雨降って地固まる


 バスケ部の大樹は毎日朝練で、いつも早くに寮を出る。だから隼人は登校時、いつも光と二人だ。  この日の登校はいつもと違かった。  下駄箱に手紙が、それも不幸の手紙が入っていたのだ。  死ね  簡潔に一言、でかでかと。 「今時不幸の手紙って…」 「小学生並の発想だね。」  隼人の肩越しに手紙と言うのもおこがましい、紙切れを覗いた光は、それをひょいと奪い取り、丸めて4メートル程離れたゴミ箱に正確に投げ入れた。 「お見事。」 「ふっふっふーっ!」  隼人がその正確なコントロールに賛辞を送ると、得意げに笑いながら腕を絡めて手を握ってきた。しかも恋人繋ぎ。 「おい――」  その手を振り払おうとして止まる。  さっきまで笑っていたはずの光の顔が、すべての感情をぬぐい去ったかの様な無表情に変わっていたからだ。  結局握られた手をそのままに教室についてしまった。  教室にはいるといつもと空気が違かった。  ざわめいた空気が隼人の登場により静まり返る。水を打ったような静寂。緊張感。  理由はすぐに思い当たった。とゆうか見つけた。  隼人の机だ。下びた落書きのされた(ご丁寧にも掘ってある)机の上には花瓶が置かれ、こぼれ落ちた花と水で飾り付けられた机。  光の手がすっと離れた。  自由になった手が寂しいと感じる間もなく、光が行動を起こした。  散らばった花をまとめて花瓶に挿し直し、教卓に上げる。  イスを引いて上に置かれた画鋲を回収。  置き勉された教科書ノートを取りだし取り付けられたカッターの刃を回収。  机を拭いて人気音楽ユニットNGのTELと外国人モデルの藤本オリビアのポスターを敷き、その上から傷付き防止用マットを被せて終了。  ポスターは落書きが見えないように、マットは掘られた落書きでガタガタになった机の対策か。  無表情で一連の作業を終えた光が帰ってきて、そのまま抱きついてきた。 「隼人、大好き大好き大好き大好き大好き大好きーー」 「わ、分かった!落ち着け!」  励ましているつもりだろうが恥ずかしすぎる! 「…好きだもん。」  隼人の肩に額を当て、俯く光が漏らした不安げな声に胸がきゅーんとなった。  何でマットとか持ってんだとか、おまえの鞄は四次元バックかとか言いたいことは沢山あったのに、そんなことは頭からすっ飛んでしまった隼人である。  しかし、これだけは別だ。 「ポスターは抜くからな。」  光の不満そうな声は聞かなかったことにしよう。 ******  「ハッ、ハッ…」  息を弾ませて軽やかに走るのは麗しの転校生藤本光。彼は毎日、学校から三キロも離れた寂れた公園でトレーニングに性を出している。そして今はその帰り。  ――それもこれも、彼のため。  寮に戻ると八時十分。居間では堂前大樹がテレビを見ていた。 「ただいま。」 「おかえり。」 「あれ、大樹一人?」 「青木なら、さっき牛乳買いにコンビニ行ったけど。」  もしかしたら僕はこの時すごく強ばった表情をしたかもしれない。その証拠に大樹がどうしたのかと口を開こうとした。それより先に走り出してしまっていたけど。  寮からコンビニまでは徒歩二十分。八時となれば辺りはもうすっかり暗くなる時間だが、ド田舎ならまだしも、完全な暗闇、静寂などどこに有るものか。繁華街でなくとも街灯と店先の灯りの中で、人々がたむろする。  青木隼人は暑くないが嫌に湿っぽい、夏の気配を残した空気を纏い、帰路を急いだ。  前方から誰かが走ってくる。 「――光?」 「――隼人!」  路上駐車のされたトラックの横を過ぎようとした時事故がおきた。 「隼人っ!!」  光の声はガラガラッという大きな音にかき消された。  隼人を見つけた。  良かった、何もおきていなかった。向こうも僕に気づいたみたいだ。 「――隼人!」  そのとき、駐車してあったトラックから鉄骨が崩れ落ちてきた。その鉄骨が隼人に襲いかかる。  光はとっさに隼人を押し倒した。  体が動かない。しかしどこも痛くはない。重いだけだ。目を開けると真っ黒な空と、視界の端で揺らめく金の糸が見えた。  かろうじて動くのは首から上のみ、それでも状況を把握するには充分だった。  トラックから落ちてきたのであろう、鉄骨の下に俺たちは埋まっていた。俺を庇うようにして光が覆い被さっている。  どうしよう、光が動かない。 「お、い…ひか、る?――ひか、る?」  重くて掠れた声しかでない。  返事をしてくれ、お願いだから! 「!」  俺の肩に触れていた光の手が肩をぎゅっと掴んできた。  良かった、生きてる!  それどころか光は、鉄骨がどけられると一人で立ち上がった。 「おまえ、大丈夫なのか!?」 「う~ん?痛いし、重かったけど。…それほどでも。」  誰かが呼んだ救急車の音が聞こえる。きっと今日は帰りが遅くなる、大樹に連絡しないと。  俺は、現実的過ぎるくらい現実的なことを考えていた。これも一種の逃避なのかもしれないと思いつつ。  悪意を感じる。  ――なんの?  ――誰の?  鉄骨なんて早々落ちてくるものじゃない。俺は切れたロープをみたんだ。するどい切り口だった。少なくとも自然に切れたものじゃない。  だがしかし、いまはそれにも増して不思議に思うことがある。――こいつの体の構造だ。 「ほんとに打撲だけなんだな?」 「だよ。――あ、でも今夜は激しくしないで、ね?」 「何の話だ!?」  ふざけて笑う光は、大量の鉄骨のシャワーを浴びたにもかかわらずの軽傷で、医者が驚くほどの丈夫さを披露してくれた。  ほんと、どんな体してんだよ。 「苺大福買えなかったなぁ。」  おまけにまだ暢気なことを言っている。 「そんなもん、俺が後で買って来てやるって。」 「駄目だよ!」  まっすぐに俺をみた光の顔が泣きそうに歪んだ。 「――絶対に駄目。」  それにどんな意味があるのか、俺は知らない。 ******  「ごめん、今回は僕の不注意だ。」 『大事にはならなくて良かった。定時きっかりに見張りを終わりにした俺にも責任はある。』 「うん。でも、彼は感づいたかもしれない。」 『そうかもしれない。だが、まだ言うべきじゃないと思う。いつまでもつかは分からないけど。』 「でも、長く隠されてたらそれだけっ――」 『――分かった。こっちでも話してみるから。』  夜中、隼人がトイレに立つと、奥の部屋から話し声が聞こえてきた。光の部屋である。誰かと通話しているみたいだが、これは… 「おい、何をこそこそやってるんだ?」  いきなり現れた隼人に光るが大きな目をさらに見開く。口をパクパクさせ、何を言おうか迷っている様子だ。やっと出てきた言葉は 「…別に――」  ぜんぜん別にって顔じゃねえし。 「俺のことだろう?」 「――隼人。」  不安そうに見上げてくる光を正面から睨みつけた。誤魔化されてなんかやるものか。  逃がさないようにベットに座りこんでいる光の肩を押さえつけると近づいた携帯電話から相手の声が聞こえた。 『光?』  どこかで聞いたことがある声だ。 「ごめん、ばれちゃった。」 『――今、そっち行く。』  ――プツッ  回線が切られる。 「隼人。」 「…。」 「今仲間が来る。そしたら、全部話すよ。」  光は大きな瞳で俺を見返した。  五分もしないうちにドアがノックされた。  光がドアを開けると、ちっこいのがちょこんと立っていた。 「早いね。」  招き入れられたそいつは山吹色のニッカーボッカーズを継ぎ接ぎされたブーツ(襤褸ではなくデザイン)と合わせて、ぴったり目の黒いTシャツをズボンにinして、竜の刺繍がされた金のベルトで留めている。髪は赤く、ドクロ模様のヘアバンドであげていて、大きな赤いメガネで隠れいているが、その素顔は幼げだ。 「これが、仲間?」 「ああ。」  目の前の彼がうなずいた。隼人はうーとうなる。だって小学生にしか見えないのだ。 「――ちあっ!?」  しゃべりだそうとした光の口を彼が素早く塞いだ。 「俺の名前は教えられない。Tと呼んでくれ。」 「Tって、ちょっとはずかしくない?」 「うるさい。」  Tは光の抗議の声を一蹴した。 「てゆうかお前らなんな訳?」  隼人の疑問に二人の声が重なった。 「「ボディーガードです。」」  二人の話をまとめるとこうだ。 ①俺の家はちょっと名のある貿易会社である。 ②俺の継母が自分の息子を後継者にしようと企んでいる。 ③執拗な嫌がらせを受けた兄は家を出た。 ④継母は今度は俺をねらってきた。 ⑤兄は俺にボディーガードをつけた。 ⑥実は二人は俺より六歳も年上らしい。 ④以降については初耳である。  隼人は光をきっと睨みつけた。 「黙っててごめんね。」  謝ってくる光になおさら苛立つ。 「つまり、仕事で俺と一緒にいたってことなんだよな。」 「ちがっ!」 「違くない!!」  隼人の恫喝で光は続く言葉を飲み込んでしまった。  二人が引き留めるのも聞かずに、隼人は自室に入って鍵を閉める。光が自分を呼んだ、消えそうに小さな声を背中で聞いた。  眠れない。  兄貴は俺の為を思ってボディーガードつけたんだよな、とか。  光がなついてたのは演技だったのか、とか。  いろんなことが頭をぐるぐるしている。  カーテンの隙間から差し込む月光の白い光がもう夏だというのに寒々しい。  …喉、乾いたな。  「なんでこんな所で寝てんだよ、こいつは。」  部屋をでると、直ぐのところで光が寝ていた。倒したうさぎの座椅子に横になり、うさぎ柄のタオルケットにくるまってる。 「…んぅ…、はやとぉ…」  起きたのかと思ってドキッとしたが、寝言だったようだ。そう分かると今度は胸がきゅんとした。眉間に皺寄せて、美形が台無しじゃねぇか。しゃがみ込んで、眉間の皺を指でなぞると光がくしゃっと笑って、それを見たら不覚にも泣きそうになった。 「…なんだよ。」  隼人は赤くなった顔を膝に埋めた。  翌朝、大樹は居間に転がってる二人を発見した。  なんで二人してこんなところで寝てるんだ?  とりあえず起こしてみる。 「んー」 「ふぁあ」  光が大きく伸びをして、隼人が大きなあくびをした。光は隼人と目が合うとピンとアンテナをたてた(そう見えた)隼人がばつが悪そうに頬を掻く。と、その間に光の大きな目に涙が溜まっていった。 「隼人ー!」 「あー、もう泣くなよな。」  抱きついてきた光を隼人も抱きしめ返す。光の涙がとまるまでその頭を撫でてやった。  大樹「で、結局なんなわけ。」  隼人「なんかもうどうでも良いかなって。」  光「隼人大好きー」  隼人「あー、はいはい。」  大樹「?」