モデルさん


 圭斗は文化祭の最中、H2Oサークルに後輩二人を冷やかしに来ると、目的の後輩である香清とヒロカズ、プラスで何故か巧太郎と、本当なんでここに居るんだよ、な優斗がおかっぱの美少女をモデルにデッサンをしていた。 「こんにちは、ここでは部誌の販売をしています。サンプルはこちらのパソコンで見られるようになっていますので、自由にご覧になってください。」 「ちなみに、今はデッサンの実演中です。こちらも自由に覗いてください。今モデルになっているは我が部の部長の影木幻十郎君です!」  受け付けの生徒の言葉にモデルに目を戻す。美少女だと思ったが、男だったらしい。光しかり太陽しかり、最近男だか女だか判断しにくいやつが多すぎる。 「あ、圭斗だ!」 「おう。」  にこにこ楽しげに手を動かしていた優斗が、こちらに気づいて、それまで以上にぱっと顔を輝かせる。 「坂本さん、来てくれたんですね!」 「お前が居たのは予想外だよ。」 「またまたぁ、俺が居て嬉しいくせにぃ!」 「三反田うぜぇ。」  巧太郎を弄っていると、受付の二人のうちふわふわロングヘアーの方が、紙の束を持ってきた。 「身内だったんですねぇ。これ、学際中のデッサンです。」  モデルは交代制らしく、大和や香清を描いたものもあり、それぞれモデルと作者の名前が右下にメモされていた。  一番枚数が多いのは、香清の水彩絵の具で描かれた瑞々しいタッチの絵と、大和の柔らかいタッチの鉛筆画だ。そのうち巧太郎の平面的な絵も出てきた。平面的ながらも書き込みが丁寧で特徴をとらえたこれのモデルは優斗だ。 「優斗、モデルもやったのかよ。」 「……」  返事が無い。作業に集中しているらしい。目と手がひたすら動き続けている。  仕方なく、彼の後ろに回って覗き込むと、色を重ねて重ねて、取って擦って、苛め抜かれた紙があった。 「なんか、お前の絵、すげーな。」  カラフルな土木のようなそれを指して言うと、近距離だったのでさすがに気づいた優斗が 「色鉛筆で描き込みしまくるのめっちゃ楽しい!」  と本当に楽しそうに答えた。 「坂本さん、優斗さんの邪魔したらダメですよ。」 「うるせー円佳。」 「これ終わったら圭斗と遊ぶ!」  香清の言葉に不貞腐れるが、優斗の無邪気さに癒された。うちの子マジ天使。 「あ、次のモデル俺なんですよ。代わりに坂本さんやりません?」  内心悶えていると巧太郎に提案される。 「お前じっとしていられなさそうだもんな。」 「失礼な!」  その誘いに乗ったのは、にこにこ笑いながらデッサンをする優斗の視線が俺に向いたら良い、なんて思ったからかもしれない。 ******  モデルを終えた圭斗と、優斗・ヒロカズ・香清・巧太郎の五人はそろって、芸術館で行われている美術科の作品展示を見に行くことにした。 「あー、疲れた。」  道すがら、腕を回す圭斗に優斗が跳びつく。 「お疲れ様〜。」  そのまま肩を揉まれるのは気持ち良いし嬉しいのだが、歩きづらい。 「優斗くんはこっち。」 「やばい、ホモップルに挟まれた!光、俺の光はいずこ!?」  優斗の手を引いて隣に並ばせ脇に抱え込めば、通常運転な香清とヒロカズと、圭斗と優斗を交互に見た巧太郎が騒いだ。  「うわぁ…」 「うげぇ…」 「えげつねぇ…」  優斗、巧太郎、圭斗がそれぞれ二つの絵を見て呟いた。ちなみに五人の隣では薫が蹲って震えている。五人が来る前からこの状態だった。  誰が意図したのか、ヒロカズと香清の絵は隣同士に展示されていた。もちろんお互いがモデルである。  ヒロカズの絵は背景に花を散らした香清の顔のアップであり、彼の持ち味である現実と空想の融合した構成と描き味で、幻想的かつ神秘的な作品に仕上がっている。作品名は「美」。 「僕の香清は美しいでしょう!」  得意げに放たれたその言葉に、浮上しかけた薫がまた沈む。ちらりとのぞいた顔が危ない。   香清の絵は風の吹き込むどこかの部屋を背景に、ヒロカズの背中を描いた油絵だ。作品名は「慾」。 「この絵は…ド変態だね。」  触れたら温度を感じられそうな、写真以上のリアリティ。描き込みが過ぎていっそ生々しいそれを見て優斗が言った。 「お前、さっきのデッサン、あんなじゃなかったじゃんか。」 「ヒロカズですから!」  巧太郎の言葉を受けて、香清はヒロカズを抱きしめる。 「まずこの肌!白い!触るとましゅまろ肌なんです。こんなの、触んなければ分からないし描けません。」  そう言ってシャツを捲って背中に手を這わせる。 「ちょ、止め…っ」 「それに、触った時の反応も、」 「…ひぅぅ…っ」 「味も」  二の腕に口つける。 「ちょ、バカっ!」 「他のモデルでは確かめられません。」 「〜〜〜っ」  きりっと言い放つ香清の前で、ヒロカズは耳まで赤く染め、拳を握って打ち震える。 「香清の馬鹿やろう!!」  振り向きざま得意げに笑うそいつの腹に一発決めた。 「…あいつ、本当に彼女いるんだよな?」 「…さぁ?」  遠目で様子を見ていた受付係の美術科生が首を傾げた。