなんじゃない。」  最近彼女は活動を休止いているらしい。発端はアイドルTELとの熱愛報道だ。しかし、すでにそれは間違いであったことが証明されている。二人は兄妹だったのだ。 「隼人はこんなところで何してるの?」  光の問いに当初の目的を思い出す。 「いやあ、部活動でも始めようと思って、色々見て回ってて。結局軽音にしようと思って探してたら、ここから音楽が聞こえてきたから。」 「昨日の試合を見てそう思ったわけね。というか、僕に言わずに部活見学って…。隼人、自分が狙われてる自覚無いでしょ。」 「あー…」  完全に失念していた。  そりゃあ、そうだよ。脱力する隼人に、しょうがないなぁ、と光が笑った。 「ようは僕が隼人と一緒に居れば良いんだよ。つまり、僕と隼人でバンドを組めば良いのさ。」